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労働判例を読む#524

※ 司法試験考査委員(労働法)

【クレディ・スイス証券(職位廃止解雇)事件】(東京地判R4.4.12労判1292.55)

 この事案は、外資系金融機関Yに管理職者として勤務していたXが、所属する部門の廃止に伴って解雇された事案で、Xは解雇の無効などを主張しましたが、裁判所は、解雇を有効と評価しました。
 なお、固定残業代の合意が有効かどうかも論点となり、裁判所はこれを否定し、未払残業代の支払も命じました。さらに、Xは賞与が未払いである、さらに自宅待機の命令が違法である、等も主張し、裁判所はいずれも否定しました。
 ここでは、解雇の有効性について検討します。

1.判断枠組み
 Yは、①部門の廃止の原因は、顧客開拓や新商品開発などに関し、4年経過しても約束した目標に到底及ばない状況だったことにあり、②Xが高給取りで、しかも転職することで専門性を高めていくキャリアを選択している(賃金が外部労働市場に適合している、と主張しています)ことから、もっぱら会社側に原因のある場合に適用される「整理解雇の4要素」は適当でない、と主張しました。
 これに対して裁判所は、「本件解雇が会社側の経営上の必要性から行われたものであるという本件解雇の基本的性質を失わせるものではない」として、整理解雇の4要素の適用する、としました。そのうえで、①(Xの職位がなくなった経緯)や②(労働者の性質)等の本件の特色は、4要素の中でも特に「解雇回避努力」の内容・程度の検討で考慮される(したがって、適切な解決が可能)と示しました。
 一般に、整理解雇の4要素が適用される場合には、解雇の有効性が認められるためのハードルが高くなります。それは、4つの要素に整理して合理性を検討すると言っても、結局は多くの事情を総合的に評価するものであり、合理性が認められるかどうかという、程度の問題である、という判断枠組みの構造上の問題が前提となっており、その際、一般的に整理解雇は、もっぱら会社側の事情に基づくことから、ハードルが高くなっているのです。他方、もっぱら会社側の事情とは言えない事案の場合には、ここで裁判所が示したように、整理解雇の4要素を採用しても(つまり判断枠組みを組み替えなくても)、ハードルを下げることは可能です。すなわち、判断枠組みがそのままであっても、外資系会社の固有の問題(①)や、労働者の性質(②)を反映させた判断が可能である、ということになります。
 整理解雇の4要素も含め、労働事件では、事案に応じた判断枠組みが工夫され、適宜議論を整理しながら検討されますが、判断枠組みが決定的なのではなく、事案に応じたハードルの高さが問題になる、と整理することができるでしょう。

2.解雇回避努力
 次に、実際に整理解雇の4要素それぞれについて、裁判所がどのように議論を整理しているのかを概観します。ここでは、判決の示した順番と異なりますが、①②を反映させた要素と裁判所がわざわざ指摘している解雇回避努力から検討しましょう。
 ここで裁判所は、「ア 社内公募案件の提示等」(YがXに解雇を避けるためのサポートをどこまで真摯に行ったか)、「イ 原告の対応」(Xがどこまで真摯にこれに対応したか)、という大きく分けて2つの観点から議論を整理しています。
(1) 「ア」
 ここでは、Xの上司がXと個別面談をしてXの意向・希望を聴取し、それに応じて、幾度となく、Xに社内公募のポジションを提示した、という経緯を詳細に認定し、「解雇回避のために相当な努力をした」と評価しました。
 さらに裁判所は、この点に関するXの批判の合理性を検証しました。
 すなわち、社内公募案件は、応募しても選考される保証がないから、解雇回避努力として不十分と批判しましたが、裁判所は、外資系企業の人事制度の特徴を指摘し、Xの批判を否定しました。すなわち、Xの上司は担当部門の人事権しか有さないなかで、できることを十分やっていた、Xだけ特別扱いできない、としました。
 またXは、Xの上司の人事権の範囲でできる対応として、Xのために新たに事業部門を立ち上げるべきだ、と批判しましたが、裁判所は、そのような業務上の必要性もないのに、予算を獲得して事業部門を立ち上げることはできない、としました。
 さらに、廃止された部門の業務を引き継いだ部門にXを配置すべきだ、と批判しましたが、裁判所は、年収2000万円を超えるXの処遇に合わない、とこれを否定しました。
 このように、Yが確定的な提案をできなくても止むを得ない、と評価している点などに、外資系企業の組織構造上の特徴が反映されています。但し、ここでXの上司は、実際に面談したうえで複数の案件を何度も提案していますので、実際にできる範囲で努力していたことも、重要な要素であることに注意が必要です。会社の組織構造に対する理解をしてくれる一方で、会社の組織構造を理由に形だけのサポートをするだけでは、解雇回避努力が不十分と評価される可能性が残されていると評価できます。
(2) 「イ」
 ここでは、まず、Xが同じ本部内での異動に強くこだわっていたことが「相当とはいえない」と評価されています。これは、職種限定の同意などがなく、Yが人事権を行使してXを自由に配置転換できるから、ということが理由になっています。もっとも、一方で会社の人事権を理由に配置転換が自由であり、Xのこだわりを否定しておきながら、他方で会社の組織構造を理由に確定的な提案をできなくても止むを得ない、という理由付けは、理論的に矛盾しているとは言えないかもしれませんが、どこか一貫しない感じもします。しかし、これが外資系企業の構造的な特徴、と言えるかもしれません。
 さらに、間に弁護士を立てて、新しい仕事についての交渉をするのは良くても、日程が合わない時に対案を出さなかったり、骨折していて勤務できないという診断書を出していながら1週間にも及ぶ軽井沢でのテニス大会に出場したり、という交渉態度について、裁判所は「極めて不誠実な態度であった」と評価しています。
(3) まとめ
 以上の「ア」と「イ」を踏まえて、「ウ」として、Yは「信義則上要求される解雇回避のための努力を尽くしたと認めるのが相当である」と結論付けました。
 ここで、特に明確に示されていないので、上記①②がどのように考慮されたのか、検討しておきましょう。
 まず、①外資系会社の固有の問題については、「ア」の中で、配置転換可能な仕事の提案に関し、確定的な提案ができなくても止むを得ない、としている部分に、最も特徴的に示されているでしょう。特に、職種限定合意がないから、Xの側からの希望職種に縛られないため、Yの側からは幅広い職種から配置転換可能な業務を提案しなければならなくなるようにも見えますが、提案すべき業務の内容については、確定的なものでなくてもよい(場合がある)と整理できるでしょう。
 他方、②労働者の性質(高給取りで、しかも転職することで専門性を高めていくキャリア)については、「ア」の中で、Xの給与に合わない職種(廃止された業務の残整理業務)は提案しなくてもよい、という点に反映されていますが、確定的な提案でなくても止むを得ないとしている点(ア)や、同じ本部内の業務に対するこだわりを否定している点(イ)も、本来は他の会社で次のキャリアを探すべきであるから、という評価が背景にあるのかもしれません。

3.その他の3要素
 まず、人員削減の必要性です。
 この点は、Xが立上げの当初から関与していた事業(マルチ・アセット運用部でのプライベート・マンデートの販売)が4年経過しても、想定した成果に遠く及ばなかった状況で、これ以上、新規事業のために
投資できないと判断した点を、合理的であると評価しています。明確に上記①②との関係を示していませんが、Xが所属していた事業が、Xの給与に見合わない状況にとどまった点も指摘していることから、この「人員削減の必要性」についても、①②が多少は影響しているように思われます。
 次に、被解雇者選定の合理性です。
 この点は、Xに与える業務が見つからず(特に、上記2)、他方、Xの部下Kについては、職位や待遇がXより低く、それに見合った業務が見つかったことを指摘し、言わば消去法的な理由付けで、合理性を認めました。同じ業務を担当していたKとの違いの合理性を説明している背景に、②が多少は影響しているように思われます。
 最後に、手続の相当性です。
 ここでは、解雇回避努力で指摘した事実(Xの希望を複数回の面談で聞き、廃部の背景を説明したこと、複数の公募案件を紹介したこと、など、Yに残る機会を与えた。解決策の協議を継続した)に加え、相当な退職金等の支給を内容とした退職勧奨を行うなど、社外での仕事探しの機会を提供した点も指摘しています。この点も、①②が多少は影響しているように思われます。
 このように、裁判所が明確に指摘した「解雇回避努力」以外の3つの要素でも、①②が影響しているように思われます。すなわち、本事案での「整理解雇の4要素」は、外資系企業の組織上の特徴に応じた形で適用された、と評価することが可能と思われるのです。

4.実務上のポイント
 外資系企業の人事制度は、日本の労働法制に合わせにくい場面が多くあり、実際、会社側の措置が違法とされる裁判例を多く見かけます。
 その中で、伝統的な「整理解雇の4要素」を適用しながら、外資系企業の人事制度の特徴を考慮し、しかも会社側の措置を概ね有効とした点で、本裁判例は今後の参考になります。
 但し、Xの解雇にあたり、社内に残る機会や対策、さらに社外で転職する機会について、いずれもかなり辛抱強く、丁寧に対応している点も、忘れてはいけないポイントです。かなりあっさりと解雇してしまう場合が多いように思われますが、Yのように、できる範囲で日本の労働法制に合わせていく努力が、合理性の判断で評価されているのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。


※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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