見出し画像

きこえることに感謝しながら


 ピーピーピーピー…

 音がきこえたら、手持ちのボタンを押す。つい、早押しクイズ的なものを感じてしまい、勢いよく、エイ!

 聴力検査だ。

 年に一回、耳鼻咽喉科で検査をし、診察をしてもらっている。丁寧に診てくださる先生だから、待ち時間がとても長い。

 待ってる間、ふっと思い出した。

 聴力検査、子どものころに繰り返し繰り返し、やらされたことがある。とても苦手だった。よくわからないまま、電話ボックスみたいな狭い場所に1人で閉じ込められて、長い時間、集中して苦手な音と向き合わなくちゃならない。もともと、わたしは狭い空間が苦手だ。息苦しさを感じる。

 それから、物心ついた時から耳鳴りがある。検査を繰り返すと、疲れからか、耳鳴りがひどくなり、余計に音がきこえにくくなるようだ。そうすると、検査をするたびに結果が変わってしまい、それがふざけていると勘違いされたのだった。「ちゃんとやれ!」医師から怒られ、わたしはとても怖い思いをした。恐ろしくって、なにも反論できなかった。そもそも、どうしてこうなってしまうのか、自分でもわからない。

 母も、わたしのせいで、その医師から怒られていたなぁ。「こんなにひどくなるまでどうして気がつかなかったんだ」って。泣きそうになっている母を見て、わたしは強く、その医師を憎んだ。もう終わってしまったことを怒っても仕方ないだろう。わたしはこんな病院に通うくらいなら、耳が悪いほうがいいやと思った。この人は信用できない。

 そうして、「この病院には二度と行かない」と言った。珍しく、母は何も言わなかったし、無理やり連れて行かれもしなかった。それから、祖母が入院して、わたしの耳のことはそのままに。気楽になった。それから、耳のことで苦労はしたが、難聴であることは、わたしが選んだことだと思っている。

 さて、わたしは両耳、補聴器にお世話になっている。高い音域がきこえにくい、中度の感音性難聴だ。補聴器を相棒に迎えて、そろそろ11年が経つ。今の補聴器は二代目。補聴器生活にも慣れてきた。

 怖かった聴力検査も、今はもう怖くない。今の検査室は言語聴覚士さんも入って、検査してもらえる。機械を通さない、肉声はききとりやすく、広めの部屋は安心感があり、落ち着いて検査を受けられるようになった。

 検査を終えて、1時間半ほど待ち、ようやく診察室へ呼ばれた。先生が、にこやかに迎えてくれる。この先生から、「コミュニケーションをあきらめないで」と、何度も言われている。補聴器を勧めてくださったのも、先生だ。

 11年ほど前の、最初の診察を思い出す。日常生活でもきこえで困るようになり、落ち込んでいた。初めてで、とても緊張もしていた。何を言われるだろうと怖かった。そうしたら、先生は、

 「今までご苦労されましたね。もう大丈夫ですよ。小林さんには、補聴器の着用をおすすめします。補聴器に頼られたなら、コミュニケーションが格段に楽になりますよ。それから、今まではあきらめられてみえたかもしれませんが、働くこともできます。まだお若いのだから、あきらめないでくださいね。」

 先生のお言葉をきいて、わたしは泣いた。労ってもらえるとは思ってもみなかったから。

 それで、今回の診察で、働き始めたことを話したら、先生はとても喜んでくださった。

 「お聴こえは、安定しているから大丈夫ですよ。弱いところを持っていない人はいないのでお互いさまですから、これからも補聴器をつけて、自信を持って、働いたりコミュニケーションをとってくださいね。」

 待ち疲れたが、無事に終わった。今回も聴力の急激な低下はなく、きこえが安定していて、よかった。ほんと、ありがたいことだ。ホッとして、肩の力が抜けた。

 これからも、耳を大切にして、補聴器に頼って、生活していこう。きこえることに感謝しながら。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?