見出し画像

台風の前の夜に


 台風がやってくる。
 数日前から、台風ニュースに、注意を払っていた。

 この台風7号、このルートだと、我が東海地方は、風がかなり強まる。雨が降る時には、まとまって、降りそうだ。目の前の小川が氾濫しませんように。もう、願うしかない。

 台風が来る前の日。風もなく、穏やか。嵐の前の静けさ、なのか。

 昼間、うちの外周りのものを、夫と手分けして、片付ける。吊るしてある玉ねぎをしまい、プランターをウッドデッキの端に寄せた。ベランダの物干しもしまう。

 目の前の畑にある、野菜、ピーマンとなすを慌てて、収穫する。まだ、小さいけれど、取っておこう。支柱はしてあるが、風が吹いたら、かなりゆさぶられるはず。倒れませんように。

 7月頭、しばらく寝込んでいる間に、きゅうりとミニトマトは調子が悪くなり、8月を持たずに、枯れてしまった。まめに世話ができないと、野菜は育たないのだなと学ぶ。

 気を取り直し、まだ、残っていた支柱を抜き、紐で束ねた。草取りした後、積んでおいた草たちも、袋に入れて、片付ける。

 さて、買い物は済んでいるし、水の予備もある。備蓄も大丈夫。車を高い場所に避難させるか、迷ったが、そのままにすることにした。

 夜、また、ニュースを見る。鉄道の運休情報や施設の休館情報などが、テロップで流れている。台風、また、進路が少し西にずれたようだ。

 台風…今は怖い。けれど、子どものころは、大好きだったな。そんなことを雨戸を下ろした部屋の中で、ふいに思い出す。7才くらいだっただろうか。

 台風の風が、ヒューヒューと吹くと、なんだか、うれしくなってしまって、庭でくるくると回りながら、踊っていた。

 やってくる。やってくる。ワクワク。

 髪が巻き上がる。風を感じて、風がもうちょっと、強かったら、空を飛べるかもしれないって、思っていた。飛んだあとのこと、考えもせず。

 それを見た祖母に、きつく叱られ、しぶしぶ、うちへ戻る。それでも、また、外へ行きたいから、祖母や母の目を盗んでは、外へ行っていた。

 雨が降れば、雨に当たりたい。濡れるのも、気持ちよかった。それも、また、叱られた。わたしは、喉が腫れやすく、それで熱を出す。喘息も出やすくなる。

 祖母は、そんなわたしに、伊勢湾台風のはなしをした。

 大風の中、震えながら、一家総出で、一晩中、うちの入り口の扉を押さえていたこと。畳を上げて、重しにして、それで力いっぱい押さえていたのに、それでも、風に負けそうだったこと。雨風が吹き込んだら、もうおしまいだと、生きた心地がしなかったこと。この辺りの人が、たくさんたくさん亡くなったこと。

 台風は恐ろしいもの。決して、あなどってはならないと、わたしは、ようやく、知った。知ってしまったら、途端に、怖くなり、それからは、外には出られなくなった。

 それから、月日は流れ、幼い娘が、幼いころのわたしと、全く、同じことをしているのを目の当たりにして、血の気が引くほど、恐ろしく感じた。もちろん、そうすんなり、言うことをきくタイプじゃない。

 わたしは、困って困って、ふと思い出し、伊勢湾台風のはなしをした。いつか、祖母がわたしにはなしてくれたみたいに。娘はそれでも納得したわけじゃなかったみたいだが、わたしの気迫に押されたのか、あまり無茶はしなくなった。ほんと、祖母のおかげだ。

 台風が近づいてくる。
 どうか、どこにも、誰にも被害がありませんように。



この記事が参加している募集

おじいちゃんおばあちゃんへ

今こんな気分

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?