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松下幸之助と『経営の技法』#224

9/26 中小企業の強み

~社員1人を120%生かす。中小企業はそれができる。~

 私は中小企業ほど人がその能力を十分発揮しつつ働きやすいところはないし、また実際よく働いていると思うのです。
 世間ではとかく中小企業は弱いといいます。けれども、大企業が個々の人の力を70%ぐらいしか生かすことができなくても、中小企業は100%、やり方によっては120%も生かすことができるわけです。そういうところに、中小企業の1つの大きな強みがあるように思います。その強みを中小企業は積極的に生かしていくということが、極めて大切ではないでしょうか。
 また一方、大企業においては、組織なり制度なりの上で、いわゆる専門細分化をはかるなどして、1人ひとりの社員がそのもてる力を十分発揮できるような環境づくりを、絶えず心がけていく必要があると思うのです。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

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1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 松下幸之助氏は、一から会社を興して大企業を築き上げましたから、当然、中小企業の経営者も経験しています。しかも、氏はかなり早い段階から、従業員の自主性や多様性を重要し、どんどん権限移譲して任せてしまう、という経営モデルを採用し、磨き上げてきました。このように、従業員にどんどん権限移譲して任せてしまってきたことから、従業員がその実力を発揮しているのかどうかを実感できました。だからこそ、氏の、中小企業の従業員の方が従業員の力を生かしているという言葉に、説得力があるのです。
 では、なぜ中小企業の方が従業員を生かしているのでしょうか。
 1つのヒントは、大企業の従業員を生かすために、「いわゆる専門細分化をはかる」ことがそのための「環境づくり」の1つの例、としている点です。
 しかし、中小企業の方が専門細分化が進んでいるかと言うとそうではないでしょう。つまり、大企業の従業員を生かすために、大企業の環境を中小企業の環境に似せるのではなく、中小企業とは違う方法で従業員を生かそう、という発想です。
 そこで、大企業での普通の働き方と、専門細分化した場合の働き方で、どこが違うのかがポイントになります。
 一般化することは難しいのですが、普通の働き方は、いわゆる総合職であり、営業も人事も経理も何でも経験してみろ、という幅広いジェネラリストをその典型例と位置付けられるでしょう。他方、専門細分化すると、例えば技術開発担当者であれば、技術開発ばかり担当する、とい専門職をその典型例と位置付けられるでしょう。
 そして、この2つを比べると、前者は仕事を覚えるのに非常に時間がかかり、後者は比較的早い段階から仕事を任せることができます。なぜなら、前者はそれぞれの仕事を数年ずつ実際に経験するのに対し、後者は1つの仕事に専念するからです。しかも後者では、多くの場合、例えば技術職であれば理科系の関連学部や大学院出身者、例えば経理部門などの専門職であれば当該専門学部卒業者や有資格者が、それぞれ配属される場合が多くそうであれば、より早くからその専門性ゆえに早い段階から仕事を任せることができます。
 ここまで整理してみて気づくことは何でしょうか。
 そうです。権限移譲の範囲の問題です。
 松下幸之助氏は、従業員にどんどん権限移譲すべきことを繰り返し説いていますが、その中でも例えば8/5の#172で、60点の人にも任せてしまう、と言っているように、どんどん任せてしまうのです。その結果についての手応えは、「もし6人の人がいたとすれば、3人はうまくいって、2人はまあそこそこである、あとの1人が時に失敗する、というような状態が私の場合は多かったように思う。」であり、必ず成功するわけではありませんが、もともと60点の6人で、成果は平均60点を超えているはずです。80点×3人+60点×2人+40点×1人とすると、66.67点、100点×3人+80点×2人+60点×1人とすると、86.67点、となり、最初の60点との差分(6.67点~26.67点)が、従業員の実力以上の成果であり、従業員の成長となります。
 そして、そこでは明言していませんが、①過去形で話していること、②60点の人しか見つからない状態は、大企業の場合には考えにくいこと、から、これは松下幸之助氏の中小企業時代の経験談と思われます。つまり、中小企業時代には、まだ未熟な従業員に思い切って仕事を任せてきて、それによって実力以上の成果が出ていたのですから、ここでの100%~120%の実力を生かす、という表現と一致します。
 ところが、大企業になると、80点やそれ以上の、任せるに適した人材が見つかってしまうため、中小企業で実践したような、少し無理をさせ、背伸びをさせるようなことができなくなってしまいます。豊富な人材はいいのですが、さらに人材が余ってくると、仕事の与え方がオーバークオリティー気味になります。例えば、60点の仕事に80点の実力者をあてがうことにもなりかねません。そうすると、従業員の力の70%しか引き出せない、ということになります。
 さらに、ジェネラリストを使う立場からすると、①やっと仕事を覚えたころに他部門に異動すること、②専門分野や得意分野の仕事とは限られない(法学部出身者が経理をしている、等)こと、などから、実際に仕事を任せるとしても、当初は簡単な仕事しか任せられません。ジェネラリストがその実力を発揮するのは、会社の様々な業務を覚え、人脈を広げ、視野が広がった後のことですから、それまでは、本当の実力を発揮できません。けれども、大企業はそれでも大丈夫だし、そこまでして会社全体が見渡せる人材を意識的に育てる必要があります。
 これに対して、専門職の場合には、①いくら大企業でも人数が限られるでしょうし、小さいチームの中で同じ専門家である先輩の目も十分行き届く状態ですから、先輩は思い切って仕事を任せることができます。背伸びをさせることも可能です。②専門的な教育を受けてきた新入社員や、専門家としての職歴のある中途社員が若手メンバーになりますから、早い段階から高度な仕事を任せることができます。③他部門への異動を覚悟する必要がありませんから、腰を落ち着けてじっくりと任せることができます。
 このような事情を見れば、いわゆる「いわゆる専門細分化をはかる」ことは、その専門領域に関する部門を1つの中小企業と同じような状況にし、若手に仕事を任せて育てることに繋がるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者を選ぶ際に参考にすべき経営者としての資質を、松下幸之助氏の言葉から読み取りましょう。
 松下幸之助氏が、人材活用という観点から見て、大企業の問題点を見抜いていることや、それを改善するアイディアがあることは、経営者としての強みです。そうすると、この強みがどこから来たのか、ということですが、それは、自分自身が1から会社を立ち上げ、大企業にまで育て上げてきた苦労と経験です。
 しかし、経営を託すべき経営者を探す場合には、このような経営者はむしろ稀有でしょう。その中で、しかし託すべき会社の弱点と対策に気づいてくれる経営者は、多様な経験をしてきた人、と言えそうです。
 もちろん、様々なステージの会社経営者、ということであれば、松下幸之助氏の経歴と似てきますが、それだけに限らず、大企業であっても、本当のジェネラリストとして重要な部門のリーダーとしての責任を果たしてきた経験者や、社風の異なるいくつかの会社で経営を任されてきた経験者等も、そのような洞察力を身に着けている可能性が高そうです。
 そして、いずれの場合でも重要なのは、人材を活用し、育ててきた経験です。人を育てずに活用する、という使い捨てのような経営ばかりしてきた経営者は、従業員の能力の70%しか生かしていない状況に堪えられることができず、それをどのように変えていけばいいのか、現実的で具体的な方法を思いつくこともできないように思われるのです。

3.おわりに
 従業員の能力を100%~120%生かせる、という「強みを中小企業は積極的に生かしていく」べしとする松下幸之助氏のコメントですが、これは、数で言えば中小企業が殆どである、という産業構造を考えると、日本経済全体を強くするヒントでもあります。
 その1つの回答が、徹底的に任せて育てる、という松下幸之助氏の経営モデルなのですが、それはここでのポイントではありませんので、他の氏のコメントを通して学んでいきましょう。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

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