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松下幸之助と『経営の技法』#206

9/8 従いつつ導く

~やる気を失わせないように、ものを頼む。相手の自主性に従いつつ導いていく。~

 人間というものは、自分の考えで事を行う時にいちばん喜びが感じられるものですよ。そうした場合には、その人の創意工夫も加わって、仕事の成果もおのずから上がってきます。
 だから、僕も経営にあたっては、社員の人たちの自主性を尊重し、一所懸命働こうとするのをできる限り邪魔しないように心がけてきました。しかし、それでは何も注意しなかったっかというとそうでもない。責任者として言わなければならないことは言います。けれどもその際、自主的な意欲に水をささないよう、言い方に気をつけてきたわけです。
 何かを頼んだり、何かをやってもらう時、決してやる気を失わせないよう、相手の人の自主性に従いつつ導いていく。難しいことですが、これが大切なことではないでしょうか。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 松下幸之助氏は、従業員の自主性と多様性を尊重し、どんどん権限移譲する経営モデルを極めて早い段階から採用し、磨き上げてきました。そのきっかけは、松下幸之助氏自身が病気がちで、自ら現場に入れないことが多く、必然と他人に任さざるを得なかったことです。しかも、中途半端に任せるのではなく、変に口出しをしないで全てを任せることによって、従業員が発奮する、というのです(8/17の#184を見て下さい)。
 このように、どんどん権限移譲して任せる、という経営モデルの場合、実際にどのように任せ、発奮させるのか、さまざまな工夫やノウハウがあります。そのことについて触れたコメントが多くある中、ここでも、そのうちの一つ、注意や指導の際の配慮について述べられています。
 つまり、「責任者として言わなければならないこと」の言い方の問題です。
 具体的には、①「自主的な意欲に水をささない」、②「決してやる気を失わせない」、③「相手の人の自主性に従いつつ導いていく」が、その際のキーワードとして示されています。このうち、①②は、方向性の問題で、③が、その際に考慮すべき事情を示しています。すなわち、自主性に従うのが「主」であり、導くのが「従」である、というバランスのとり方が、コツとして示されているのです。
 状況に応じて様々なバリエーションがありますから、マニュアルのようなものを作るのは難しいでしょうが、「主」と「従」を意識し、典型的なケースをいくつか考えてみましょう。
 1つ目は、「どうしたいか」という問いかけです(幣所『法務の技法(第2版)』153頁)。
 これは、指示を待っていると答えられない質問です。自分がどうしたいのかを考えるように意識づけるために、機会あるたびにこの質問を繰り返すことで、相手は、自分が案件をリードしなければならないことを、少しずつ実感するようになっていきます。
 2つ目は、「最悪シナリオ」「怒る人テスト」です(同書5頁、11頁)。
 これは、ともするとこちら側から「こんな最悪な事態、どうするつもりだ」「こんな事したら、取引先の〇〇部長がおこるだろう」などと使う、説教のためのツールに思われますが、これを、相手が実際にどこまで考えているのかを説明してもらうためのツールとして使うのが味噌です。つまり、相手に対して「最悪な事態はどんなことを想定しているのか」「このプランを実行すると怒る人がいるとしたら誰だろうか」と聞くことで、十分検討している場合には、すらすらと自分の考えが言えます。こちらも、そこまで検討しているなら、と安心して任せることができ、「手柄を与える」(同書117頁)ことも可能になります。
 この他にも、社内でのコミュニケーションのツールは多様なものがあります(同書でも、この他に沢山のツールを紹介しています)。
 そこで、日頃から様々なコミュニケーションの方法を観察しておくと、自分の引き出しも広がります。問題意識を持っていると、すなわち、従業員のやる気を失わせない言い方を常に気にしていると、他の経営者や管理職者の、上手な言い方や工夫が見えてきます(「好奇心」同書38頁)。松下幸之助氏は、心の持ち方についてしか触れてくれませんが、自分なりに、③「相手の人の自主性に従いつつ導いていく」ためのツールを開拓し、引き出しを増やしていきましょう。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者が自分の経営モデルを頭で理解しているだけでなく、それを徹底するためにどのように立ち居振舞うべきなのかまで熟知しエチルことが、経営者としての資質の1つとして重要であることが、松下幸之助氏の言葉から読み取ることができます。
 もちろん、経営モデルは、松下幸之助氏が早期に採用し、磨き上げてきた、従業員にどんどん権限移譲する経営モデルに限りません。
 しかし、松下幸之助氏の迫力は、自らその経営モデルを作り上げてきたことから、そのための細かいノウハウまで全て自分自身の経験として語ることができる点です。残念ながら、ここではその具体的なノウハウを見ることができませんでしたが、その背景にある重要なポイントを見せてもらえました(上記③)。
 経営者を選ぶ場合、やはりこれだけ迫力ある経営者に、会社を託したいものです。

3.おわりに
 部下を育てることは、自分自身の活動領域を広げ、視野を高くすることにもつながります(「分身の術」「背中」同書114頁、150頁)。部下に任せて仕事をさせることは、部下を育てることそのものであり、だからこそ日本のビジネスマンは、多数の部下を育て上げた松下幸之助氏の言葉が大好きなのでしょう。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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