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労働判例を読む#351

今日の労働判例
【株式会社まつりほか事件】(東京地判R3.4.28労判1251.74)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、居酒屋の店長・料理長であったKが過労死したため、その遺族Xらが居酒屋を経営する会社や経営者Yらに対して損害賠償を請求した事案です。裁判所は、Yらの責任を認めました。

1.因果関係
 裁判所は、Kの労働時間が極めて長時間であった、という理由で、厚労省の労災認定基準を当てはめて因果関係(業務起因性)を認めました。
 問題は労働時間の認定です。Yらは、店舗の営業時間がKの労働時間である、などと主張しました。
 しかし、店長であり、料理長であったKの場合、店舗の営業時間の前後や休憩時間とされている時間も仕事をしていたであろうことは容易に想像できることですし(仕込み、片付け、管理業務など)、実際、Xらの主張を裁判所も広く採用しました。
 特に注目されるのは、始業時間です。
 いわゆるホワイトカラーのビジネスマンの場合、始業時間前のいわゆる「早出残業」について、労働時間として認めない裁判例が多く認められます。例えば、【三井住友トラスト・アセットマネジメント事件】(東京地判R3.2.17労判1248.42)で、裁判所は、「通勤の混雑を避ける等の業務以外の理由で早く出社する場合もある」と認定したうえで、早出残業が、義務付けられた(または余儀なくされた)もので、指揮命令下にあることを従業員側が証明しなければならない、という判断枠組みを示しました。
 このような判断枠組みが必ずしも一般的なものとまでは、未だ言えない状況ですが、少なくとも早出残業に関して労働時間と認定される場合は、いわゆる居残り残業よりも限られている、という傾向を反映しています。
 けれども、料理長が開店前に出勤して、仕込みなどの仕事をすることは、義務付けられ、あるいは余儀なくされたものと一般的に言えるでしょう。実際、一般論だけでなくK自身が仕込みを行っていたこともあり、Kの早出残業時間が労働時間と認定されたことは、早出残業は労働時間と認定されにくい、という傾向に合致しませんが、合理的であると思われます。

2.過失
 Yらは、タイムカードもなく、Kの労働時間を把握すらしていなかったことから、Yらに過失が認められることは、当然の結論でしょう。特に、民事労災の事案で、因果関係(業務起因性)が認められながら過失が否定される事案は極めて限定的ですから(例外的に過失が否定された事案として、「国(陸上自衛隊訓練死事件」(旭川地判裁R2.3.13労判1224.23)。雪上訓練中に急性心筋梗塞を発症して隊員が死亡した事案につき、事前の健康診断や発症直後の応急措置などが適切であったことを主な理由に、因果関係を認めつつ過失を否定した)、この意味でも、過失を否定することは困難です。
 ここでは、過失の判断枠組みを確認しておきましょう。
 裁判所は、健康配慮義務の一般的な判断枠組みとして、「業務の遂行に伴い疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」として電通事件最高裁判決(最二小判H12.3.24労判779.13)を引用しています。
 そのうえで、本事案での判断枠組みとして、「(Kが)業務に従事する状況について労働時間や労働内容を把握し、必要に応じてこれを是正すべき措置を取る義務を負っていた」と示しています。過失の一般的な判断枠組みは、予見義務違反と回避義務違反ですが、それを本事案に合致するものにするため、「労働時間や労働内容を把握」することと、「必要に応じてこれを是正すべき措置を取る義務」という表現に置き換えているのです。
 このように、事案に応じた判断枠組みを柔軟に設定することは、近時の裁判例でも多く見かける判断手法です。

3.実務上のポイント
 本判決はさらに、実質的な経営者個人の責任も認めています。会社法429条1項の規定を根拠にしています。
 役員の責任については、大きな会社で役員の業務範囲が明確に区分されているような場合には、業務範囲外の問題について責任を負わない場合もありますが、Yのような小さな会社で、役員の業務分担も存在しないような場合には、経営者個人が経営全体について責任を負うことになります。
 従業員の健康問題は、個人責任として割り切れるものではなく、会社経営に関わる問題なのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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