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経営組織論と『経営の技法』#70

CHAPTER 3.3.2:科学的管理法における組織
 このような原理の下、科学的管理法ではいくつかの特徴的な制度や組織が作られます。その1つが、差別出来高給制です。それまでの出来高制では、過去の結果をもとに大まかに目分量で単価が決まっていました。ゆえに、たとえば1つの品物を作るのにかかる時間をめぐって労働者と管理者の間に対立が起こっていました。つまり、労働者は1つのものを作るのに時間をかけることで単価を上げようとし、管理者はそれを見越して単価を切り下げようとしていたのです。
 差別出来高給制では、標準化された仕事を基準に賃金を決めます。基準を満たす仕事をすれば賃金は上がり、満たさなければ賃金は下がります。仕事を公平に標準化したことで基準ができるため、これまであったような対立がなくなるのです。
 もう1つの特徴的な制度や組織は、職能的職長制です。科学的管理法では、労働者は科学的に標準化された仕事をこなしていくことが求められ、そのための訓練を科学的に行っていきます。そこでは無駄な作業や仕事の要素は排除され、個々の仕事や作業は専門化していくことになります。
 そうすると、これまでの工場のように、さまざまな作業を行う人の上にそれを管理する職長という形では専門性が不足し、職長としての対応ができなくなってしまいます。そこで、科学的管理法では、職能別職長制と呼ばれるように、職能別に職長を定めていきます。
 たとえば、少年野球のようにすべての子どもがさまざまなポジションでプレーできるように練習している場合には、コーチはそれほど専門的でなくとも、さまざまなポジションについて指導できれば問題はありません。
 しかし、プロ野球のように各選手のポジションが明確になり、専門化が進んでいる場合、コーチも専門化していなければ、指導あるいはコーチすることができません。労働者が専門化していくことによって、職長も特定の職能を管理することができるようになる必要があるのです。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』62~63頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018.2.1)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村・久保利・芦原/中央経済社 2019.2.1)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 ここでは、職能的職長制と法務部の運営との関係について、お話しします。
 というのも、日本でも大企業を中心に社内弁護士を雇う会社が増え、法務部が専門化してきていますが、法務部長も社内弁護士にする例は、増えてきたものの、そうでない例よりも少ないようです。会社でビジネスに関わってきた管理職経験者が法務部長になる、という例がまだ多いようです。
 そこには、弁護士は「専門バカ」で、ビジネスを知らない、だから、ビジネスを知っている人が弁護士を使った方が良い、という発想が根底にあるように感じてきました。
 けれども、本文でのプロ野球の場合を考えれば、打撃コーチには、ピッチャー出身ではなく打者出身の方が適しているでしょう。専門家の持つ専門性を最大限引き出せるのは、やはり専門家です。入社したての社内弁護士が、会社のことやビジネスのことを知らなくても、ビジネスのことをよく知っている社内弁護士の先輩が、部長としてその力を上手に引き出した方がうまくいく、というのが欧米の会社の発想であり、法務部長やジェネラルカウンセルが弁護士の業務とされているのも、このような考えが背景にあります。
 たしかに、弁護士でない上司の場合と弁護士の上司の場合とで、仕事のしやすさに差を感じましたし、弁護士でない上司の下で長続きせず、社内弁護士が常に入れ替わっているような会社を、いくつも見かけました。
 リスク管理の観点から見た場合、法務部門はとても重要な役割を担いますが、そこに社内弁護士を雇うほど専門性が高い会社なのであれば、その専門性を発揮させるための「職能的職長制」を法務部にも適用することを、検討するべきでしょう。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 株主と経営者の関係で見た場合、どのような経営者がその会社にとって最適なのか、という観点から経営者が選ばれるようになる必要があります。科学的管理法、ならぬ、科学的経営者選抜法、でしょうか。
 これは、他社で成功した経営者を連れてくればうまくいく、というものでもなさそうです。実際、いくつかのワンマン会社で、次期経営者を社外から連れてきて、経営を託してみたものの思ったようにうまくいかず、席を譲ったはずの先代の経営者が現場復帰する事例は、よく耳にします。やはり、会社経営は科学的にマニュアル化できないのでしょうか。
 次期経営者選抜に関し、有名なのが、GEです。
 その世界にまたがる超巨大コングロマリットの経営者の選任方法は、新たなCEOが選任された瞬間から、次期CEO選任レースが開始されます。グループ内の優秀な経営者が候補者とされ、実際のビジネスを通して経営者としての資質を競い合い、数年かけて慎重に審査され、次期CEOが決定します。
 このような選抜方法は、経営者の資質について明確な基準が決められないことを意味します。なぜなら、時間をかけて適性を見極める、というプロセスだけが決まっているからです。株主が経営者を選ぶ際に、便利な「科学的経営者選抜法」や、そのようなマニュアルは、簡単には作れないのでしょう。

3.おわりに
 ここで示された2つの特徴的なシステムを見ても、会社組織を機械としてみて、その生産性を高めるために様々な部品やプロセスがチューンアップされている様子がよくわかります。
 リスク管理の観点から見た場合、このように、徐々に複雑になっていく会社組織の、それぞれの部品やプロセスを理解することが、会社組織全体のリスクを管理する上で重要です。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


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