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労働判例を読む#448

【デジタルシステムズ事件】(大阪地判R4.1.28労判1272.72)

 この事案は、即戦力として会社Yに中途採用された営業担当者Xが、3か月の試用期間経過後、営業成績不良を理由に解雇されたため、解雇の有効性などを争った事案です。裁判所は、解雇を無効としました。

1.営業成績
 本事案では、Xが契約獲得の目標を達成しなかったことが最大の解雇理由となります。5件獲得すべきところ3件だけしか獲得できませんでした。
 けれども裁判所は、Xが入社したばかりでYでの経験が少ないことや、しかしXの上司AがXを評価していたこと、営業の成果も上がり始めていたこと、などのほか、コロナ禍で対面での商談が禁止されているなど、営業活動が難しい状況にあった点を、Xに有利な事情として指摘しています。
 営業成績を問題にするのであれば、その目標は現実的でなければ合理性が否定される、と評価できそうです。

2.上司とのやり取り
 本事案では、XのAに対する報告と、これらに対するAの反応など、XA間のやり取りが詳細に再現されています。メールなどの記録が詳細に残されていたのでしょうか。
 そこでは、単にXの戦果の報告をするだけでなく、AがXを励まし、より成果を上げるためのサポートをし、戦果が上がるようになって一緒に喜び、適切に報告や相談をするXを褒めています。部下の管理方法として、「褒めて育てる」タイプであり、とても好感の持てるやり取りです。
 しかし、これらのやり取りが、Xに能力があったことや、向上していたことなど、Yにとって不利な事情を認定する重要な証拠となっています。会社として、労務管理上、「褒めて育てる」方法を取ることは、不利な証拠をわざわざ自分の方から提供することであり、好ましくない、と思われてしまいます。「褒めて育てる」過程でのやり取りが、トラブルの際に、言質を与えることになってしまうように見えるからです。
 その意味では、「褒めて育てる」方法には労務管理としてリスクを伴う、という面があるでしょう。
 けれども、もし上記1の目標の合理性が認められる場合であれば、違った評価がされたかもしれません。すなわち、成績が伸び悩む従業員に対し、改善の機会を十分与えた、プロセスが合理的だった、という評価です。このような評価は、特に、従業員に対して適切なサポートをして機会を与えるなど、プロセスの合理性が重視される傾向の強い最近の裁判例の傾向に照らせば、かなり現実的な評価と思われます。
 むしろ、「褒めて育てる」方法自体が問題なのではなく、上記1の目標の合理性などに問題があったために、Xを評価している面と、実際のXの評価との間にズレが生じてしまった点に問題があるように思われます。Xから見た場合、YのXに対する評価が一貫しておらず、一方でXの業務を日頃から高く評価しているフリをしていたのに、他方でXの業務能力を極めて低く評価していた、そのようなギャップを作り出す手法として「褒めて育てる」という外観が作り出された、と見られかねない状況です。
 このように見ると、「褒めて育てる」方法自体が悪いのではなく、上記1の目標の合理性など他の人事政策と合わせて見た場合に、Yの言っていることとやっていることのズレ、建前と本音のズレ、が問題だった、と整理できそうです。常識的に考えても、部下であるXへの配慮がいたるところでうかがわれるAの対応が非難されるべきではありません。

3.実務上のポイント
 建前と本音のズレ、という点で見れば、Xの解雇の本当の理由は、その能力の問題ではなく、コロナ禍での経営不振による一種の整理解雇にあったのかもしれません(本当のところは分かりません)。もしそうであれば、経営の責任として、従業員を整理解雇するための高いハードル(特に、整理解雇の4要素)をキチンと乗り越えているかどうか、を十分検証し、そのうえでXを解雇していたのであれば、状況が変わっていたかもしれません。
 本事案の背景事情が十分明らかにされていませんので、あくまでも仮定の話ですが、他面的に検証する際の1つの視点として、参考にしてください。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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