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松下幸之助と『経営の技法』#257

10/29 公のための怒り

~指導者は私情にかられず、公のための怒りをもって事にあたることが肝要である。~

 一国の首相は首相としての怒りをもたなくてはならないし、会社の社長は社長としての怒りをもたなくては、本当に力強い経営はできないといってもいい。まして昨今のように、日本といわず世界といわず、難局に直面し、難しい問題が山積している折には、指導者はすべからく私情にかられず、公のための怒りをもって事にあたることが肝要であろう。
(出典:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

2つの会社組織論の図

1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 まず、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 ここでは、「怒り」を経営のツールとして見ることにします。一体、「怒り」は、どのようなツールなのでしょうか。
 ヒントは、①首相なり社長なり、組織のトップが持つべきツールであること、②難局・難しい問題が山積な状態で重要な役割を果たすツールであること、③ツールの内容は「私情」に対比される「公のための怒り」であるべきこと、④このツールによって「本当に力強い経営」が可能になること、です。
 ガバナンスレベルの問題として見れば、市場での競争に関する問題が中心になるでしょう。投資してくれた株主に対する「怒り」、という問題ではなさそうです。松下幸之助氏は、株主にも積極的な関与を期待する発言をしているからです。
 しかも、わざわざ「怒り」を感じることですから、競争そのものというよりは、競争環境の問題と思われます。なぜなら、松下幸之助氏は、市場での競争を非常に重要で価値のあるものと評価しているからです。競争によって会社も成長する点を特に重視していますが、そうすると、競争に負けたからと言って、その度にいちいち「怒り」を覚えているわけにはいかないからです。
 むしろ、フェアでない競争環境、フェアでないプレーヤーやプレーなど、市場が機能していないことに対する「怒り」のことでしょう。独占禁止法の趣旨目的と同様ですが、経済の憲法であり、市場競争の基盤となる公正なルールを歪めることがあれば、日本経済自体が歪んでしまう、そのような卑怯な行動には、厳格に対応しなければならない、ということのように思われるのです。
 そして、冷静な分析や知的な研究など、つまり単なる評論家で終わるようなことを期待するのではなく、わざわざ「怒り」という感情まで持ち出すのですから、松下幸之助氏は何らかの行動まで要求していると考えられます。フェアな競争を曲げる言動に対し、警告し、是正するための行動を起こす、等の具体的な行動まで求めていると考えられるのです。
 さらに、企業の社会的な責任に関する「怒り」も含まれそうです。
 これは、企業が社会と共存共栄しなければ成長しないし、企業の存在意義がない、という趣旨の発言が多く見られるからです。
 そして、このように会社を取り巻く環境を適切にするための「怒り」だからこそ、①トップが抱くべき感情であり、③それが「公の怒り」となり、②難局でこそ重要となります。そして、④適切な競争環境を自ら維持できることになれば、競争環境の変化に振り回されるのではなく、安定した事業継続が可能になりますから、「本当に力強い経営」が可能になるのです。

2.内部統制(下の正三角形)の問題
 次に、社長が率いる会社の内部の問題を考えましょう。
 さて、会社の内部統制でトップの「怒り」が生かされるのは、どのような場合でしょうか。
 「怒り」に怯えて、トップの顔色をうかがうような雰囲気ができてしまうと、会社の活力が失われます。もちろん、それによって会社組織の一体性が高まり、トップの意向が間違いなく執行・実行されるようになれば、その面での組織の一体性が高まる面もあります。メリットとデメリットのどちらが大きいのかは、会社の置かれた状況によりますが、会社の活力が失われる面は、トップしか決断できない組織にしてしまう危険を有します。つまり、トップの手の届く大きさの会社に押しとどめてしまい、会社の活動に様々な限界がつくられかねないのです。
 けれども、トップの「怒り」に従業員が共感し、共鳴し、それによって組織の一体性だけでなく、組織の活力まで高まることもあります。従業員たちが、トップの「怒り」を共有できる場合、すなわち「公のための怒り」としてもっともな場合です。競争環境の歪み、社会的な不正義など、上記1で検討したような、単なる「私情」ではない「公のための怒り」だからこそ、会社の結束だけでなく、活力も高めます。
 これは、会社の従業員が、自分の仕事に誇りを持てる場合とそうでない場合とで、仕事への定着率や生産性に大きな差があることからも明らかです。従業員の「誇り」につながるような「怒り」は、内部統制上も相当な効果が期待できるのです。

3.おわりに
 冷静な指揮官を理想のトップ像とする人も多いでしょう。
 けれども、会社組織は人間の集まりです。その人間を動かすのは、ときに人間臭い「情」の場合もあります。経営の神様は、自分自身の感情まで、会社経営のツールとしていたのです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出典を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

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