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松下幸之助と『経営の技法』#187

8/20 マイナスの戦力

~戦力としてマイナスになる人も抱える。あらかじめその覚悟をしておく。~

 私は体験上、人を使う場合には、次のようなことをしっかりと心にとどめておくことが大切だと考えている。
 それは、人を10人使ったら、その中にはいつも反対し、邪魔になる人が大体1人はいるものだ、ということである。言ってみればプラスにならずむしろマイナスで、採用しないほうがよかったという人間がいる。そして、さらに2人ぐらいはいてもいなくてもいい人間がいる。要するに、10人の人を使うとなると、そのうちの3人は、会社の戦力としてプラスにならない。にもかかわらず、そういう人をも抱えていくのだということを最初から覚悟しておく必要があると思う。
 だから20人の人を抱えた会社であれば、2人ぐらいはいつも邪魔したりして、マイナスになる。悪意をもって邪魔するのかどうかは別にして、結果としてどうも邪魔される。そのぐらいのことをあらかじめ覚悟して経営なり商売をしないことには、ついつい愚痴が出たり、仕事への意欲がそがれたりすることになってしまう。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 マイナスになる人がいる職場では、きっと会社は自分を捨てずに守ってくれる、という安心感につながる面もありますが、多くの場合、他のメンバーが反感を持ったり、やる気を失うなどのマイナス面の方が大きくなります。
 さらに、働きバチや働きアリの習性に関する研究成果から、一定の割合でブラブラしている働きバチ(アリ)が必ず発生する、これはサラリーマンも同じではないか、という議論を見かけるようになりました。これを逆手に取れば、使えない人を常に切り捨て、その分新しい人を入れていけば、組織を常に新鮮な状態に維持することができる、という随分と乱暴な議論も見られるところです。実際にそのようなことをすると、事業の継続性自体が壊れてしまい、業務品質の低下も危惧されます。即戦力となる専門家を常に雇い続けることができるとか、新たに採用した従業員を極めて短期間で戦力化できる強力な教育プログラムがある、などの事情がなければ成り立たない戦略でしょう。
 さらに、日本では解雇権濫用の法理というルールが存在する(労契法16条)ことにより、従業員を簡単に解雇できない状況にあり、このようなことから、松下幸之助氏のコメントのような「諦観」が必要となるのです。
 これに加えて、ここで特に注目したいのは、経営モデルとの関係です。
 すなわち、松下幸之助氏は一貫して、従業員の自主性や多様性を重視する経営モデルを採用し、それによって会社を大きく成長させました。
 これに対比すべき経営モデルは、ワンマン会社やベンチャー企業に多く見かけられますが、従業員には経営者の指示命令を忠実に遂行することだけが要求される経営モデルです。ここでは、会社の一体性や突破力が重視されています。
 ところが、松下幸之助氏が確立した経営モデルは、従業員にどんどん権限を委譲します。しかも、この経営モデルは、松下電器創業後、かなり早い段階から採用してきたものです(8/17の#184など)。
 そして、このように従業員の自主性や多様性を尊重すればするほど、多様性の一環として、マイナスになる人が出てきます。もちろん、このマイナスは、全ての案件についてマイナスである、という意味ではなく(もしそうであれば、さすがに松下幸之助氏であっても雇い続けることができないでしょう)、ある案件ではマイナス、ある案件ではプラス、という場合を意味すると理解できます。
 すなわち、10人に3人は役に立たず、そのうち1人はマイナスである、という状況は、松下幸之助氏の確立した経営モデル(従業員の自主性と多様性を重視する経営モデル)に伴う副作用のようなものであり、だからこそ松下幸之助氏は、これを受け入れているのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者の素養として松下幸之助氏から学ぶべき点を挙げるとすれば、経営モデルの副作用(ここでは、マイナスになる人の存在)を止むを得ないものとして認識し、受け入れている点です。どのような経営モデルにも、欠点や副作用はあるでしょうから、それを絶対に受け入れないとすると、常に理想の経営モデルを探し、変更し続けなければなりません。
 そうなると、「ブレのある」経営になってしまい、経営の一貫性が失われてしまいます。取引先や市場の信頼が得られないだけでなく、従業員も落ち着いて仕事ができません。何のためにこの仕事をしているのか、この仕事がいつまで続くのか、何をすれば評価してもらえるのか、など、従業員が仕事をするために必要なことが全く安定しないからです。
 つまり、経営モデルについては、ある程度の欠点や副作用を覚悟して受け入れ、それとの折り合いの付け方を模索する姿勢が重要と思われるのです。

3.おわりに
 もちろん、マイナスになる人も、状況が変ればプラスになるかもしれません。実際、社会の変化が激しい現在、多様性が重要と言われるのは、社会の変化に会社が対応できるために必要だからです。社会の変化に会社が対応できるように備えておくためにも、多様性を重視し、一見「マイナスになる人」であっても放り出さずに活用し続けることが、長い目で見ればプラスになるのです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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