松下幸之助と『経営の技法』#264

11/5 サービスは社会を潤す

~サービスは人に喜びを与える正しい礼儀。人、店、会社、国に潤いをもたらす。~

 特に、今日は潤いが乏しくなってきましたからな。サービス精神という潤滑油が、もっと求められてもいい時代じゃないですか。商売している人はもちろん、すべての人が、サービス精神に欠けてはいけませんよ。友人に対しても、自分の会社、商店、社会に対してもすべてサービスですよ。国と国の間でも、サービスを怠る国は落伍します。落伍しないまでも、人気を落としましょうな。廊下で会っても、ちょっと笑顔で会釈して通るのがサービス。だからサービスというのは正しい礼儀でんな。
 商売のコツはいろいろありますけど、1つは、費用はあんまりかけずに多くのサービスができるということですわ。そうしますと、物も安く供給できますしね。そやから、笑ってサービスするのが、いちばん金もかからず、他人に喜びも与えられる。こんなのがいちばんよろしいな。そういうことがコツやないでしょうか。

(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

2つの会社組織論の図

1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 まず、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、競争の在り方として、サービスを良くすることで競争力を高める方法について検討しています。ここでのサービスは、「サービス精神」で典型的に示されるようなサービスであって、潤滑油、これが無いと落伍し、人気を落とすもの、「ちょっと笑顔で会釈して通る」もの、正しい礼儀、お金をかけずに他人に喜びを与えるもの、などの言葉で表現されています。そして、サービスこそ商売のコツ、と結論付けています。
 市場競争の中で、自社のビジネスを他社と差別化することが経営戦略の基本と言われることがありますが、この観点から見ると、取引先や顧客に対するサービス精神を発揮し、すなわち礼儀正しく笑顔で応対することによって、取引先や顧客に喜びを与えて人間関係を潤滑にすることが、一種の差別化であり、競争力なのです。
 しかも、このサービスはお金がかかりません。財務的に見た場合、原価はゼロ円ですから、経営戦略上の有力な差別化策となるのは当然なのです。

2.内部統制(下の正三角形)の問題
 次に、社長が率いる会社の内部問題を考えましょう。
 財務的に見て原価がゼロだからと言って、それを会社組織全体に徹底することは容易でありません。従業員には、気難しい人もいるでしょうし、そうでなくてもいつも機嫌が良いとは限らないからです。
 けれども、会社の従業員が皆熱心に仕事を取組み、そのことで信頼を得ることができる、ということは10/18の#246の中で、松下幸之助氏が紹介しているところです。
 このように、全従業員の意識のベクトルが揃っていて、自然と「サービス」が示されるべき社風を形成することは、決して容易なことではありません。継続的に従業員教育を行うことや、サービスの良い従業員を継続的に表彰することなど、外から動機付けするための様々な施策も考えられます。
 けれども、それだけでなく、経営モデルによって従業員の主体性や自立性を構造的に育てる方法も重要な方法となります。
 それは、この連載でも度々指摘しているような、従業員の自主性を重視し、どんどん権限移譲する、という経営モデルです。この経営モデルの対局としてイメージされるのは、ワンマンやベンチャーのような会社で、従業員は経営者の命令を忠実に執行することだけ求められるタイプの経営モデルです。後者のモデルでは、会社の一体性や組織的な突破力が期待できる一方で、会社の規模やビジネスの範囲は、経営者個人のキャパシティーを超えることができません。そして、このモデルの場合には、取引先や顧客に対するサービス、すなわち、礼儀正しく笑顔で接し、人間関係を潤滑にし、相手に喜びを与えることは、経営者の指示命令によって行うべき業務となります。
 他方、前者の経営モデル、すなわち従業員の自主性を重視し、どんどん権限移譲する経営モデルでは、もちろん経営者の指示命令に基づく面もありますが、権限を委譲されたそれぞれの従業員が、任されたことをやり遂げるために、コストパフォーマンスも高いことから、当然に行うべき事柄であると、当然に気づき、当然に自主的に行う面が出てきます。
 経営モデルまで根本的に見直すかどうかはともかくとして、従業員全員に笑顔でサービスさせることは、簡単に指示すればすぐに実行されるものではなく、経営者自身による環境作りも必要なことなのです。

3.おわりに
 謝罪も笑顔も無料だから、謝罪すればよろしい、笑えばよろしい、という表現で、商人のしたたかさが表現されることがあります。そこでは、謝罪や笑顔には卑屈なイメージが伴い、本音はどこか別のところにあって、計算高く、油断できない、という印象が伴います。
 けれども、それこそ表面的なサービスであり、本当のサービスとは言えないでしょう。そのような上辺だけのサービスは、底が見えてしまってかえってマイナス効果であるだけでなく、相手に対し大変失礼なことです。
 松下幸之助氏が、上記のとおり数多くの言葉を重ねることによって「サービス」の内容を具体化しようとしたのは、このような一面的で表面的な理解をして欲しくない、という気持ちがあるように思います。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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