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まあちゃん先生と奥さま


 「合格、おめでとう!最後の日に、卒業式をしましょう。おかあさんも参加していただいて。」

 塾の先生がおっしゃる。思いがけない言葉に、驚いた。うれしい!うれしくて、もう、すでに泣きそうだ。

 息子が横目で、「泣かないでよ」と、念を送ってくる。わかってる。わかってるよ。でも…

 中学の卒業式に、息子は出られなかったから、塾で卒業式をしていただけることが、特別に感じる。そのお気持ちがありがたい。

 卒業式の前の晩、息子へ贈る言葉を考えて、先生はなかなか眠れなかったそうだ。先生ではなく、先生の奥さまがこそっと、わたしに教えてくれた。

 息子は、先生を「まぁちゃん先生」と呼んでいる。先生は、70代半ば。あたたかなお人柄、熱意ある方でもある。ご自宅で塾を開かれていて、息子は、3年間、週に一回程度、マンツーマンで勉強を教えていただいていた。

 息子は体調が安定せず、塾に通えない日も多かった。ドタキャンや日時の変更にも、いつも快く応じてくださり、息子だけでなく、わたしまで気遣ってくださった。先生と先生の奥さまに、息子だけでなくわたしも何度も励まされた。

 息子を決して責めることなく、息子のペースを最大限、尊重してくださる。体調を心配して、アドバイスもくださった。わたしたちは、それに甘えてばかりだった。それで、心苦しくなったこともある。迷惑ばかりかけているから。

 そんなときも、奥さまが、
 「迷惑ではないですよ。当たり前のことをしているだけ。だから、大丈夫よ。」と。

 ありがたくて、また涙が出た。息子は、先生をとても慕っている。「神さまみたいな人」息子は、先生をそう言う。

 勉強の合間に、おやつをいただいて、休憩も取ってくださる。そのときに、先生とおしゃべりするのも、息子の楽しみだったようだ。

 わたしに、「まあちゃん先生がね…」と先生が中学校の先生だったときの話や、学生時代の話、先生の元を卒業していった子どもたちの話を、わたしに話してくれる。先生の話を聞いて、息子の世界はどんどん広がっていくようだった。

 本当に、よくしていただいた。先生からは、勉強だけでなく、「人としてどう生きるか」を学ばせていただいたと思う。

 わたしは、「あたたかくそのままを認めてもらう経験」をして、その「あたたかさ」を誰かに返したくなった。「あたたかさ」は循環するのかもしれない。わたしは、少し自分が優しい人になったような気がする。


 卒業式の日。先生は、ご自分の人生を振り返りながら、息子に話をしてくださったようだ。奥さまのためにも教師になりたかったこと。若くして亡くなった同期の分もがんばりたいと思ったこと。

生きる喜びを知る
生き抜く力をつける
価値ある生き方をする

 「こう生きてね」と、この言葉たちを息子に贈ってくださったと、息子から聴いた。

 最後の20分ほど、わたしも同席させてもらう。

「自分らしく楽しんで生きてゆくこと」「体調管理が1番、けれど、ここぞというときには、ふんばること」「きみはできる人だよ」

 その他にも、たくさんの励ましをいただいた。先生の言葉をひとつひとつ、大切に抱えていきたい。

 先生のお宅の飾り棚に、卒業した他のお子さんたちと並んで、息子の写真も飾られるだろう。

 卒業を嫌がっていた息子だが、先生が、「いつでもおいで」と言ってくださったから、安心して卒業できた。

 まぁちゃん先生、奥さま、ありがとうございました!
 また、遊びに行きますね!



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