労働判例を読む#245

【国・京都上労基署長(島津エンジニアリング)事件】大阪高裁R2.7.3判決(労判1231.92)
(2021.4.9初掲載)

YouTubeで3分解説!
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 この事案は、契約社員Xが勤務先の会社Kの正社員になることを期待して猛勉強したのに、上司や社長からその希望を否定されてうつ病になった事案で、労基署Yが労災に認定しないと判断し、1審もこの判断を支持しました。2審は、これを覆して労災を認定しました。

1.判断の分かれ目
 Yはもちろんですが、1審・2審も労災認定に関する行政ルール(心理的負荷による精神障害の認定基準についてH23.12.28基発1226.1、「認定基準」)を基本的なルールとして採用していますので、当てはめる対象となるルール(認定基準)はY・1審・2審共通です。つまり、判断の分かれ目はルールの違いではありません。
 すると、どこに2審の違いがあるのか、ということが問題になります。
 技術的には、Y・1審は上司から人事考課などを告げられたにすぎないと評価した(したがってストレス強度「弱」)のに対し、2審は上司や社長から「契約終了が迫った」話をされたと評価しました(同「強」)。すなわち、認定基準のあてはめの際の評価が異なったのです(労判1231.107左(ウ))。
 けれどもさらに、より実質的で実態に即した面を考えてみると、2審が重視したのは、①他にXのストレスの原因が見当たらないこと、②母子家庭で頑張ってきたXがKの社長の言葉からKで正社員になれると信じて、その資格を得るために1000時間を超える猛勉強をしたのに、Xの上司や社長がXの希望を否定したこと、にあるようです。3人の子を一人で育てながら、それまでも勉強しつつ転職してキャリアアップしてきたXの背景を考えれば、やっとしっかりした会社の正社員になれると信じて猛勉強してきたのに裏切られた、という気持ちが強かったのでしょう(同99からの「2 認定事実」参照)。Xの受けたストレス、という観点だけから見れば、Xの上司・社長がそのようなXの思いまで認識できなかったかもしれませんが、たしかに会社の業務に関して受けたストレスがうつ病の原因と評価されるでしょう。この意味で、2審の判断にも理解できる面があります(裁判所は、他の労働者でもあり得ること、と説明しています。同107左(エ))。
 しかしこれに対しては、Kの正社員になることへの思い入れは、業務上のストレスというよりも、職場外の事情や個人の属性に関わる問題であって、Kがコントロールできない事情であり、そのことによってKの業務との関連性を肯定するのはおかしいのではないか、という反論も考えられます。認定基準が、職場でのストレスと、職場外のストレス、個人の弱さを考慮して判断するという判断枠組みを示していることからしても、正社員になる機会を失う、という職場での出来事の影響を大きく増幅させているのは、職場外の事情や個人の属性ですから、この反論にも合理性があります。
 苦労して頑張って勉強してきたという背景事情は、認定基準に照らして考えると、業務上のストレスだけでなく、職場外のストレスや個人の属性にも関わる複合的な問題と見るべきです。これを業務上のストレスを増幅させる事情として考慮するのであれば、職場外のストレスや個人の属性に関わる問題として、すなわち因果関係(業務起因性)の消極的事情としても考慮し、そのうえで総合的判断をすべきだったと考えます。
 結論はどうなるのか、という質問が聞こえてきますが、残念ながら訴訟記録を全て見たわけではないので私からは回答できません。複合的、としても業務上のストレスの影響力をどこまで減殺するのかは職場外のストレスや個人の属性としてインパクトの大きさの程度によります。長く勤めたい、と願う従業員に正社員になるように勧めておいて(悪意はないかもしれないが)、その梯子を外した(悪意はないかもしれないが)という経緯を見れば、業務上のストレスの影響力はそれほど減殺されないかもしれません。実際、裁判所はXに既往歴がないことを認定していますので、この意味で業務上のストレスの影響力の減殺は大きくないのでしょう。しかし、Xの私生活上のストレスなどについての検討はほとんどされておらず(同107右(ウ)参照)、私生活上のストレスの影響がよくわからない面がありますので、それによっては因果関係(業務起因性)が否定される可能性はあると思われます。
 この意味で、裁判所が因果関係(業務起因性)を認めたこと自体が結果的には誤りと言えないかもしれませんが、Xの私生活上のストレスの影響などについてもより掘り下げたうえで総合判断をすべきだったと思われます。

3.実務上のポイント
 このように見れば、労基署Yや1審と比較すれば、因果関係(業務起因性)の認定が甘いという見方も可能でしょう。
 けれども、近時の下級審裁判例の中で、因果関係(業務起因性)が認められるとしつつ、民事責任の観点では会社の過失が認められないとするものがいくつか見受けられます。この流れから見ると、純粋に因果関係(業務起因性)の問題を考えれば、2審の判断もそれほど間違えたものではない、上司や社長がXの事情を知らなかったことや、それを前提にする配慮が足りなかったことが仮にあったとしても、それは過失の有無(予見義務違反の有無や回避義務違反の有無)で判断すべき事情である、と整理できるかもしれません。
 この事案が民事でも争われているのかどうかはわかりませんが、もしそうであれば、因果関係と過失に関する判断を見てみたいと思います。

※ 英語版

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!



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