労働判例を読む#239

【福生病院企業団(旧福生病院組合)事件】東地判R2.7.1労判1230.5
(2021.3.19初掲載)

 この事案は、病院の事務員がその上司に繰り返しいじめられて適応障害・睡眠障害などになったとしてその責任が問題になった事案で、裁判所は病院側の責任を認めました。

1.パワハラとメンタル
 この事案では、直属の上司によるいじめと、さらにその上司による配慮不足の両方が問題にされ、そのいずれについても責任を認めました。
 これは、近時のハラスメントとメンタルを区別する裁判所の傾向に沿った判断です。
 その中でもこの事案では、直接の上司によるパワハラは不法行為の問題、さらにその上司による配慮不足(メンタル)は債務不履行の問題、と位置付けている点が注目されます。これは、「ゆうちょ銀行(パワハラ自殺)事件」(徳島地判H30.7.9労判1194.49)でも採用された整理方法です。そして、このような直接の侵害行為は不法行為、ケア不足は債務不履行、という整理方法は直感的にイメージできるところです。無関係な私人間での攻撃に不法行為のイメージが近く、会社が負う「健康配慮義務」「安全配慮義務」という言葉にケア不足のイメージが近いからです。
 けれども、厳密に考えると必ずしもそうではないと思われます。
 というのも、職場でのいじめのような侵害行為については、蓄積した精神的ストレスや両者間の人間関係の固定化などに伴って、より加害行為が認定されやすくなっており、その点ではケア不足と同じ面があります。さらに、ハラスメントやメンタルの責任に関し、不法行為又は債務不履行、等のように両者の違いを特に区別せずに認定している裁判例もあり、不法行為と債務不履行の違いが厳密に存在するわけではありません。むしろ、職場での責任と一般私人間での責任の違いは、法律構成の違いではなく、予見義務や回避義務の程度の違いに基づくものです。ハラスメントとメンタルはいずれも職場での責任という意味では同じレベルですから、同レベルの問題であることを明確にするために、同じ法律構成の方が良いように思われます。
 しかし、ハラスメントとメンタルを分けて議論を整理すること自体は、訴訟の場面だけでなく労務管理の現場でも、議論が錯綜することを避けるうえで有意義です。

2.パワハラの認定
 この判決は、録音され、詳細に再現された上司の発言について、非常に丁寧に不法行為性を認定しています。特に注目されるポイントが2つあります。
 1つ目は、発言の1つ1つをバラバラに評価するのではなく、会話が行われている機会を一体として評価している点です。発言の背景や文脈から切り離して、どのような発言だったら違法なのか、などを気にする人もいますが、それでは相互に言葉尻をあげつらうだけの関係になってしまいます。さらに、人格攻撃などの責任を論ずる際には、酷い言葉を何回使ったかではなく、その会話の機会にどの程度ダメージを与えたのかが重要ですから、その会話の機会を一体として評価するべきです。
 2つ目は、新たに定められたパワハラの定義(雇用施策総合推進法30条の2)で示された、必要性・相当性の判断枠組みが実際に活用されている点です。
 例えば、指示した資料の出来が悪いことが明らかであれば、それに伴う注意や指導の「必要性」があると認定しており、次にそのための注意や指導の域を超えているかどうか、という「相当性」を検討しています。あるいは、最初から指導などされていない、などの場合には指導の「必要性」がそもそも存在しない、と認定し、そのうえでさらに、注意や指導の行きも超えているかどうか、という「相当性」を検討しています。「必要性」の問題を言い換えれば「言いがかり」かどうかの問題であり、「相当性」の問題は「言い過ぎ」「ひどすぎ」かどうかの問題です。このような形で、実際に「必要性」「相当性」をあてはめてみると、議論が整理されることが実感できます。

3.実務上のポイント
 この事案では、「必要性」のない叱責の割合が非常に高い点が目につきます。つまり、そこまで指示されていなかったり、そこまで酷くなかったりするのに、何か口実を見つけては叱責していた、という様子が浮き彫りになっています。
 これが「必要性」はあるが「相当性」がない場合であれば指導熱心という評価もできるでしょうが、そもそも「必要性」がない場合であれば、悪意がより明確になり、悪質性が高くなるように思われます。また、このような注意や指導の様子を見て見ぬふりをしていた会社側の責任も、より重くなります。
 「必要性」「相当性」という整理は、その責任の態様や重さを見極めるうえでも役に立ちます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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