松下幸之助と『経営の技法』#213

9/15 理外の理を知る

~理屈だけで考え、ことをなす人は、現実社会では失敗してしまう場合がある。~

 趙の国に趙奢という将軍がいた(注:中国の戦国時代の武将。生没年は不詳)。ある時、秦の軍隊が趙の1地方に進攻し、そこを包囲したので、趙王は将軍たちに、「あそこを救えるかどうか」と尋ねたところ、皆「あの地方までは道も遠く、また険阻な土地ですから難しいでしょう」と答えた。ところが趙奢は、「道が遠く険阻だから、そこで戦うのは2匹の鼠が穴の中で争うようなもので、勇敢なほうが勝つでしょう」と言ったので、王は彼を派遣し、趙奢は自分の言葉通り、秦軍を打ち破り、その地方を救ったという。
 理外の理という言葉がある。理論的には1足す1は常に2になるが、現実には必ずしもそうはならない。1足す1が10になったり、時にはマイナスになったりする場合もある。それを知らずに理屈だけで考えて事をなしたのでは往々にして失敗してしまう。もっとも理外の理といっても、本当はそこにより高度な理というか、いわば目に見えない高い摂理が働いているのであろう。そういうものをつかむことが、理外の理を知るということだと思う。道が遠く険しいところだから救うのは難しいというのは、誰もが考えることで、普通の理だといえる。けれども、だからこそ勇敢なほうが勝つ、というのはそうした普通の理を超えた、理外の理であろう。
(出典:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 例えば、『経営の技法』でも紹介した、エーワン精密という会社は、企業経営の常識を覆す経営を行うことで、高い収益性を確保しています。常識的には、在庫が多いこと、機械の稼働率が低いこと、従業員の勤務時間が短いこと、等は、会社経営上マイナスに働きます。もし、このような状況が財務上分析されれば、財務担当役員は卒倒してしまうか、逆に真っ赤に激怒してしまうか、どちらかでしょう。
 これに対し、エーワン精密は、極めて高額で先進的な製造機械を数多く揃えているものの、その稼働率は極めて低い状況です。また、付加価値の高い、極めて高品質の製品や半製品の在庫が非常に多くあります。さらに、従業員もガツガツと働いている状況ではありません。財務分析上の常識に照らせば、エーワン精密はぜい肉だらけの肥満体質の会社であり、すぐにでも、在庫削減、稼働率上昇を目指した施策を打たなければならないはずです。
 ところが、エーワン精密は極めて高収益な経営体質となっています。
 それは、エーワン精密が製品の品質と値段で勝負していないからです。経営学的には、いわゆる「差別化」の問題ですが、エーワン精密は、高品質の製品を、依頼会社の要求に応じて柔軟に、しかも素早く納品できる(そのため多少高くても売れる)ことを売りにしています。高品質な製品の在庫が沢山あり、高性能の製造機械が自由に使える状態であり、従業員が緊急な要請に直ぐに対応できる余力を残しているからです。
 松下幸之助氏が言う「理外の理」のうち、最初の「理」を、それまで常識と思われていた理論、と位置付ければ、エーワン精密のビジネスモデルは、「理外の理」の具体例と位置付けることができるでしょう。しかも、それを会社組織全体の問題として制度化し、確立しています。単なる場当たり的な対応ではなく、組織として在庫、製造機械、人材に余裕を持たせているのです。
 このように、「理外の理」を単なる思い付きで終わらせるのではなく、組織的な問題として一体的に管理し、実行できるように会社組織を作り上げるのが、経営なのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、投資する資本と会社を託す経営者に求める資質として参考になるポイントを、松下幸之助氏の言葉から読み取ると、常識を疑ってかかり、常識を超える新たな常識を見つけ出し、作り上げる能力でしょう。もちろん、これまでの常識の中で競争することも考えられますが、これでは利潤も薄く、過当競争に巻き込まれれば、かえって会社の体力を奪いかねません。
 自社の事業を差別化し、適正な利潤を獲得するためには、同じ土俵で戦うわけにはいかず、そのためにはどこかで常識を超えなければならない場面があるはずなのです。
 問題は、常識を超えるものを、経営者が1人で作り出すのではなく、会社として作り出すべき場合が多いであろう点です。すなわち、新しい常識を開発すべき能力のある従業員を雇ってそのような開発をさせたり、そのような能力を有する事業会社と提携したりすることで、これまでの競争の土俵とは違う土俵で戦う能力を獲得するのです。
 このように、従前の土俵で勝負を続けるのか、新たな土俵を作り出すのか、それをどのようにして作り出すのか、などの方針こそ経営戦略であり、経営者はその経営戦略の企画立案から決定に至る責任を負うのです。

3.おわりに
 経営戦略も、経営者が個人で作り上げられるとは限りません。むしろ、新たな技術開発を伴う場合などには、技術開発の可能性と、市場で評価される可能性の両方について検討が必要であり、それぞれの専門家の知見が必要です。
 しかし、得てして専門家は、その領域の常識に縛られがちです。大きな会社や有名なコンサルティング会社に勤める優秀な人ほど、それぞれの専門領域の常識をよく勉強し、その常識を前提とした発想に長けているからです。
 その1つの打開策が、ベンチャー企業のように、従前のしがらみに縛られない状況での発想に賭ける方法であり、もう1つが、ここ松下幸之助氏が説くように、大企業の優秀な人たちに、常識を超えてもらうように働きかける方法です。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出典を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

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