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松下幸之助と『経営の技法』#195

8/28 生産半減と徹底販売

~人員半減でなく、生産半減で資金を浮かす。時節を待ちつつ、徹底して在庫を売る。~

 その時(注:昭和4年の大恐慌)、どういうようにして切り抜けたものだろうかと、私は考えました。やはり人員を半減するか、あるいは新しい借金をして仕事を継続していくか、どちらかしかない。しかし借金は絶対できません。銀行がどんどん倒れていくのですから、銀行は金を貸しません。そうすると、生産を半減しなければならない。しかし生産を少なくすると人が余るという、私としては初めての難問にぶつかったのです。
 その時の結論は、生産を半減して、そして資金を浮かそう。しかし、せっかく相寄った従業員を1人でも減らすことはまことに残念である。だから工員さんは半日勤務にして、半日は休んでもらう。しかし給料は全額さしあげる。そして時節を待とう。こうすれば、金が不足しているのが少しでも助かってくる、こういうようにしたのです。しかし店員といっていた人、今でいったら営業社員ですが、この人たちは休みなし。日曜も休みなし。とにかく徹底的に売ろうじゃないか、ということを話しました。そうしますと、全部の店員さんが、「それは結構なことだ。我々店員は休みを返上して日曜でも売りに行こう」と言ったのです。それで馬力をかけたところが2カ月すると、倉庫にいっぱい詰まっていた在庫商品がなくなりました。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 松下幸之助氏が採用した延命策は、銀行からの借り入れが期待できない状況(どうやら、資金繰りが最大の問題だったようです)で、①製造量を半分にし、原材料費などを抑える(生産調整)。②工員は半日勤務にするが、給与は全額払う(人員削減しない)。③営業社員は、休日も働き(労働法の問題は、現在と状況が異なるので触れません)、在庫品の販売に集中する(在庫処分)。というものでした。
 不景気でお金が回っていない状況で、①で出費を抑え、③でキャッシュを確保しながら、お金が回り始めるまで「時節を待とう」という作戦です。②で、工員も減らせば人件費も減らせますので、出費もそれだけ抑えられ、より長く生きながらえるでしょうが、問題は景気が回復し、お金が回り始めたときに、製品を急いで作る余力が残っていません。折角景気が回復しても、その流れに乗れないのです。また、そのようにすぐに製造能力が回復しませんから、③在庫品の販売に徹底的に取り組むことができません。在庫品が無くなってしまうと、多少キャッシュがあっても、製品をつくる人的な余裕がないからです。
 このように見ると、②と③がバーターであったことがわかります。しかも、気持ちが弱っている時には、②について人件費を削減し、③在庫を大事に売り惜しみする、という作戦になったでしょう。
 ところが松下幸之助氏は、そうではなく、②について人件費を削減せず、逆に③在庫を豪勢に売りさばきました。在庫がなくなった時点で景気が良くなっていたかというと、わずか2カ月でそのようなことは考えられないでしょうが、在庫処分で得たキャッシュにより、①製造を増やすなり、製造を増やさない場合でも半分の製造能力で生き永らえるなり、いずれか(あるいはその中間形態)で対応できたのでしょう。
 しかも、景気が回復してお金が回り始めた後の従業員たちのモチベーションが物凄いことになっていたことは、誰でも容易に想像できます。不景気な中、仕事が半分しかないのに給料を全額払い、言わば会社がやせ我慢して自分たちの雇用を守ってくれたのです。他の会社の従業員が職を失っていく様子も知っているはずです。そうすると、働いて恩返しする、という意気込みになったはずです。
 このような、不景気な場合の延命策について、会社を人体に例えてみましょう。
 仕事が減って収入が減り、充分食事が取れなくなった時に、①働かずにじっとして、限られた貯えで耐え忍ぶのか、②節約はするものの、しっかりと栄養は取り、仕事が増えたときにすぐにバリバリ働けるように、体力の維持との折り合いをつけて凌ぐのか、という選択です。
 同様なことは、会社のリストラの際にも応用できます。
 つまり、肥満体質になってしまった会社が競争力を回復するために、リストラすることはよくあることですが、その際、①この際、徹底的にダイエットしよう、ととにかくカロリーを落としていくタイプのダイエットと、②ぜい肉は落とすが、逆に筋肉を付けながら(適度なトレーニングをしながら)余計な脂肪分などを燃焼させていくダイエットがあります(糖質ダイエット)。美を競う観点であれば、あるいは手軽さを考えるのであれば、①の方法が簡単ですが、ビジネスは美を競う場ではなく、同業他社と競争して戦う場です。筋力を付けながら、会社のウミを出し切った後には全力で競争できるような状態にすることも見通してダイエットすべきですから、②の方法の方が良いはずなのです。
 ところが、世の中には、「V字回復」と称して、大量のリストラによって短期的な業績を回復させ、世間にはもてはやされるものの、その後、商品の開発力や製造能力、販売力などを急速に失ってしまい、再度、赤字に転落する事例が多く見受けられます。
 会社を人体に例えて、経営組織論を考える方法は、状況の変化に対して会社の体質をどのように変化させていくのか、という経営戦略を分析し、考える際に有効です。ぜひ、活用してください。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、特に、危機的な状況の会社を立て直してもらうための経営者選びの際に、参考になる話でした。
 つまり、華やかにV字回復を謳い、実際に業績を短期間で回復させたとしても、それが本当に会社の回復のためになっていない場合もあるのです。コストカッター、等と言われつつ、中長期的な観点での競争力維持・育成の視点が全く欠如している場合もありますので、経営者の示すプランをよく見極め、ぜい肉だけでなく体力まで落としてしまうことの無いような経営者を選ぶべきなのです。

3.おわりに
 従業員の雇用や生活を優先した、その「情け」が、会社に返ってくるのだ、という抽象的なコメントも見かけました。そういう面もあるでしょうが、冷静で合理的な経営者である松下幸之助氏は、同じリスクを取る場合でも、勝算を見極めて賭けているはずで、人情だけで行き当たりばったりの判断を行っていたと考えるのであれば、それは氏に対して大変失礼なことだと思います。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。







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