「なんだかよくわからないもの」のはなし

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朗読 読み聞かせ
10分~15分

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なんだかよくわからないものがあった。
それは、転がっていたり、水に浮いていたり、風に飛ばされていたりするものだった。
みんな、それを見て瞬きをした。なんだかよくわからなかったからだ。でもあんまりにもちっぽけだったので、ある人はくしゃみをして、ある人は鼻をこすって、それのことを忘れた。
それは、風に飛ばされたり、水に浮いたり、転がったりしながら、ずっとあった。

なんだかよくわからないものを拾い上げる人が時々いた。顔の前へもってきて、しばらくじっと見るのだった。けれどもちっぽけすぎてよくわからないので、きれいなチリ紙に包んでくずかごへ捨てたり、指先でつまんで水道で流したりした。そうしてごみ収集車から吹き出されたり、下水道で魚に入ったりして、それはずっとあった。

なんだかよくわからないものはしばらく木のうえにあった。それは、大きな鳥が虫と一緒に巣に運んだのだった。よくわからないものは、大きな鳥からそのひな鳥に渡されて、ひな鳥の中にずっとあった。
やがてひな鳥が巣を離れて自分で虫を食べるようになると、なんだかよくわからないものは虫の羽やら、足やらに絡まってよけいになんだかよくわからなくなった。すこしおおきくなったなんだかよくわからないものは、やがて勢いよくおっこちた。
おちたさきは湖だった。なんだかよくわからないものはちょっと沈んで、また浮かんだ。浮かんでみたら、またもとのちっぽけなものにもどっていた。
それで、浮かんだり沈んだり、あめんぼにけられたり、魚に吸い込まれたりしていた。

あるひ、湖はとくべつ静かだった。風がなくて晴れていた。
「ねぇ」
湖は、とつぜんそう、きらきらした。つるつるした言葉でいうならお話をした。
なんだかよくわからないものはそのとき水草の泡にはいっていた。
「ねぇ、あなたはいったいなんですか」
それは泡と一緒にぷくっと水面に打ち上げられた。
「なんだかよくわからないけれどなんだかとてもきになるんです」
なんだかよくわからないものは、なんだかよくわからなかったので、ぷかぷか浮かんでいた。
「ぼくはあなたがどうなるかきになるんです。とてもきになるんです」
静かな晴れた昼間、湖はずっときらきらしていた。
夜になるとさらさらしていた。
「あなたはすごくちっぽけで僕には見えないんです」
雨の日はずっとぞわぞわしていた。
「ねぇ、どうしてそんなによくわからないんですか」
なんだかよくわからないものは、きらきらしたりさらさらしたりぞわぞわしたりしているのをずっときいていた。

湖がさらさらしない夜があった。その日は月がくもっていて、風もなかった。
「ちぇ、さみしいの」
湖がさらさらしていないのに、誰かの声がきこえた。それはなんだかよくわからない声だった。なんだかよくわからないものは、きっとそれは自分の声だろうと思った。
「おれもおはなしができるんだ」
となんだかよくわからない声でいった。
湖がこんどきらきらしたらあいさつをしてあげようとおもっていると、葉っぱが落ちてきてそれと一緒にしずんでしまった。

やわらかいどろの中でなんだかよくわからないものはあっちこっちにかき回されていた。
上の方では、湖がきらきらした。
「ねぇ、ねぇ」
それはあいさつをしようとした。
「おーい」
「きのうはさらさらできなくてとてもさみしかったんです」
「おーい」
「きょうはきらきらできてうれしいんです。とてもうれしいんです」
なんだかよくわからないものの声は、なんだかよくわからないので、湖にはわからないようだった。湖はいつもよりたくさんきらきらしていた。なんだかよくわからないものは、どろのなかでなんだかよくわからない声でずっと湖にあいさつをしていた。

吹き上げられたり、吸い込まれたり、はきだされたり、うきあがったりして、なんだかよくわからないものは水面にかえってきた。
湖はあいかわらずきらきらしていた。
「やぁ。あなたはきらきらできないんですか」
「どうやらそうみたいだ」
湖はいっそうきらきらした。
「でもぼくはあなたがきになってしかたないんです」
「よくわからないなあ」
きゃらきゃらと湖はさざめいた。
なんだかよくわからないものは波にもちあげられたりひきこまれたりしながら浮かんでいた。

あるひ、人間が湖にやってきた。人間がきたのははじめてだった。
湖はいつものようにきらきらした。
「あなたはいったいなんですか。ずいぶんつるつるしているんですね」
人間は湖からひとすくいのきらきらをすくって、そぉっとのんだ。そしてつるつるした声でなにかを言った。
「なに、なに、なんていったんです」
湖はきらきらしたけれど、人間は帰ってしまった。
「あれはなんでしょう、気になるなぁ!」
「あれは人間というものだよ」
なんだかよくわからないものはなんだかよくわからない声でおしえてあげた。
湖には相変わらずよくわからないもののいっていることがよくわからないようだった。
「気になるなぁ、とても気になるなぁ」
「まぶしいよ」
湖がきらきら波立つので、よくわからないものは、岸のほうへよせられていった。

あるひ、またとつぜんに人間はやってきた。
曇っていたので湖はしずかだった。
人間は何かをまわしたり、ひきぬいたり、おしたりして、帰っていった。
その日の夜は月も曇っていた。湖はなんだかざわざわしていた。
朝になるといっぱいいたアメンボがみんな飛びたった。
湖はいつものようにきらきらできずに、ぞわぞわしていた。
「どうしたんだよ」
「なんだかねむたいんです」
「ふぅん」
次の日、人間がなかまをたくさんつれてきて、あみをなげて魚をとった。どろまですくってみんなとっていった。
湖はだんだんしぼんでいった。
「どうしてしぼんでいるんだ」
「なんだかとてもねむたいんです。とてもとても。とても」
湖がしぼむので、なんだかよくわからないものは土にはりついてしまった。
湖はどこかへながれていくようだった。やがて湖はいくつかに分かれて、なんだかよくわからないもののそばで、ちいさいみずたまりになった。
「なんだかちっぽけでまえみたいにきらきらできなくてさみしいんです」
「まぶしいよ」
なんだかよくわからないものは、土のうえで湖だったものをみていた。
みずたまりはきらきらしていた。それでだんだん、端の方からしゅわしゅわ、おひさまにあがっていった。なんだかよくわからないものはきらきらがきえていくのをじっと見ていた。
「あなたの声がわかったらなぁ」
しゅわしゅわとおひさまに帰っていきながら湖は言った。
「なんだわかってなかったのか」
風がふいて、なんだかよくわからないものはおひさまの方へ吹き上げられていった。
「おれはわかったよ」
おひさまのまわりで、湖だったものがきゃらきゃら笑った。

なんだかよくわからないものは、やっぱり、風に飛ばされてみたり、水に浮いてみたり、転がってみたりしながら、ずっとあった。
雨の次の日、水の粒がそこらじゅうにきらきらすると、それは声をかけてみるのだった。
「おーい」
水の粒たちはときどき、きゃらきゃらと笑うのだった。


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