見出し画像

「探偵はBARにいる」、これは北の奇人アベンジャーズだ。

毎年秋に発表される「都道府県魅力度ランキング」、テレビやネットで取り上げられる事も多いのでご存知の方も沢山いらっしゃると思いますが、一番有名なのは北関東3県+埼玉県の下位争い、特に茨城県がワースト1から脱出できるかどうかという話題ではないでしょうか。
今年もあと2か月ほどで発表となるので、是非例の4県には頑張ってもらいたいですね。そう思う千葉県民であった。

2019年のランキングはこちらで確認できます。

そんなランキングで、11年もの間トップを守り続けている都道府県が存在します。鳥取県?それとも福井県?いいえ、北海道です。
札幌の時計台や函館の夜景、富良野のラベンダー畑など観光名所多数、更にジンギスカンや新鮮な魚介類、石狩鍋などの魅力的なグルメも数多くある、まさに「是非行ってみたい都道府県」に相応しい場所ですね。

そして、そんな北海道から生まれた文化、風景、著名人をフルに活かした、「北海道だからこそ作れた映画」があります。それが、今回紹介させて頂く「探偵はBARにいる」です。
東直己さんの人気小説シリーズ「ススキノ探偵」を原作として、現在第3作までが公開されているこの映画シリーズですが、今回は2011年に公開された第1作目の「探偵はBARにいる」について紹介します。シリーズの中でも、バイオレンス描写やハードボイルド要素が特に強い事でも知られていますが、ファンの間では最高傑作との呼び声も高い作品です。

今回はそんな「探偵はBARにいる」について、好きな酒はカルーアミルクで3杯飲めばへべれけになってしまうほどの下戸である自分が、思ったことを色々と感想としてまとめていきます。

バーにいる

札幌のススキノでグータラな男・高田を相棒に探偵稼業を営む“俺”。携帯電話を持たない彼との連絡手段は、もっぱら彼が入り浸るBAR“ケラーオオハタ”の黒電話。
ある夜、その黒電話に“コンドウキョウコ”と名乗る女からの奇妙な依頼が舞い込む。いぶかしく思いながらも、簡単な依頼と引き受けてしまった探偵。案の定、その筋の男に拉致されて危うく死にかける。腹の虫が収まらない探偵は、キョウコの依頼とは関係なく、報復へと動き出す。調べを進めていく探偵は、その過程で謎の美女・沙織を巡る不可解な人間関係と陰謀の匂い渦巻く複数の事件に行き当たるのだが…。(紹介サイトより引用)

北海道が生んだファンタジスタ、大泉洋

本作を語る上で、主人公の<探偵>を演じる大泉洋さんについて、触れないわけにはいきません。それくらい、本作と彼の間には密接な関係性があり、もう彼じゃないと「探偵はBARにいる」の映画化はあり得なかっただろうというレベルでハマリ役なのです。

元々、大泉さんは本作の舞台でもある北海道に生を受け、大学在学中に劇団での活動と並行して後に人気番組となる「水曜どうでしょう」にレギュラーとして出演、番組の人気上昇と共に彼の知名度、人気も急上昇しました。
そしてその「水曜どうでしょう」で、彼はスタッフや共演者から盛大にイジられまくり、酷い目に遭いながらもしっかりと笑いを取り、バラエティ的な盛り上がりを次々と作っていくなど、とても本業が俳優だとは思えない活躍を見せていきました。
(スタッフに拉致られて強制的に旅に出されられる、ヘリコプターに酔ってゲロを吐く、バイク運転中にウィリーで事故る、etc…)

この、大泉洋という男のバックボーンを踏まえた上で「探偵はBARにいる」を見ると、やっぱりこの映画は彼だからこそ人気を得た作品だということがよく分かります。
彼の地元・北海道を舞台にしているというだけでなく、<探偵>と他キャラとのギャグ要素の強い掛け合いは「水曜どうでしょう」を想起させますし、最序盤で彼がヤカラたちに追われるシーンや、<探偵>が本腰入れて事件を追うきっかけとなった「雪原に埋められながらも命からがら脱出する」場面なども、「水どう」の流れを踏まえると正直大泉さんが酷い目にあっているだけで笑えてくるんですよね。
恥ずかしながら、自分は原作小説を読んでいないのでこれらの展開がどの程度原作通りかは分からないのですが、このストーリーだけ見るとますます、大泉さん以上に<探偵>役が出来る役者さんはいないだろうなぁと思えてしまいます。コメディパートだけ見るとマジで素の大泉さんが私立探偵ごっこしているようにしか見えないくらいハマっているんですもん。

どうでしょう

ただ、そこで終わらないのが大泉洋。
この映画の本筋である「ハードボイルド」の部分でも、寸分の違和感もなく<探偵>を演じており、コメディとシリアスをばっちりと使い分けることができる演技派俳優としての一面もしっかり見せています。
素の大泉さんっぽいところで盛大に笑わせてもらったあとで、シブく決める彼を見ると不意にギャップ萌えといいますか、「ああ、やっぱり大泉洋って役者なんだ」と謎の感動を覚えてしまいます。昨年放送していた彼の主演ドラマ「ノーサイド・ゲーム」でも同じような感動を覚えましたが、本作ではそれを上回るギャップ萌えで、危うく「おっさんずラブ」に目覚めるところでした。
特に、事件の途中で関わった老夫婦が殺されて以降の<探偵>の覚醒っぷりはファン必見です。小雪演じる沙織のところに殴り込みに行く場面や、小樽からススキノに戻る列車での「スピード上げてくれ~!」という渾身の叫びは、まさに本作のピークと言っていい名シーンだと思います。

使い分けとギャップが武器の奇人たち

本作では大泉さん以外の演者さんたちも、演技の使い分けとギャップ萌えを武器にして、この映画を盛り立てています。

<探偵>の相棒である高田を演じた松田龍平さん。
父親が「探偵物語」などで一世風靡した名優・松田優作さんだということもあり、彼が<探偵>をサポートするという本作には胸が熱くなったジーパン刑事・テキサス刑事世代の方々も多くいそうですが、飄々とした性格の眼鏡兄ちゃんという外見に反して作中最強の戦闘能力を持つ空手の師範代というチート設定の男・高田を、新鮮味こそありませんでしたが堅実なアクションで見事に再現されていました。
アクションシーン自体もこの映画のアクセントとなっていて非常に楽しめましたし、「あまちゃん」のミズタクとはまた異なる彼の魅力も見られたので良かったです。本作での彼の役作りと非常に似た役作りがされているという噂の、「まほろ駅前多田便利軒」も是非観てみようと思います。

物語のカギを握るホステス・沙織役の小雪さんも見事でした。
ある意味、本作のストーリーで最も重要な「演技の使い分け」をしなくてはならなかった彼女ですが、中盤までの「夫を亡くしても懸命に生きる女」後半の「成り上がるために何でも利用する悪女」、そして真実が明らかになってからの「夫の復讐だけを目的としてきた女」と、二転三転するあらすじに合わせた立ち回りを完璧に使い分けていました。小雪さんって眼の演技が独特で、一見クールビューティなんですが表情の微妙な変化によって温かみのある眼にも見えてくるんですよ。そう、「ウイスキーがお好きでしょ?」のCMを思い出せるような、あの優しい眼です。
そんなアハ体験系女優の彼女だからこそ、沙織というキャラクターには一層魅力を感じましたし、彼女が選んだあのラストはかなり衝撃的でした。
そして、この彼女の疑似的な二面性を示していた一種の伏線として、序盤で<探偵>と高田がやっていたオセロのシーンで「人間にも白と黒それぞれの側面がある」と<探偵>に言わせているのは、ベタではありますが良い演出だと思います。

その他にも、松重豊さんが演じるヤクザの男はバイオレンスな面は一切無く<探偵>とサウナに入る事にやたらとこだわる奇人として、田口トモロヲさんが演じる記者は渋い見た目とは裏腹に両刀、つまりバイセクシャルで不倫までやっちゃってるという奇天烈性癖おじさんとして、高嶋政伸さんが演じる前髪の長い殺人者の男は、躊躇なく人を撃てる残忍な面を持ちながらも、<探偵>が適当に指定した「『漫画ピンキー』を持って待ち合わせ場所まで来い」という言いつけは律義に守ってくる、変に真面目な前髪キラーとして描かれています。
ギャップ萌えとまではいきませんが、いわゆるお笑いの基本とされている、「緊張と緩和」をちゃんと仕掛けたキャラ設定となっており、なかなか楽しめました。僕もこの映画のようなギャップ萌えを狙って、明日から背中一面に竜の刺青を入れたいと思います。

高嶋弟

この<探偵>にミステリを求めてはダメ

このように、ギャップ萌えに近いギャグ要素がふんだんに含まれたキャラ達の掛け合いはとても楽しめましたが、一方でちょっと肩透かしを食らったのは「探偵映画だけど謎解き要素に致命的な欠陥がある」という点です。

ぶっちゃけ言うほど多くの謎に包まれた事件を取り扱っているわけではないのですが、それでも真相を追うという<探偵>を主人公に据える以上はある程度のミステリパートは必要でしょう。
しかし、本作では<探偵>が掴む事件の手がかりや情報の多くが他のキャラのセリフでしか説明されず、全体像をつかむのがかなり難しいです。自分は分かりやすく観るために日本語字幕を出しながらDVD鑑賞をしていますが、それでも怒涛の情報量が全部セリフで流れてくるのでなかなか大変でした。

そもそも今回<探偵>が追っていたのは複数の事件が組み合わさったものであり、それだけでも入り組んだ構造になっています。
・一年前の、西田敏行さんが演じるグループ会長の死
・三年前の、ススキノ飲食店ビル火災
・↑の火災の実行犯と目された少年の不審死
これに加えてセリフで語られる膨大な新情報の数々というわけなので、途中で多少どうでもよくなってくるんですよね。それより松田龍平のアクション見せろよって思っちゃいました。
本作の監督を務めたのは人気シリーズ「相棒」のドラマ・映画双方で監督を務めた経験を持つ橋本一さんですが、テレビドラマ畑出身の監督の悪い癖が今回は顕著に出てしまったかなぁという印象です。それに加えて、脚本には「ミックス。」古沢良太さんが名前を連ねていますが、あの映画も面白いものではあったものの、やはりセリフでの説明がかなり多い作品でもあったのでこの出来も妥当っちゃ妥当です。

そしてもう一つ、この映画の最大の謎である「バーに電話をかけてくる女」の正体が最初からバレバレっていうのが致命的だと思います。
小説を読む分には、この女が誰なのかを推理しながら終盤まで読み進められると思いますが、あいにく映画と言うのは「映像と音声」のメディアであり本作ではすぐに、「この女、声がまんま小雪だな」と分かってしまいます。だから後半で小雪さん演じる沙織が敵のヤクザと通じていると発覚した時は逆に混乱しましたよ。小雪ボイスに変えられるタイプのチェンジャーがこのススキノには流通しているのかと深読みしてしまいました。(笑)
これは過去記事の「マスカレード・ホテル」でも指摘したことなのですが、小説だからこそ成立するトリックや仕掛けを何の工夫も無くそのまま映像化してしまうことで作品の魅力が損なわれてしまうのはとても残念です。ま、この記事でがっつりネタバレして作品を損なっている自分が言えたことではありませんが…。

他にも細かいところで言うと、松重さん演じるヤクザは<探偵>と顔なじみという設定でしたが、初登場時に「何だよお前らかよぉ~!」みたいな反応を<探偵>にさせていたのがちょっと違和感ありましたね。「えっ、誰?」ってなりましたよ。田口さん演じる記者の方は最小限出会いのエピソードを描いていたのに、こちらは尺不足を感じさせるナレーションとスライドショーでの雑な解説でしか語られていなかったのも惜しいところです。
あと、その記者との情報交換で使われたバーのマスターと店員が後半の方で<探偵>を襲撃する展開がありましたが、これは単純に必要性に疑問を感じました。沙織に頼まれてやったっぽいので彼女の裏社会での顔の広さを象徴したかったシーンなのかもしれませんが、こんなのやるくらいならもう少し必要な説明シーンがあるだろと思いました。

こんな感じで、ミステリパートに関しては色々と粗っぽいところが目立つ本作ですが、工夫を感じた点もあります。
中盤、<探偵>が西田敏行さん演じる会長の元奥さんを訪ねる場面で、彼女が家族写真を見ながら自分の娘について話すのですが、その娘が公開当時にブレイク真っ只中だった吉高由里子さんであり、しかも吉高さんは最終的にここでしか出てこないんですよ。事件とは全くの無関係なんです。
これは観客が抱くある種の予測、信用を逆手に取った手法だと言えます。そりゃ、ブレイク女優が出てきたら今後も絶対に何らかの形で出てくるだろうなと考えてしまうのは自然ですし、ましてミステリ要素の強い本作の場合、「古畑任三郎」などの作品で「有名な役者が出てくる=超重要人物」という刷り込みがされている観客を騙すのは、容易な事だったと思います。

だからこそ、例の小雪の電話シーンをもう少し工夫していれば、このミスリードもより一層働いていただろうと思えてなりません。安っぽい手ですが、パーティーグッズ用のヘリウムガスを使うだけでも多少変わったんじゃないかなと思います。ギャグっぽくなっちゃいますけど「探偵はBARにいる」はギャグも重要ですから…(笑)

北のアベンジャーズ/エイジ・オブ・ススキノ

それでは今回のまとめです。
・大泉洋だからこそ実現できた北海道ハードボイルド映画
・その他のキャラも二面性の表現が見事でそれぞれの掛け合いが楽しい
・ミステリとしての謎解きはあまり楽しめない
・小説を映像化する際の落とし穴にハマってしまったタイプ

以上が、本作を鑑賞した自分の率直な感想です。
細かいことを考えずに、北日本でも有数の歓楽街・ススキノを舞台とした、ススキノらしい面々が送るハードボイルドエンタメ映画として楽しむ分には悪くない作品だと思います。続編に関してもいつかレビューしたいなと考えていますが、バイオレンスや本格ハードボイルドを楽しみたい人には1作目の本作が一番合っていると思います。
「『探偵はBARにいる』は大概TSUTAYAにいる」、現在も絶賛公開中なので是非ご覧になって頂ければと思います。

今回も長文となってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございます。また次の記事でお会いしましょう。

トモロー

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?