チョコクロワッサン
夫と息子がにらみ合っている。
固唾を飲んで見守るわたし。
ささいなことで夫が息子を叱った。そのとき、息子の中でこれまでの不満が爆発したようだ。いつもは面と向かって言えない言葉が次々と飛び出す。まるで夫を斬りつけるように。そんな言葉を口にするたび、息子自身が傷つく……。
はじめ怒りの形相だった夫。話をきくうち怒りが戸惑いに変わったようだった。夫にとって息子の主張は思いもよらないことだったのだろう。
息子の言葉は止まらない。この日は逃げずに夫に対面している。わたしには「パパは怖いし、話を聞いてもらえるとも思えない」と言っていたのに。夫は堅い表情で静かに話をきいている。
息子に不満すべてを話しちゃいな、とわたしは思っている。いつもがまんしていろいろ溜め込み、調子を崩してしまうから。
ひとしきり話した息子は疲れて寝てしまった。夫はさえぎることなく話を聞き終え、それから何か考え込んでいるようだった。
翌日の夜、仕事を早々に切り上げたのだろう。息子の好物のチョコクロワッサンを手にして戻った。そんな夫に息子はつれない態度だ。それでも、ちゃっかりクロワッサンにかぶりつく。話を振れば返事もする。
「今日、電車を見ている親子に会ったよ。昔、あなたもよくパパと電車を見に行っていたねぇ。」
「そんな昔のこと、覚えてる?」と、これは夫。
「覚えているよ。メロンパン買ってもらった。」
息子はぶっきらぼうに答えて、そそくさと自分の部屋へ向かう。
なんだ、ちゃんと楽しかった記憶があるんじゃないの……。
そういえば、前の日の息子の口ぶりの端々には、甘えたい気持ちがちりばめられていた。ないがしろにしないでと訴えていた。結局、息子は夫を好きなのだ。そして、夫も息子を大事に思っている。
これからは、ふたりの間に入るのをやめよう。きっとなんとかなる。似ていないようで、よく似ている所もあるふたりだから。
あくる朝。
息子は笑顔で3個目のチョコクロワッサンを頬ばっていた。