ピンチヒッター
1年生の教室はにぎやかだ。
朝の読み聞かせのピンチヒッターとして、4年ぶりに小学校へ来ている。
この日は、朝から雨が降っていて、校庭では遊べないから、ほとんどの子が教室の席についていた。
わたしは廊下に荷物を置き、上着を脱いで、お茶を一口飲む。声がかすれませんようにのおまじない。首に、読み聞かせメンバーの証の名札がかかっている。新しく作ってもらってピカピカだ。それを見ると、うれしくなる。
廊下には、お母さんから離れられない子がひとり。ちょっと、胸がちくんとする。お母さんの困っている様子が伝わってくる。無理やりになりませんように、と祈る。
先生が廊下に出てみえて、その子はお母さんから離れて、先生と一緒にクラスに入っていく。先生に付き添われ、その子はランドセルを片付け、自分の席にすとんと座った。大丈夫そうだ。よかった。
先生に呼ばれて、慌てて、1年2組の教室に入る。
「おはようございます!よろしくおねがいします!」
子どもたちのあいさつを受け、わたしも同じように返す。読み聞かせの始まりだ。
「誰のお母さんなの」と聞かれて、「わたしの子どもたちは19才と16才で、ふたりともこの小学校にはいないよ」と話す。多くの子どもたちが「えー」と驚く。素直な反応に思わず笑ってしまう。
おしゃべりする子もいれば、こちらをじっと見つめる子もいる。よそ見してる子も、ぼんやりしてる子もいる。ガヤガヤとなり、ちょっと困る。
「今からおはなし始めるから、みんな聞いてくれる?」とお願いしたら、すっと静かになった。どの子も本が見える位置を確認して、立ち位置を決める。本を水平に持つ。みんなの視線を感じる。
「はじまりはじまり」
拍手をもらう。右手に絵本を持ち、読みながら、左手でめくる。老眼が進んできて、4年前よりも文字が読みにくくなっている。乾燥している指、ページがめくりにくい。わかっていたけれど、焦ってしまう。
テンポが大事だ。ワンテンポだと子どもたちは飽きてしまう。緩急つけながら、はっきりと発音したい。わたしは、どもってしまうくせもあるし、今回の本には発音しにくい言葉もある。練習してきたけれど、ちょっと心配だ。
聞いてもらえているか、子どもたちの様子も見ながら、時間も気にしながら、読む。発音しにくいところは、なんとかクリアできた。よし!
わたしは普段通りを装っているけれど、内心はドキドキで大忙しだ。合間合間に、素直な驚きや感想が飛び交って、おもしろい。絵本の内容を知っている子が、ネタばらしもしてくれちゃうが、それもまた読み聞かせの醍醐味かもしれない。
読んでいて、とにかく楽しい。あっ、ちょっと読み間違えて、ごまかした。いかんいかん、最後まで集中しなくっちゃ。とにかく、止まらないこと。おはなしは流れるように。
「ふしぎなナイフ」と「ぐりとぐらのおきゃくさま」の2冊の本を読みきって、なんとか15分の時間内に収まった。最後はちょっと急いでしまった。時間配分がやはり難しい。でも、久しぶりだし、上出来、上出来。
「ありがとうございました!」
わたしは急いで教室を後にする。廊下側の女の子がひとり、ひらひらと小さな手を振ってくれた。
わたしも手を振りかえす。こういうのがいい。だから、読み聞かせが大好きなんだ。
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