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松下幸之助と『経営の技法』#188

8/21 力の範囲

~会社の実力の範囲で経営をする。自身の経営力の範囲で経営をする。~

 業容を拡大し、会社の規模を発展させていく場合には、やはり技術力、資金力、販売力などを含めた会社の総合実力というものを的確に把握し、その力の範囲でやっていく。そしてその場合、経営者にとって特に大事なのは、自分を含めた会社の経営陣の経営力に対する認識であろう。
 私は長年の事業の体験の中で、数多くの取引先を見てきた。その中には、最初は経営が非常にうまくいっているのに、業容を拡大していくにつれて成果が上がらないというところが出てくる。そういう場合に、思い切ってその商売を2つなら2つに分け、元の経営者の人はその1つを見て、もう一方は然るべき幹部を選んで全面的に経営を任せるというようにすると、その2つともが順調に発展していくようになることが多い。結局それは、その経営者の経営力の問題である。50人の人を使うくらいまでは十分やっていけるが、だんだん発展して100人を使うようになると、それだけの能力はないということで、かえって業績が上がらなくなってくる。それで会社を2つに分け、その1つを見るということにすれば、自分の力の範囲で十分やっていけるから、再びうまくいくようになってくるわけである。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 いつもと順番が異なりますが、まず、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者として会社の規模にあった能力を有する経営者を選ぶべきであることがわかります。
 注意すべき点は、常に大きい会社が良いわけではなく、大きい会社を経営できる経営者の方が優秀というわけでもないことです。松下幸之助氏のここでの言葉を見れば、50人の会社を経営できている経営者は、50人の会社を経営することにかけては優秀です。一度、業績が上がらなくなった会社であるにも関わらず、2つに分けてそのうちの1つを経営すれば、回復させられるからです。
 逆のことも言えるでしょう。
 すなわち、50人規模の会社に、1000人規模の会社を経営する能力のある経営者を選任しても、うまく経営できるとは限りません。
 このように、「適正規模」は、経営者に会社を合わせる意味だけでなく、会社に経営者を合わせる場合にも考慮すべきポイントです。

2.内部統制(下の正三角形)の問題
 次に、社長が率いる会社の内部の問題を考えましょう。
 会社を大きくできない理由は何でしょうか。
 その理由の1つとして考えられるのが、経営モデルでしょう。すなわち、会社を大きくするのに適した経営モデルと、そうでない経営モデルがあり、それぞれについて適した経営者のタイプが異なるのです。極端な経営モデルとして、この連載で繰り返し用いている2つの経営モデルを対比しながら検討します。
 1つ目の経営モデルは、経営者が全ての案件や全ての従業員をコントロールする経営モデルです。ワンマン会社やベンチャー企業に多い経営モデルで、従業員には、経営者の指示命令を忠実に遂行することだけが求められます。この経営モデルがハマるのは、ニッチな市場を築き上げる場合や、何らかの「壁」(規制の壁、業界の閉鎖性の壁、常識の壁、など)を破る場合など、会社に突破力が必要な場合です。経営者の存在感や熱量などが大きい、カリスマ性のある場合を考えるとイメージしやすいでしょう。
 けれどもこの経営モデルでは、経営者がコントロールできる範囲を超えて大きくなることができません。従業員の人数に関して言えば、従業員をどのような密度でコントロールするのかによって異なってきますが、経営者自身がコントロールできる人数を超えてしまうと、コントロールができない「遊んでいる」従業員ができてしまうからです。
 2つ目の経営モデルは、従業員にどんどん権限委譲していく経営モデルです。松下幸之助氏が、かなり初期の段階から一貫して採用し、運用してきた経営モデルで(8/7の#174、8/17の#184等)、従業員の自主性や多様性を重視するものです。この経営モデルは、突破力については劣るかもしれませんが、幅広く市場をカバーするような場合に適しています。会社側が多様性を備えているからです。
 経営者について見ると、従業員に権限委譲していくことによって、経営者の仕事は、会社の組織一体性を維持し、求心力を高める仕事の割合が多くなっていき(7/12の#148等)、自ら指示命令する仕事の割合が小さくなっていきます。
 その分、この経営モデルでは、経営者が直接コントロールしていない事案や従業員についても、適切に業務遂行されるはずです(権限委譲しても、適切に判断・遂行される仕組みが整っているはずです)から、会社を大きくすることが可能です。
 もちろん、実際の経営モデルは、従業員への権限移譲の有無だけで整理されるわけではなく、もっと多様です。けれども、特徴的な経営モデルを対比して検討することによって、経営モデルが、会社を大きくできるかどうかに関わっていることと、それが経営者の資質や経営スタイルに関わっていること、が理解できます。

3.おわりに
 もし、松下幸之助氏が具体例として紹介した経営者が、全ての案件と全ての従業員を直接コントロールするタイプの経営者の場合には、2つに分けた会社の1つを幹部に任せる部分は、おそらく、経営者として初めて権限移譲することになります。この権限移譲は、この経営者にとってかなり重い決断となったはずです。
 けれども、一度、このような権限移譲がうまくいけば、再び会社が大きくなった時に、3つ目の会社を作ることがよりスムーズにいくでしょう。同時に、この経営者としても、他人に権限移譲することが経験できましたから、経営者としての幅が広がったと言えそうです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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