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「心が叫びたがってるんだ。」の優しすぎる世界へようこそ

毎年夏の恒例となっている「金曜ロードショー 夏のジブリ祭り」。
今年は「となりのトトロ」「借りぐらしのアリエッティ」「コクリコ坂から」という駿・米林・吾朗が一本ずつ参加する変則ラインアップにてお送りする予定です。そして今年の夏はこれだけで終わらず、ジブリ祭りに先駆け2週連続で非ジブリのアニメ映画を放送してくれるらしいです。
いずれも民放初放送となる「聲の形」「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」の2作品を放送するということですが、国産のアニメ映画=ジブリ、細田、新海、コナン、ドラえもんetc...となりがちな風潮に対抗するような作品を大々的にやってくれるのは個人的にとても嬉しいです。
まあ、この2作品に関しては色々と問題の多い映画であるのも確かなんですが…(笑) 何はともあれ、どういった結果になるのか楽しみです。

そんな「やっぱジブリがNo.1やな」の嵐が吹き荒れそうなこの夏に備えて、ポスト宮崎駿の時代に一大勢力となる事が期待される、そんな製作陣が作り上げたアニメ映画を今回は紹介します。

映画「心が叫びたがってるんだ。」は2015年9月に公開され、週間1位を獲るような派手な成功は無かったものの、演歌のようにしぶとく売れ続ける事で長期間の公開となり、11月には興行収入10億円を突破しました。
興行収入10億円越えをオリジナルアニメ作品が達成した例は、それこそ先述したジブリ作品or細田作品などの限られたケースしかなく、今作がその壁を越えたのは異例の快挙だとも報じられました。

今回は、そんな快挙を成し遂げた「心が叫びたがってるんだ。」について、先日中学生の頃ぶりにゴキブリを発見して心からの叫びをあげた自分が、観て思ったことを色々と感想としてまとめていきます。

屋上

幼い頃、何気なく発した言葉によって、
家族がバラバラになってしまった少女・成瀬順。
そして突然現れた“玉子の妖精”に、二度と人を傷つけないようお喋りを封印され、言葉を発するとお腹が痛くなるという呪いをかけられる。それ以来トラウマを抱え、心も閉ざし、唯一のコミュニケーション手段は、携帯メールのみとなってしまった。
 高校2年生になった順はある日、担任から「地域ふれあい交流会」の実行委員に任命される。一緒に任命されたのは、全く接点のない3人のクラスメイト。本音を言わない、やる気のない少年・坂上拓実、甲子園を期待されながらヒジの故障で挫折した元エース・田崎大樹、恋に悩むチアリーダー部の優等生・仁藤菜月。彼らもそれぞれ心に傷を持っていた…
(公式HPより引用)

「超平和バスターズ」の本格的劇場デビュー

例によって、まずは製作陣とメインキャストについて紹介します。

本作の製作を担当した、監督の長井龍雪さん、脚本の岡田麿里さん、キャラデザインの田中将賀さんの3人は、共演する際に「超平和バスターズ」というチーム名を使用している事でも知られています。
もちろん1人1人単独でも活躍されており、長井監督は「とある科学の超電磁砲」シリーズなどのヒット作を手掛けるなどTVアニメ界でも飛躍を続ける事でも知られ、岡田さんは「AKB0048」「幸腹グラフィティ」などの話題作の脚本を担当する一方で映画「さよならの朝に約束の花をかざろう」で監督としても実力を発揮、田中さんは近年だと「君の名は。」「天気の子」等の社会現象となったアニメ映画のキャラデザに抜擢されるなど、それぞれの実績だけでも目覚ましいものがあります。

2011年に「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」で共演して以来、この3人は「超平和バスターズ」として活動するようになりました。チーム名を「あの花」の劇中に登場する主人公たちのチーム名から取るなど、この作品の大成功もあってこの3人も大きく注目されるようになったのです。
そんな「超平和バスターズ」のオリジナル新作として公開されたのが、この「心が叫びたがってるんだ。」という映画でした。「あの花」も一応劇場版として公開された経験はありますが、TV版の総集編という意味合いもかなり強い作品ではありました。本当に一から映画のために作られたストーリーという意味では、この3人のチームの実質的な映画デビュー作でもあったと考えられます。

主人公・成瀬順の声優を務めたのは、水瀬いのりさん
公開当時の2015年辺りからブレイクし始めた若手声優さんで、本作以降での代表的な役に「Re:ゼロから始める異世界生活」のレム「五等分の花嫁」の中野五月などがあります。「声」が最重要設定のひとつとなる本作にとって彼女の分かりやすい「現代アニメ的なかわいい声」は合っていると言えば合っていますが、もしかすると万人ウケは難しいのかなとも思いました。まあこれは彼女が悪いとかじゃなくて今の日本アニメの構造が少々歪になっている問題も含んでいるから仕方ない事なのですが…。

成瀬の支えとなる男子高生・坂上拓実役には、内山昂輝さんがキャスティングされています。
「ニセコイ」の一条楽、「ハイキュー!!」の月島蛍、「僕のヒーローアカデミア」の死柄木弔など、少年ジャンプ系列の人気作にてメインキャラを多く担当されている方です。ハイキューのツッキーの無気力な感じは坂上の役柄と少々被っている感じがありますね。
そしてその坂上と中学時代に付き合っていた経験を持つ仁藤菜月役に選ばれたのは、雨宮天さん
「七つの大罪」シリーズのエリザベス役などで人気が上昇し、近年では歌手としても評価が高まっている人気声優さんです。確かにここ何年かで「カウントダウンTV」の中で名前を見る機会が増えたような気はします。ちなみにこの記事書くまでずっと「あまみや てん」さんだと思ってました。

野球部の元エース・田崎大樹役を演じたのは細谷佳正さん
「ちはやふる」の綿谷新、「黒子のバスケ」の日向順平、「進撃の巨人」のライナー・ブラウンなど、イケメン少年から渋めの青年までこなす声優さんです。最近だと「彼方のアストラ」のカナタ・ホシジマの印象が個人的に強いですね。他のアニメでもリーダーや部長の役をやる事が多いという事なので、今回の田崎役に選ばれたのも納得です。

その他、彼らのクラスの担任教師・城嶋を説明不要の大物・藤原啓治さんが担当し、成瀬の母親役には本作がアニメ声優初挑戦である女優の吉田羊さんがキャスティングされています。「アナと雪の女王2」でエルサ&アナの母親役を演じていた時も違和感なく上手なボイスアクトを披露されていましたが、本作でも期待通りの上手さで物語に溶け込んでいました。
吉田さんを含め、個人的には声優さんの演技はとても良かったと思います。

「歌」を題材にした作品としては◎

先に本作の全体的な感想を言ってしまうと、そこそこ楽しくは観れましたが他の人の評判ほど自分はハマれなかったのが正直なところです。

もちろん、良い所は沢山あります。
まず、「歌」や「ミュージカル」を題材とした映画として、非常に音楽的な魅力の詰まった作品だと感じました。
「Over The Rainbow」や「アラベスク」、「悲愴」等の既存楽曲をメロディとして使用した劇中でのミュージカルシーンはとても心地よかったですし、最後の「2曲同時歌唱でキャラの心情を表現する」という予想外の手法と、そこに付けられたオリジナルの歌詞もグッドです。この歌詞は脚本の岡田さんが手がけたらしいですが、ちょっと悪趣味な所のある彼女の創作にしては珍しくまっすぐで素直に良いと思えました。ただ有名な曲を使うだけでなくこの作品ならではの個性を付与して、味付けをしているという点が個人的にとても好印象ですね。

ミュージカルシーンだけでなく、本作の挿入歌として使用されたコトリンゴさんの「Harmonia」という曲も、映画の雰囲気に溶け込む一方埋もれずにしっかりと曲自体の存在感も生き残っている、絶妙な調和をなし遂げた良曲でした。彼女の曲はこの翌年に、「この世界の片隅に」でも使用されて高く評価されていましたが、登場人物の心情の機微や日常と非日常のバランスのようなものを本作でも見事に表現していると思います。

それから、本作のテーマ性やメッセージの部分もなかなか良いと思います。
「自分の想いを言葉にして喋る」という、人間には当たり前の事が出来なくなった主人公の成瀬が、その事で半ば断絶状態にあった社会的コミュニティともう一度関わり合い、誰かの言葉によって自分が変わる事や、自分自身の言葉で相手が救われる事などを経験して、最後には「言葉」を取り戻す事に成功する…というストーリーで、恐らく製作陣は「言葉で表現する事の光と影」について伝えたかったんだと感じました。
言葉一つで相手を感動させて、絆を深めることが出来たり、対照的に相手を不愉快にさせたり傷つけたりでギクシャクとさせてしまう、簡単でありながらもあらゆる可能性を持つ「言葉」を使うことは、本来とてもデリケートな行為であって、だからこそ成瀬は序盤の経験を通じて「言葉」を封印したのです。

しかし、その「あらゆる可能性」と真摯に対面して、それでも「言葉にして、口に出して想いを伝える」ことから逃げずに生きていく、そうする事で何かが前向きに変わるかもしれない。たとえ周りに後ろ指さされようとも、ネットでディスられようとも、そういう行動はいずれ大きなムーブメントを起こすかもしれない。この「心が叫びたがってるんだ。」という映画には、そんな「言葉、想いの可能性」が存分に詰まっているのです。サイドストーリーである田崎の野球部のエピソードでも、「面と向かって、本音を話す」ことがテーマとなっており、このテーマ性を上手く補強している構成なのが上手いと感じました。SNS全盛の時代にもよく適応していると思います。

細かいところだと、「たまご」というアイテムを要所要所に入れることで(成瀬の想像上に出てくるキャラ、成瀬の母親が作った玉子焼き、舞台となった街の伝統的な装飾品、etc...)、自分の殻を破るイメージの演出や、黄身と白身が混ざったドロドロの中身を様々な感情の織り交ざった人間のココロの比喩として使うなど、キーアイテムとして「たまご」に複数の役割を自然に与えている辺りは流石だなと感じました。

たまご

この「世界」は厳しすぎて、優しすぎた

このように、良かったと思う点も数多く上げられるのは確かです。本作は決して駄作なんかじゃありません。
しかしそこまで自分はハマれなかったのも本当です。理由をまとめるなら、「テーマを伝えるためのドラマに無理があり、集中できなかった所が複数あったから」、これに尽きます。

まず挙げられる問題点として、物語上でも重要な前提である「成瀬が喋れなくなる経緯」について、成瀬よりも彼女の両親の酷さが目立っていて焦点がブレたものになっている点があります。
成瀬の喋れなくなった理由は、父親の不倫現場を目撃した彼女が、それを不貞行為だと知らずに悪気なく母親に話してしまい、それがきっかけで両親は離婚、去り際の父親に「全部お前のせいじゃないか」と言われた後に成瀬は言葉を失ってしまう…というものになっています。この父親、多分この後に後頭部へのブーメラン直撃で意識消失しているでしょうね。ええ、めっちゃ最悪な父親ですし全部お前の溢れ出る性欲のせいです。

こういう描写を含めて、「成瀬が喋れなくなる経緯」には彼女のしくじりの側面が薄く、両親から責任を転嫁されているだけなのでは?と感じる部分が多々あります。
例えば同じ「言葉を発しなくなったキャラ」である「SKET DANCE」のスイッチの場合、自分の嘘がきっかけで弟が死んだ事がその理由となっていて、彼にも「嘘をついた」という明らかな過失があります。しかし、成瀬の場合は「遅かれ早かれ離婚していたであろう両親の背中を押してしまった」という側面が強く、彼女自身に明らかな過失があるわけじゃないのに両親から責められています。この厳しい世界の描写、そして親の問題を子供に押し付ける2人の身勝手さが目立って「成瀬が言葉を失う」ことへの必然性みたいなものがボヤけてしまっているように感じました。

スイッチ

しかも、喋れない成瀬を厄介扱いする母親とは裏腹に、彼女はその後も一般の学校に通わされています。これは「聲の形」の西宮にも共通しているんですが、うまくコミュニケーションが取れない子供をそのままそうでない子供たちの元へ送り続けるのは、決していい判断とは思えません。成瀬の母親のように、彼女が喋れない事にコンプレックスを抱えているなら尚更です。
それこそスイッチの場合は不登校になってから喋ることを止めているので、「コミュニケーションの消失=社会との繋がりの消失」がよりハッキリと表現されていました。でも本作にはそれもなく、勝手に娘を一般学級に通わせて勝手に娘に苛立っているだけの母親を見させられるんですよ。夫婦の問題に巻き込まれた娘に少しでも寄り添おうと言う気持ちはないの?と問い詰めたくなりました。

そんな厳しい状況から始まるこの映画、しかしこの後はまるでその辻褄合わせかのように、世界は彼女に不自然な程優しく接しています。
まずは副主人公の坂上くん、良いヤツすぎて現実味に欠けます。成瀬に付き合ってあげる特別な理由もなく、ただ彼女を理解して力になりたいだけの聖人君子です。そのせいで終盤に成瀬から凄く酷い仕打ちを受けるんですが、それは追々。
次に野球部の田崎くん、最初は成瀬のことをバカにしていたのにファミレスのシーン辺りから急に態度を改めて協力的になります。協力的になった後の彼のキャラはすごく好きですが、さすがに態度を改めるのが唐突すぎる気がします。もう少し段階を踏めば良かったのですが、急に成瀬に優しくなって最終的には告白まで行ってしまいます。一応、少しだけ告白の伏線はあったんですがあれじゃ弱すぎですし、やはり唐突感は否めません。
ここまで来ると、彼が物語を動かすためのマリオネットなのではないかという疑念も浮上してきます。色々と都合が良すぎるんですよ、田崎たちの説得ですぐにミュージカル発表に乗り気になる全クラスメートを含めて。(笑)
母校の文化祭とかならまだ分かるんですが、作中で見る限り「年配の客しか来ない『ふれあい交流会』」に乗り気になる明らかな理由は特に見えませんでした。こんなに乗り気になるのは自分(筆者)の母校の卒業生くらいだと思います(唐突な自分語り)。

そして終盤、優しすぎる世界に気をよくした成瀬家の身勝手DNAが、ついに本領を発揮します。なんと彼女、勝手に坂上くんに片想いをしておきながら些末な事で勝手に傷つき、半ば彼女の自分語りの内容であるミュージカル当日に、ヒロインプレイを放棄して逃亡してしまうのです。
これだけでも許されざる愚行ですが、挙げ句の果てには迎えに来た坂上くんに「本音」という名目で、偽善者だの脇が臭いだの見苦しい罵倒を浴びせてしまうという愚の骨頂を見せてしまうんです…。 これを最後まで聞ききった坂上くんには、福原遥さんと付き合える権利くらい与えないとダメだと思います。脇が臭いはマジで凹む。
極めつけに、なんだかんだで戻ってきた成瀬をクラスメートは優しく心配しちゃっています。もしかしてこの世界で彼女に逆らったらペナルティでも発生するんですかね?自分の苦手分野である「なろう系」作品と同じスメルがプンプンして頭が痛くなってきます。
とにかく、この終盤の展開は脚本の脇が臭い…いや脇が甘いと思いました。邦画は恋愛が深く絡むとダメになる可能性が高いと個人的に考えていますが、今回も残念ながらそのケースに当てはまっていました。この恋愛要素に時間を使うより、成瀬が周囲に受け入れられるまでの場面にもう少し時間を使っていれば、結果は良い意味で違うものになっていたのではないでしょうか。と僕の心が叫びたがっています。

まだまだ今後に期待ができる「超平和バスターズ」

このように、評価されるべき長所を多く持ちながらも、それと同じくらい短所も目立ってしまい、とても惜しい作品だと感じた「心が叫びたがってるんだ。」ですが、ここまで不満を色々と言っておきながら自分はこの製作陣の作品をもっと観てみたいと思いました。

表現方法であるストーリーこそ粗削りな面が際立ってしまいましたが、その奥に見えるメッセージやテーマ性は素晴らしいですし、アニメーション作品としての完成度はシンプルにとても高いです。
勿論、ポスト宮崎駿として台頭するタイプの作家性ではないと思いますが、いずれ訪れるであろう「ポスト宮崎駿の時代」に新たな風を吹き込む勢力として、超平和バスターズはしっかりと存在感を示すという確信をこの映画を通じて得ることができました。それこそ、「君の名は。」以前の新海誠監督が一般ウケせずとも一部からは熱狂的な支持を得ていたように、この映画もその系譜を辿って大ブレイクの時を待っている、そんな感覚を覚えました。
去年公開された超平和バスターズの最新作である「空の青さを知る人よ」は未見ですが、遅くとも今年中には絶対観ようと思います。ビバ秩父!!

今回も長文となってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございます。また次の記事でお会いしましょう。

トモロー

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