見出し画像

「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶジャングル」‐日本よ、これもヒーロー映画だ。‐

以前、「STAND BY ME ドラえもん」についての今更感のある感想記事を書いたことのある自分ですが、ドラえもんと同時間帯で放送されているアニメについても結構好きで、今でも時間がある場合は視聴しています。
そう、「クレヨンしんちゃん」のことです。

↓「STAND BY ME ドラえもん」の記事はこちらから↓

色々と最強の5歳児・野原しんのすけを主人公に、その家族や友人、街の人とのちょっとおバカな日常を題材とした、まさに国民的とも言っていい人気を持つアニメ作品です。
アニメ放送開始から1年後の1993年に映画「クレヨンしんちゃん アクション仮面VSハイグレ魔王」が公開され、以降は毎年新作の映画が発表されている人気シリーズとなっています。
しばらくは興行収入も段々と減少傾向にありましたが、2000年に公開された「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶジャングル」で初めて前年の作品を上回る興行収入を記録し、シリーズは第二の黄金期を迎えることになります。

今回は、その第二の黄金期のきっかけとなった「嵐を呼ぶジャングル」について、藤原啓治さんの訃報のショックを完全に払拭できていない自分が、個人的な感想として色々とまとめていきたいと思います。
なお、あらすじに関しては記事の長さを少し抑えるために割愛させて頂きます。こちらのサイトを参考にしていただければと思います。

アクション仮面が本物のヒーローになるまで

まず、本作を語る上でどうしても外せない「アクション仮面」という存在について少し説明させて頂きます。
「アクション仮面」は、主人公のしんのすけも夢中になっているヒーロー番組であり、その主人公でもあります。作中でも度々名前やその存在が登場し、クレヨンしんちゃんファンにはお馴染みのキャラクターです。
先述した通り、1993年の映画第1作でもメインキャラの1人として登場しましたが、その時は「本当にヒーローの能力を持っているアクション仮面が、パラレルワールドからしんのすけのいる世界にやってきてテレビ収録をしている」というファンタジー感の強い設定でした。
本作では、「現実世界の俳優・郷剛太郎が演じる特撮キャラクター」というリアリティのある設定になっています。

これは初期の映画を担当した本郷みつる監督のファンタジー的な作風と、2000年代前半まで監督を担当し、本作でも監督を務めた原恵一監督の、現実寄りな作風の違いともされています。
ちなみに本郷監督の作品だと「ヘンダーランドの大冒険」、原監督の作品だと「暗黒タマタマ大追跡」が自分は一番好きです。

つまり、本作のアクション仮面はあくまで「子供番組の一キャラクター」であり、アクションビームも本当は出すことのできない生身の人間・郷剛太郎である彼が本物のヒーローに脱皮していく物語、それが「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶジャングル」だと言えます。
劇中でも言及がある通り、彼は柔道や空手、少林寺やムエタイ、カポエラも会得しているレベルの高いアクション俳優ではありますが、それでも本作では幾度となく苦境に立たされ、人間らしく傷つきながらも懸命に立ち向かう姿が描写されています。

それが一番分かりやすく描かれているのはやはり後半、豪華客船のリングで本作のラスボスと戦うシーンですね。最初はルール無用のジャングル格闘術を使いこなす相手に圧倒されて挫けそうになるものの、しんのすけの鼓舞、そこから野原一家の鼓舞、そして攫われた大人たち全員の全身全霊の応援を受け、怒涛の猛反撃を相手に食らわせるのです。
本気でTVの中のヒーローを応援していた子供たちも、時が流れ大人になり、いつしかその気持ちを忘れてしまうケースがほとんどです。しかしこのシーンにはその気持ちを再び燃え上がらせるほどの熱さが、エモーショナルな魅力がこれでもかと言うほど含まれている、クレしん映画屈指の名場面だと個人的に感じています。この瞬間、アクション仮面は本当の意味で、弱きを助け強きを挫く正義のヒーローとして覚醒したのです。

そしてクライマックス、ジェットパックで飛行しながらしんのすけと共に戦うアクション仮面、本当にカッコ良すぎます。和製アイアンマンです。
しかもこのシーンはしんのすけという助っ人がいることで、所々に程よくギャグを挟みながらもヒーローらしく戦うという描かれ方がされており、先ほどのシーンとの差別化もしっかりされ飽きずに楽しめます。「ヒーローは、タマタマも強い!」のところで自分は吹き出しました。

こかん

しかも、最後敵がヘリコプターの爆発に巻き込まれそうになってもしっかり救出してますからね。敵の命をも守る。ビバッ!アクション仮面!

怪しく光るヴィラン・パラダイスキング

そんなアクション仮面の最大の壁として立ちはだかる本作の敵が「パラダイスキング」と名乗る男です。声優を担当しているのは「メタルギアソリッド」シリーズのスネークや「ブラック・ジャック」の間黒男で知られる大塚明夫さんです。

パラダイスキング

元々普通の日本人であり、のびのびとした暮らしを求めて無人島にやってきましたが、そこには大量のシロテテナガザルが生息しており彼も一度はボコボコにされました。しかし最終的にその死闘に勝利した彼は、サルたちを自分の配下に置き、無人島を自分の王国として改造、貨物船を城として作り変えてそこで生活をしています。

また巨大な名誉欲と支配者としての願望を持つ人物であり、人間の奴隷を求めてしんのすけたちの乗る豪華客船をサルたちに襲撃させ、本作の騒動を引き起こしました。そして大人だけを自分の城に集めて、「世界を洗脳するためのアニメを作成させる」などのどこぞの死刑囚じみた奇行をとるなど、その目的は最後まで謎に包まれたままでした。

先述した「ルール無用のジャングル格闘術」を身につけているという設定も含め、生身の人間にしてかなりの強大な力を持ったラスボスであり、ヒーローとして覚醒するアクション仮面の相手として申し分ないステータスの持ち主だと思います。
大量の人間を誘拐・拉致する、かすかべ防衛隊を人質に取るなど、なかなか非道な一面も見せていますが、やたらと自分のアフロヘア―にこだわりを見せるなどのユーモラスなキャラ設定、野外の便所で一服しながらダイナマイトで魚を仕留めるという大胆さ、インパクトのあるカラフルな見た目などもあり、妙に憎めない人物という印象がありますね。流石は大塚明夫さん

また彼に関連する場面では往年の名作のパロディも含まれており、そこも楽しめるというのが良いですね。
ヘリコプターでのダイナマイト投下シーンは完全に映画「地獄の黙示録」ですし、船内の壁にはマイケル・クライトンの小説「失われた黄金都市」を彷彿とさせるソロモン王の眼が描かれています。この小説も、進化したゴリラ軍団が人間と対決するという内容なので、興味がある方は是非読んでみてはいかがでしょうか。

そんな欲張りで気まぐれで残酷で退屈した、ある意味現代では貴重なスーパー肉食系男子・パラダイスキングの魅力も、本作を名作たらしめる重要なファクターだと言えるでしょう。
ちなみに前文の最初のところはマジでパラダイスキング本人が言ってるので全く誇張じゃございません。

ひまわりもまた一つの正義を成し遂げた

そして、個人的に本作の隠れた主役として挙げたいのがしんのすけの妹であるひまわりです。
もちろん、主人公としてのしんのすけの活躍部分が決して薄いわけじゃありません。得意のケツだけ歩きで大人たちを導き、サルたちを圧倒するシーンは個人的にめちゃくちゃ馬鹿馬鹿しくて大好きですし、主人公してるなぁと思いますよ。

でも、正直それはどの映画でも見られるところであって、最近映画での活躍シーンがかなり減っている彼女だからこそ、ここで取り上げていきたいと思います。
まずは前半、大人たちを探しに無人島へ上陸したしんのすけたちを追いかける形で、哺乳瓶のミルクと替えのオムツ、そしてシロを味方にして無人島まで辿り着きます。まだこの世に生を受けて1年と経っていない女の子とは思えない、勇敢さと大胆さがこれだけでも分かります。
そして何と夜になってもハイハイをし続け、休もうとしていたしんのすけたちと合流、さすがにこの時は兄と再会できた事で感極まって泣いてしまいますが、その後持ってきたミルクを「カイジ」の藤原竜也のごとく気持ちよく飲み、さらにしんのすけたちにもお裾分けするという懐の大きさまで見せます。人生3周目くらいしててもおかしくないと思います。

ひまわり

最も印象的だったのは後半、サルたちに攫われた大人たちが自由の身となり、仕返しをしようとしたその時、喋ることもままならないひまわりが「だーめーーーーーーー!」と訴えかけるように叫ぶんですよ。
もちろん、このシーンのだいぶ前、かすかべ防衛隊の大半がサルに捕獲された時に「泣きじゃくるひまわりとそれをあやすしんのすけ」だけは、サルが同情してくれたのか見逃されるという場面があり、その伏線回収としてのシーンという側面もありますが、それにしても、まだこの世に生を受けて1年と経っていない女の子とは思えない、素晴らしい訴えだと思います。
そして、このひまわりの魂の叫びを見事に表現した声優のこおろぎさとみさん。「ポケットモンスター」のトゲピーや「金色のガッシュベル」のウマゴンなど、非言語的なコミュニケーションが常のキャラを担当することの多い彼女だからこそ、この名シーンを見事に演じることができたのだと感じています。

またこの場面は、サルたちもまたパラダイスキングに支配されていた被害者でもあるという事実を、印象付ける場面でもあります。確かに彼らも明確な犯罪行為に加担したという罪があり、潔白という訳ではないでしょう。しかし、パラダイスキングとの戦争に敗れ、本作でのひろしやみさえのように長らく奴隷として働かされてきたサルたちに、果たして他の道があったのでしょうか。
なんか一丁前に正義を語りすぎましたね。「父親たちの星条旗」と「硫黄島からの手紙」を見て出直してきます。

大きな不自然さも無い、巧みなストーリー構成

本作はストーリーの展開も、大きな矛盾も無く巧みに繰り広げていてそれも魅力の一つです。
楽しいクルーズ旅行が一転、謎のサルたちによって大人がみんな船からいなくなる不気味さ、その対比がよく描かれています。攫われるシーンでセリフがかなり少なめなのがいいですね。事態が得体のしれない方向に向かっていく感覚がよく伝わってきます。コメディシーンが多いかすかべ防衛隊の冒険も、それぞれのキャラの個性がしっかりと出ていて楽しめました。夜になって少し気持ちが落ち着いたところで、ようやく大人たちがどうしているかの話題に話が進むのがリアルですね。彼らの冒険の大変さがありありと分かります。

そして、しんのすけの活躍で大人たちが少しずつ勢いを取り戻し、ケツだけ歩き無双でサルたちを蹂躙、そこからアクション仮面とパラダイスキングの対決でヒーロー映画としての盛り上がりはどんどんと進み、一回は勝利したと思いきや最後に空中戦でもう一度勝負をするという流れです。
子供映画らしからぬリアルな恐怖感から、クレしんらしいスタンダードなドタバタ冒険劇、そして本格的なヒーローアクションと、色々な側面を見せながらもそれが淀みなく自然に繋がりを見せている、綺麗なストーリーラインの映画だと深く感じました。

ただ、個人的に気になった部分も少しあります。
一番気になったのはパラダイスキングの目的が結局不明のまま終わってしまう点です。何をするか分からない不気味さを演出したかったのかもしれませんが、せめて台詞で説明するだけでも何か明確な目的があればもう少し分かりやすい映画になったのかもと思います。
また後半のアクション仮面とパラダイスキングの肉弾戦ですが、カポエラでアクション仮面が猛反撃した後に登場した特製ジャングルジム、あの関連のシーンは個人的にイマイチでしたね。その後のスーパーケツだけ歩き無双に繋げるためかもしれませんが、このシーンのせいで少しリズムが狂っている感は否めません。せっかくアクション仮面が勝利しかけたのに自分の得意分野で反撃しようとするパラダイスキングにも、さすがに卑怯すぎるという感情を抱いてしまいました。

あと、これは不満というわけではないのですが、本作では序盤に大人たちが全員攫われるという展開もあり、ひろしとみさえの活躍がいつもよりかなり控えめになっている印象があります。ですから2人の活躍を見たい人たちにとってはかなり物足りない映画になってしまっています。
まあそれは「アクション仮面VSハイグレ魔王」でも似たような感じだったので、アクション仮面がメインだとどうしても目立った活躍は出来ないというのが現実なのかもしれません。アクション仮面以外の大人が活躍しちゃうのもヒーロー映画としてどうなのかと思いますしね。「仮面ライダーオーズ」の劇場版くらいまで突き抜けてしまえばそれはそれで面白いですけど。

松平健

クレしん映画に新たな風を吹き込んだ名監督・原恵一

以上のように、ちょっとした不満はありますが、基本的に自分はこの映画がクレヨンしんちゃんの中でも三本の指に入るほど好きです。今まで色んなヒーロー映画を見てきましたが、どの名作にも劣らぬ魅力を持っていると思っています!
冒頭でも話しましたが、本作はクレヨンしんちゃんの映画に第二の黄金期を到来させたきっかけの映画でもあります。そしてその一番の立役者は、本作を監督した原恵一さんでしょう。

前任の本郷みつる監督から1997年にクレしん映画を受け継いだ彼は、それまでに「ドラミちゃん ハロー恐竜キッズ!!」などの中編作品を主に監督しており、本格的な長編アニメーションはクレヨンしんちゃんが初めてでした。
当初は本郷監督との作風のギャップもあり、興行収入もなかなか前作越えを達成できず伸び悩んでいました。しかしそんな状況の中、決して自分の作風を大きく崩すことなく本作という素晴らしいヒーロー映画を作りあげ、そこからは「嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」や「嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」など、広く知られている名作を世に生み出すまでに成長し、彼が以前に監督した作品も続々と評価されるようになりました。

本記事をここまでご覧になった方には、原監督の他作品も是非とも見て頂きたいです。もちろんクレヨンしんちゃんの別作品もオススメですが、自分は個人的に「カラフル」という作品が好きです。
森絵都さんのベストセラーをアニメ映画化した本作ですが、中学3年生を主人公としながら不倫や援助交際、不良から襲撃されるなどのリアルかつダークな展開で話題になった原作の魅力を見事に再現し、さらに東京の等々力・二子玉川を舞台とする新たな設定を加えることで物語をより身近に感じさせることにも成功しています。

根本的な設定こそファンタジー色の強いものですが、見れば見るほど原監督らしいリアルな展開に引き込まれる作品となっておりますので、気になった方は是非見て頂きたいです。

長文となってしまいましたが、最後まで見て頂きありがとうございます。

トモロー

この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?