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温故知新 ~OHPの世界~

 先日の記事「タブレット端末が登場する以前のICT教育 ~小学校・体育科の授業の様子~」で、今から10年以上前に行われた授業のことを紹介した。

 今回の内容は、それよりもさらに30年ほど時を遡る。

 私が教員になった1980年代に視聴覚教育の分野で「エース」だったのは、間違いなくOHP(オーバーヘッドプロジェクタ)だろう。
 デジタル・ネイティブの世代には馴染みがないと思うので簡単に説明をすると、OHPとは透明なシート(トランスペアレンシー)などをスクリーンに投影するための光学機器である。
 OHPの本体は立方体に近い箱型で、明るい光源と冷却ファンを内蔵しており、箱の上部にはレンズが付属している。また、本体の上にはアームが伸びていて、光を反射してスクリーンに投影する仕組みになっている。
 授業などで使う際には、文字や画像が印刷された透明なシートをレンズの上に置くのが基本である。すると、光源の光はシートを透過して反射鏡に集まり、スクリーンに内容が表示されるのだ。

 しかし、そんな「エース」も時代の流れには逆らえず、1990年代に液晶プロジェクタが登場すると主役の座を奪われ、2000年代に書画カメラが普及すると完全に窓際へと追いやられてしまった。
 今ではその多くが処分されてしまったり、放送室や視聴覚室の隅で埃をかぶっていたりするのだろうと思う。
 私自身、この20年近くはOHPのことを思い出す機会がなかった。だが、数年前に情報教育関連のセミナーに参加をした際、ある講師がOHPに関する本を紹介していたことがきっかけで、その魅力を再発見することになった。

『OHPのすべて』編著:21世紀教育の会(小学館、1971年)

 セミナーの終了後に、Amazonで購入した古本がこれである。
 書名は『OHPのすべて』(編著:21世紀教育の会、小学館)。出版されたのは1971年となっている。
 とのかく、この内容が面白い。OHPの基本的な使い方は、前述したように透明のシートに印刷された文字や画像をスクリーンに映し出すというものだ(ちなみに、原稿を専用の透明シートに転写する「トラペンアップ」という機械が別にあった)。
 だが、当時の教師たちは様々な「応用技」や「裏技」を生み出していて、この本にはその一端が載っている。そのいくつかを紹介してみたい。

「マスキング法」は、シートの一部を紙などで覆っておくものだ。正解などを隠しておくことで、子どもたちの集中力を高めることができたことだろう。「平行移動」も、映像を少しずつ見せていくことで「マスキング法」に似ている。
 また、「回転法」は理科の授業で月や星の動きを説明する際などに威力を発揮したと思われる。

「合成分解(重ね投影)」は、手作りによるレイヤー機能である。パワポのアニメーションの原点だと言ってもいいかもしれない。

 これはシートではなく、磁石と砂鉄、透明な定規などの実物を台の上に置いて投影するという手法である。
 磁力のはたらきや目盛の読み方、作図の仕方などについて「見える化」を図ることができただろう。

 実物による「見える化」をさらに進めて、書写の筆運びや鍵盤楽器の指使いの実演などに応用した、「ここまでやるか!」という実践例である。

 この本が出版されたのは1971年のことだ。その2年前の1969年には米国の宇宙船アポロ11号によって人類が初めて月面に降り立ち、翌1970年には大阪で万国博覧会が開催されている。
 人々が科学技術の進歩と人類の明るい未来を信じていた時代だったのだろうと思う。この本を著した「21世紀教育の会」という団体のネーミングにも、それが表れているような気がする。

 この本に載っていることは、iPadなどを使い慣れた若い教師たちからすれば、笑ってしまうような内容なのかもしれない。しかし、半世紀前の教師たちが抱いていた、「新しい機器を活用して子どもが熱中する授業をやりたい」という思いについては、ぜひ感じ取ってほしいと思うのだ。

 今、「GIGAスクール構想」の取組の中で、iPadなどを使った実践が次々と生み出されている。もちろん、そうした実践の多くは、OHPでは不可能である。
 だが、iPadの第1世代が登場したのは2010年のことだ。まだ10年ほどしか経過していない。今から10年も経てば全く新しいデバイスが登場し、iPadだって陳腐化してしまうかもしれないのだ。
 そんなときにも、「新しい機器を活用して子どもが熱中する授業をやりたい」という教師たちの思いが受け継がれていれば、そのときの状況に応じた様々な活用法が生み出されていくのだろうと思う。

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