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経営組織論と『経営の技法』#63

CHAPTER 3.1.2:個性や人格の分離―規則による行動、非個人性、文書主義
 権限のヒエラルキーにおいてもそうでしたが、官僚制では個人としての人格と組織としての人格を明確に分離します。官僚制の根本には、特定の個人の力に頼ることによって組織の永続性が失われるということがあるので、能力としての専門性は重視しますが、その人の個人的背景や人格は組織の中に入らないように考えています。そのことの反映とし て、ルールに基づく個人行動と職務遂行における非個人性、そして文書主義という特徴を持っています。
 まず官僚制では、職務から個人的な配慮を除外します。官僚制組織においては感情やその人の判断といったものを極力除外するように考えています。担当する人のその日の気分や感情によって判断が異なるのでは、永続性に欠けてしまうからです。
 たとえば、市役所の窓口で担当者が気に入らない人に対してはサービスを行わないという判断をしたらどうでしょうか。市役所という組織の目的の1つは「市民の円滑な生活のサポート」と考えられますが、この組織目標が満たされなくなってしまいます。
 そして、このような個人的な配慮や感情に基づいて行動が行われないように、官僚制では規則・ルールによって組織成員の活動や行動は決められることになります。たとえば、市役所のサービスは決められた時間外では、たとえそこに担当者が仕事をしていても受け付けられることはありません。これは、市役所では窓口の仕事を行うのは、決められた時間内だけと規則で決められているからです。
 これを人間的でないと批判する向きもありますが、官僚制とは恣意や情を挟まずに人間的でないことをめざす組織ですから、当たり前といえば当たり前の話なのです。ちなみにほとんどの役所では、サービス時間外であっても戸籍の届け出などは受理してくれます。しかし、これもどのような手続きで受理されるかは決まっています。例外的な措置であってもこのように規則が定められ、決してその担当者の感情や個人的な関係で決めないようになっているのが官僚制組織の特徴です。このような特徴は行政組織だけに見られるものではなく、民間企業や学生組織などルールや規則などがあるさまざまな組織で見ることができます。
 この規則によって活動や行動が決まることは、仕事の内容だけではありません。 前節で触れたヒエラルキーの関係や情報の伝達の経路なども規則で定められることになります。また、やってはいけないことも同様に規則で定められます。組織活動や行動を規則で定めていくことの利点は、規則に従うことによって、その職務を遂行するのに十分な専門能力を持った人であるならば、誰でも同じように行動ができることです。それによって、組織行動は反復できるようになり、組織活動を永続的に安定化させることができます。
 個人や人格の分離にかかわって、もう1つの官僚制の特徴は文書主義です。仕事においてこれまでの経験や過去の例というのは、とても重要な情報です。「この人しか知らない/この人しかできない」ということが影響力の源泉になることもあります。
 たとえば、昔からの酒蔵では杜氏がお酒の製造に責任を持ち、杜氏の感覚や経験、舌によってその酒蔵の酒の味が決まってきます。そのため、酒蔵では杜氏は経営者ではありませんが、大きな発言権を持つことになり、経営者は杜氏に配慮しながら経営をしなくてはなりません。
 また、情報が残っていなければ、新しく担当になった人は、その事例を経験した担当者と同様の仕事ができなくなることもあります。杜氏が代わったとたんに以前の酒の味が出せなくなってしまうのでは、安定して酒蔵を経営することはできません。
 官僚制組織では、このような特定の個人に依存するような組織は良しとされませんから、規則や過去の経験の伝達を含むコミュニケーションの内容はすべて文書で行われ、記録され、保存されます。また、すべての情報を文書化することによって、組織活動そのものもコントロールがしやすくなるわけです。過去に行われたことがすべて記録され、保存されることで、どさくさ紛れやうやむやに規則を無視して行動をすることが牽制されるのです。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』51~53頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018.2.1)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村・久保利・芦原/中央経済社 2019.2.1)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 ここで示された内容、すなわち、「規則」で規律し、文書に全てを記録することで、人間的な曖昧さが排除されていく様子から、組織が機械のようになっていく様子がよくわかります。
 人によっては、会社組織はすべてこのような精密な機械であり、個人がそこでの歯車になってしまう、というイメージを持っています。たしかに、そのような面もありますが、しかし、会社組織が相手にするのは、人間が集まっている社会や市場であり、会社組織を構成するのも人間です。
 そこには、人間を考慮すべき余地が沢山あります。
 けれども、そのことは、これから議論されるところです。まずは、組織を機械のように作り上げて機能させていく場合の要素を理解しましょう。リスク管理の際も、重要なツールとなるからです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 投資家から見た場合の会社は、投資したお金を大きく増やしてくれるであろう投資対象です。
 それが、まるで機械のようにイメージできるのであれば、投資家も投資判断の際、会社のことを理解した気分になれるでしょう。実際にはそんなに簡単ではないので、経営者の手腕や力量が重要になるのですが、まずは会社を1つの機械として見てみることは、会社を知る出発点にはなりそうです。
 そのようなことから、最近の会社は、ホームページや投資用の開示資料などで、会社の組織図を示していることが多くなりました。
 特に、たとえば金融機関などでは、組織体制だけでなくコンプライアンス体制も示すことが多く、リスク管理がしっかりできていることを示しています。リスク管理を、まずは組織から、という発想は、組織が全てではないものの、特に大きくて複雑な会社の場合には、必要な発想です。

3.おわりに
 組織が機械のように動く要素として示された、「規則」、「文書化」、「非人間化」は、パソコンのプログラムやデータ、パーツ、に置き換えられるような感想を持ちました。
 このように考えると、まさに人間が会社の歯車やパーツにすぎない、という寂しさを感じますが、人間らしさはこれから出てきます。頑張りましょう。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


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