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松下幸之助と『経営の技法』#189

8/22 かけひきなしの交渉

~できる限り、平易にものを見る。交渉事も、かけひきなしで臨む。~

 私は日頃から、できるだけ難しくものを見ないように、言い換えれば、なるべく平易にものを見るように、と心がけている。それはどういうことかというと、例えば交渉事であれば、かけひきも何もなしにこれに臨むということである。つまり、10のものは10、5のものは5とありのままに相手に説明し、5のものをまず初めは6と言っておいて、あとで譲歩して5にするといった行き方はとらないようにするのである。
 もちろん交渉のテクニックというか技術という点からいくと、やはり5のものは6と言っておいて、あとで話しあいの中で5に決める、というほうが話が早いという見方もある。しかし私は、そういう行き方は、ものを難しく見ることになると考えている。だから、私の場合は、初めから5は5ということで相手に対する。要するにありのままの姿を相手に見てもらうというつもりで話をするのである。そうすると、そのようなやり方で話がうまくいく場合もあれば、うまくいかない場合もある。けれども、そのどちらが多いかというと、うまくいく場合の方が多い。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 松下幸之助氏の推奨する商品の販売手法は、いわゆる「掛け値なし」の手法であり、その有効性は既に様々な観点から検証されています。特に、経営学の中でもマーケティングに関する問題であり、例えば、ブランドマーケティングの例とされたり、高額な商品を大衆化する手法とされたり、新参者が市場に入り込むための販売手法と評価されたりします。
 いずれも、非常に興味深いものですが、ここでは、経営組織に関わる内部統制(=リスク管理)の問題として検討しましょう。そして、この①「掛け値なし」の商法は、②商品ごとに値切り交渉を行う商法と比較されますので、この2つを対比して検討します。
 1つ目のポイントは、対象となる商品の違いです。
 すなわち、②では、販売担当者が個別に交渉を行いますので、それだけの人件費に堪えられる高額商品でないと割に合いません。他方、①では、一定額での販売になりますので、少なくとも価格交渉に人手=人件費をかける必要がありません。したがって、①では、比較的廉価な商品の販売が可能になります。
 会社組織として見ても、営業担当者の高度な交渉力が不要になりますので、営業部門の陣容を広げたり、経験者を他部門に配置したりするなど、営業部門中心の組織体制を採用しなくてすみます。松下幸之助氏のビジネスは、製品の品質と価格を競争力の源泉としますが、優秀な人材を、製品の品質や魅力を高めるために活用することが可能になります。
 また、販売の手間がかからなくなり、営業交渉に長けた人材を確保する必要が大幅に低下しますから、事業や組織の規模を大きくすることが容易になります。
 さらに、製品開発の在り方に影響があります。すなわち、販売担当者が個別に交渉を行うのであれば、それなりの価格の製品を多品種揃える必要がありますが、販売に手間がかかりませんので、高額でないものについて、少品種に絞り込むことが可能になります。リソースを集中できますので、会社組織としてもシンプルな組織になります。
 2つ目のポイントは、商品販売手法の違いです。
 すなわち、①では、定額での販売が可能になりますので、在庫や製品の管理も容易になります。また、売れ残る場合のリスクはあるものの、価格の振れ幅が小さくなりますから、投機的でない販売が可能になり、予算も立てやすくなります。
 また、②では、掛け売りが行われ、代金の取り立てが必要となり、取引先の信用リスクを負うことになります。取引先が倒産した場合などには代金を回収できなくなるのです。ところが、①では現金販売が行われますので、売り上げの評価も振れ幅が小さくなります。さらに、債権管理のための人員が不要となりますので、この点でも会社組織をシンプルにすることができます。
 このように見ると、販売担当者のモラルに関するリスクが小さくなることがわかります。
 すなわち、②では、販売担当者が得意先に抱き込まれてしまうと、不当に安く商品を販売したり、本来信用を与えられないはずの取引先に掛け売りをして、回収不能な状況を作り出したりして、会社に損害を与えるリスクがあります。つまり、販売担当者の管理が経営上重要なポイントになります。これに対して、①では、販売担当者にそのような権限はありませんから、販売担当者が損失を与えるリスクは非常に小さくなり、販売担当者を管理するプロセスなども、簡素化できます。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 経営者である松下幸之助氏は、製品にあった販売方法も編み出していたことがわかります。しかも、単に価格決定過程をシンプルにしただけでなく、それに伴って、内部統制上の様々な問題についてもシンプルにできることが、上記の検討からわかりました。
 このように、「平易にものを見る」という姿勢は、経営者の1つの資質として学ぶべきポイントであり、経営者を選ぶときにも参考にすべきポイントになります。

3.おわりに
 「掛け値なし」の販売手法は、江戸の越後屋が始めたものとして有名な販売手法です。小売りの手法であり、必ずしもメーカーの卸販売の手法ではありませんが、同じ手法を持ち込んでうまくいったようです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。



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