経営組織論と『経営の技法』#154

CHAPTER 7.2.2:適応行動としての制約された合理性モデル ①適応行動
 また、最適モデルでは問題が発生したところから意思決定が始まると考えましたが、この満足化モデルから考えれば、現状と現状選ばれている選択肢が不満足であるときに、人(あるいは組織)は探索行動、つまり別の選択肢を探す行動を起こすことになります。このことを踏まえれば、限定された合理性モデルでは、単純に1つの意思決定の解決の仕方を考えるだけでなく、組織における適応についても考えることができるのです。
 つまり、組織が現状や予測される将来の達成具合が、求める水準に至らないと考えれば、問題を知覚し、それを解決するために代替案を探す行動を始めることになります。達成具合と求める水準の間のギャップが大きければ大きいほど、探索活動は活発に行われるようになります。
 そして、求める水準を超える成果をあげると考えられる案が発見されれば、それが実行に移され問題は解決することになるわけです。このようにして制約された合理性モデルをもとにして、企業が新しい環境に適応していくプロセスを説明することも可能になります。
 少し意思決定の話からはそれますが、皆さんはこの限定された合理性モデルが、第3章で説明した人間関係論と少し異なることがわかるでしょうか。人間関係論では、人は職場や人間関係に満足していることでやる気が生まれ、生産性が高まるとされます。つまり、満足しているほど生産性が高まると考えているのです。
 しかし、満足化による意思決定に基づく考え方では、不満足こそ行動の源泉になります。求める水準を高く持ち、現状に満足しないことこそが、より高い生産性への第一歩になるわけです。つまり不満足こそ、高い生産性の要因になると考えるのです。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』155~156頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018.2.1)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村修也・久保利英明・芦原一郎/中央経済社 2019.2.1)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 前々回(#152)で検討したように、この合理性モデルは、単発の意思決定でなく、継続的な事業の場合には、事業内容の見直しや改善の契機になります。本文も、この点を指摘します。
 さて、今回の問題はここからです。
 本文では、事業内容の見直しや改善の契機として、「不満足」にフォーカスしています。現状に不満があるから改善しよう、という発想です。
 それ自体については、そのとおりですので何の異論もないのですが、リスク管理(リスクを取ってチャレンジするためのリスク管理)の観点から見た場合には、事業内容の見直しや改善の契機は、「不満足」以外にも準備しておくべきである、と言えます。
 どういうことかというと、例えば日本の戦後の製造業の国際的な評価を飛躍的に高めたのは、その製品の品質でした。ところが、戦後間もないころの日本製の製品は、たとえばシャツのボタンを縫い付ける暇がないからと言って、ボタンを接着剤で貼り付ける(当然、ボタンとして機能しない)など、惨憺たるものでした。
 これに対して、GHQが連れてきた統計学者が、統計的手法を用いて日本製の製品の品質を高めるように説いて回り、それを参考にして「カイゼン活動」「QC活動」が確立しました。これは、会社や上司の命令や指示によるのではなく、自主的な活動として、自分たちが担当する製造ラインの歩留まりを下げるための工夫や、時間を短くするための工夫を行う、という活動です。このような活動も奏功して、日本製の製品の品質が高まり、国際的な競争力も獲得されてきたのです。
 そこでは、業務改善の契機は、「不満足」ではありません。より良い製品を作りたい、より良いプロセスにしたい、より良い職場にしたい、という「向上心」です。「向上心」が契機だからこそ、会社も「カイゼン活動」「QC活動」を会社としても支援し、優秀な活動は全社を挙げて表彰するなど、「向上心」をより向上させるような演出を行うのです。
 さらに、「不満足」でも「向上心」でもなく、見直しや改善それ自体を「ルーティン」として、当然すべきこととしてしまう方法もあります。PDCAサイクル、と言われるプロセスは、業務を行った結果をチェック(Check)して見直すことを、会社の業務としてルーティン化します。そこでは、「不満足」でも「向上心」でもなく、決められた手順として、その時期が来れば自動的に業務の見直しや改善を行うのです。
 このように、業務内容の見直しや改善の契機には、「不満足」「向上心」「ルーティン」などが考えられるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 この点も前々回(#152)で検討しましたが、投資家である株主から経営者を見た場合のガバナンス上のツールである監査も、業務内容の見直しや改善の契機になり得ます。というのも、監査は単に違法かそうでないかを評価するのではなく、将来のリスク減少のための提案などが含まれるからです。
 このように見ると、株主(の代理である監査役・社外取締役・独立取締役など)からの監査も、業務内容の見直しや改善の契機に含まれる、と考えることができます。

3.おわりに
 組織が自律的に変化する仕組みを組織に埋め込むことは、組織の永続性を確保するうえで非常に重要です。しかも、それは従業員にとって必ずしも楽なことではありません。慣れた仕事で気楽に毎日を過ごした方が、仕事の内容を変化させるために工夫と失敗を繰り返すよりも、楽だからです。
 このような問題は、会社組織論のさまざまな場面で、様々な形で議論されますので、関連付けて考えるようにしましょう。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


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