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経営組織論と『経営の技法』#127

CHAPTER 6.1.2:組織文化の3つのレベル
 もう少し組織文化を知る試みを考えてみることにします。組織文化は、共有された価値観や信念であるため、直接的に見ることはできません。同じように、恋人が本当は自分のことをどのように思っているのかを知りたくても、直接それを見ることはできません。
 しかし、その代わりに言葉や態度や行動、あるいは物質的なもので自分への気持ちを推し量ることができます。たとえば、自分に悲しい出来事が起こったときに一緒に泣いてくれたことや、クリスマスなど一般的に恋人たちにとって大事とされる日に一緒にいてくれることなどから、自分を他の異性よりも重要な存在と思ってくれているのではないかと考えることができます。あるいは、相手にとって、とても大きな金額のプレゼントをもらうことで、自分を大事に思っていることを推察する人もいるかもしれません。あるいは、恋人の財布に自分の写真を見つけたら、自分への思いに気づくことになるかもしれません。
 このように気持ちは直接見ることできませんが、さまざまな行動や態度、あるいは事物からその気持ちを推察することは可能です。組織文化も共有された価値や信念ですから、直接的に見ることはできませんが、さまざまな部分からその組織の持つ固有の価値や信念を推し量ることは可能です。図6-1は、経営心理学の大家エドガー・シャインが示した組織文化の構造を示したものです。
(図6-1)シャインの組織文化の3つのレベル

図6-1

 組織文化はこのように、目に見える人工物と呼ばれるレベルから、目に見えるものと見えないものを含む価値、そして全く目に見えない基本的前提からなると考えられています。それぞれを見ていくことにしましょう。
 この図の最も外側にある人工物とは、組織文化が体現されている具体的な事物、つまり目に見えたり、触ることのできる事物を指します。たとえば、服装やオフィスのレイアウト、仕事の進め方などが含まれます。また、表彰式などの儀式や恒例行事なども、この人工物に含まれます。たとえば、最も高い成果を出した人を表彰する組織は、結果志向の文化があると考えられますし、カジュアルな服装も、結果さえ良ければどのような格好で仕事をしていても構わないという姿勢だと考えれば、結果志向の文化を体現するものであるかもしれません。
 大学においても、大講義室で学生が教員の方向しか見られない教室では、学ぶことは学生と教員の1対1の関係の中で行われるという姿勢が体現されているといえますが、大学によっては学生同士がディスカッションできるように配置されている教室もあります。ここでは、学生が一方的に教員から知識を授けられるだけではなく、学生同士で議論したり教え合ったりすることによっても学ぶことができる、という価値観を示しているといえるかもしれません。
 次のレベルは、価値のレベルです。価値のレベルは、人工物の背後にある理由となる価値観を指します。ですから、「大講義室(人工物)→教員」が学生に教える場所(価値)となるわけです。たとえば、組織における理念やビジョン、あるいは社内で伝わっているさまざまな物語などが価値に含まれます。
 しかしながら、観察できる人工物と価値観は必ずしも一致するわけではなく、組織においては矛盾を示すこともあります。たとえば、理念として何事にもリスクを恐れずに挑戦することを唱えていても、実際の従業員は保守的でリスクを避ける行動をとっていることがあります。このようなときには、理念やビジョンとして示される価値観とは異なる価値観が背後にはあると考えられます。
 そして、このような価値観に影響を与えているのが、組織文化の中核にある基本的前提です。基本的前提は、価値に影響を与える人間や組織、仕事や環境、あるいは時間や空間、正義や真実に関する信念が含まれることになります。このような基本的前提は、組織メンバーには日常的に意識されることがないとされます。
 たとえば、多くの人が熱心に残業する組織では、量的にたくさん働くことが良いメンバー、有能なメンバーだという信念が共有されていると考えられるかもしれません。一方で、残業せずに定時にみんなが帰る組織もあります。このような組織では、質的に効率良く仕事をする人が有能なメンバーだという信念が共有されていて、残業する人は仕事を時間内に終えることができない無能なメンバーだという価値観が共有されていると考えることができるのです。
 ですから、量的にたくさん働く人が良いメンバーという信念が共有されている限り、残業を減らすような施策や組織目標として時短を示しても、残業はなかなか減っていきません。
 このように基本的前提のレベルの変革を行わない限り、基本的前提のレベルに反するような理念や施策、仕組みを導入しても定着しないことがあるのです。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』129~131頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018.2.1)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村修也・久保利英明・芦原一郎/中央経済社 2019.2.1)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 基本的背景の説明は、なるほど、と感じました。変わることができる会社と、変わることができない会社があり、変わることができない会社には、何か岩盤のようなものがある、という印象でしたが、その部分を基本的背景として置き換えてみると、非常にすっきりと理解できたのです。
 つまり、実際に組織文化を変えるつもりで、しかし壁にぶち当たっている場合には、明確には気付かない岩盤のような「基本的前提」があるかもしれない、と疑って、原因を考え、対策を考えると良さそうです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 そうすると、もし株主が会社の組織文化を変えたい、と思って経営者を選ぶのであれば、その経営者には、この岩盤の「基本的前提」まで見極めて、表面的ではない処置を講じてくれる手腕が必要、ということになります。この点は、この章の後で再度検討しましょう。

3.おわりに
 ここでの分析は、やはり「心理学」の成果なのでしょうか。深層心理と言えばいいのかどうかわかりませんが、「基本的前提」というなかなか簡単には動かせない部分をイメージする、そしてそれを組織の問題として活用する、という点から、経営学は諸学問の成果を持ち寄った学問であることが実感できました。会社経営にとって有意義な知見は、いろいろなところにあるものです。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


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