【小説】神絵師

■プロローグ

私は3年前から探偵事務所の助手をしています。
面白そうな職業だなと思うかもしれませんが
実際は予約の受付と雑務ばかりです。
そんな退屈な生活の中で、私の唯一の楽しみは
探偵さんに相談する程でもない少し変わった依頼の話を聞くことでした。
時には依頼人の許可を得て「面白事件」として探偵事務所のHPに掲載するのが私の趣味でした。

しかし様々な事情で当社のサイトに掲載することが出来無かった事件を
私の心にだけ留め置くのは勿体無いので
ここで皆様に少しだけお話しさせて下さい。



■一章

私  「お電話ありがとうございます。○○探偵事務所です」
依頼人「えーっと…依頼したいんですけど」
私  「はい。どういった内容でしょうか?」
依頼人「えっと…なんて言っていいか難しくて…」
私  「それでしたら、差し支えなければ、内容を    少し話していただけますか?」
依頼人「はい」

依頼人の名前は森真子さん
印刷会社勤務の24歳のOL

森「ご相談したいのは、昨日のテレビ番組の事なんです」
私「テレビ番組?ですか?」
森「はい、あの昨日未解決事件の特番やって居たのはご存じですか?」
私「はい。職業柄観るようにしています」
森「その中に出て来た被害者の自宅が、知っている人の家に酷似していて」
私「えーっと、私が言うのもなんですが、そういう事なら探偵より警察に連絡した方が…」
森「いや、詳しくは知らない人なんで、連絡しても…」
私「??」
森「すいません、順を追って話しますね」



森「私は所謂オタクなんです」
私「そう、なんですね」
森「同人誌ってご存じですか?」
私「個人が作る漫画とかですよね?コミックマーケットとかで売る」
森「はい。個人が趣味で既存の漫画の二次創作だったり、オリジナルの漫画や小説を自費出版するものです。
私はそれを作るのが趣味で、同じく同人誌を出してる人同士での交流目的で、SNSのアカウントを所有していました。
私は全然人気がある方では無かったんですが、私が今ハマっている作品の絵を描く人の中に、物凄く絵が上手くて、ギャグもシリアスも面白い漫画を描く人が居たんです。
そういう人を【神絵師】と呼んだりするんですが、その人はまさしく神でした」

私「まさかその『神』…が?」
森「そうです。神はSNSに漫画やイラストを投稿したり、今日何食べたとかの日常の些細な投稿もしていて、ほぼ毎日更新していたので、私も毎日見に行ってました。でも一年ほど前から突然更新が止まったんです。
所詮趣味なので、飽きて辞める人は居ますが本当に突然でした」
私「それは不可解ですね」
森「神は本当に人気があってフォロワーも沢山居たので、個人的なやり取りはしたことがなくて、神がイラストや漫画を更新した時に『素敵です!』とか 
コメントすると『ありがとうございます』と当たり障りのない返信が来る程度なので、ネット上の友達とすら呼べない「一方的に投稿を見ているだけ」の関係だったので、気軽に「更新止まってますけど、どうしました?」などと尋ねられる関係ではなく、どうする事も出来ませんでした」
私「だから、知っているけど知り合いではない仰ってたんですね」
森「はい。ですが投稿は、日常的なものも含めほぼ全て見ていました。
それが番組の中で映った未解決事件の被害者の家の内装と酷似していたんです」
私「それは、驚きますよね。何件かの事件が放送されていましたが、どの事件ですか?」
森「3つ目に放送された「○○市女子大生殺害事件」です」
私「あぁ確かに事件当時の部屋が映されてましたね」
森「今私がハマっているジャンルでは、キャラクターのぬいぐるみと一緒に写真を撮るのが流行っていて神は春先に「引っ越してきた部屋から桜が見える」とぬいぐるみと一緒にベランダから桜を映していたんです。
部屋から桜が見れるなんて羨ましいなぁと思ったので印象に残っていて。
そしたら特番の女子大生の部屋から見える木の枝の感じが見覚えがあって、慌てて神過去の投稿を探したら、写真が一致していたんです」
森「もう少し確証が欲しくて「○○市 アパート 女子大生」で検索したら、事故物件として扱われていて詳しい住所がすぐ出て来ました。
グーグルマップとかで調べると、やっぱりそれ、桜の木だったんです」
私「それはもう確定ですね」
森「賃貸情報サイトで内装なども調べたら壁紙とか、ベランダの手すりの形も一致してるんで確実だと思います」

私「でも、確か…何というか、相談が難しい話ですね」
森「そうなんです。未解決事件の被害者のSNSを知っていて、たまたまファンだったというだけなんで、警察に協力出来るほど有力な情報がある訳じゃないので、どうしたらいいかと思ってご相談したかったんです」
私「確かにそうですね。SNSとかオタク文化に詳しくない人なら取り合ってもくれないかもしれませんね」
森「そうですね。でも神のイラストや漫画に関する情報は全て知っているつもりなんで、捜査のきっかけくらいにはなりそうなんですけど」
私「良かったら神の活動についても聞かせて貰えませんか?話している内に有力な事を思い出すかもしれませんし」
森「そうですね。それなら少し聞いてください」

森「神は同人誌の出版の経験はありませんでした。ネット上にイラストを掲載するだけでした。印刷などにもお金がかかるので出版しない人も増えてはい 
るので、それ自体は珍しくないのですが、コミケでの本の売れ行きなどで出版社からお声がかかりプロデビューする人も珍しくないので、神ほどフォロワーがいるのに同人誌の発行を全くしていない人は珍しかったです」
森「でも、一年前にやっと神が同人誌を出すことになりました。合同誌といって他の人と一緒に一冊の本を作る形式でしたがそれでもデータとしてだけじゃなく紙の漫画を手元に残せるのは、私にとっては物凄く嬉しい事でした」
私「その合同誌というのは、よくあるものなんですか?」
森「いえ…お友達同士で同じジャンルに同じ熱量でハマる必要があるので、多くはないですね。でも神は初めて本を作るので教えて貰いながらだとそういう形も自然だと思います」

森「神はその本を売る予定の即売会【コミケ】の当日の投稿を最後に更新がパッタリとなくなりました」
私「コミケには来ていたんですか?」
森「神は自分個人の売るスペースを確保していた訳ではなく、合同誌を一緒に作った人のスペースで一緒に売る予定だったんですが神は不在で、本も販売されていませんでした」
私「完売した訳じゃなく、発売自体していなかったんですね?」
森「そのスペースの方に直接聞いたので間違いありません。
『神はまだ来てなくて、本はあるけど勝手には売れない』と言われました」
私「本の管理は神自身がされていたのでしょうか?」
森「多分そうです。本は重いので大抵は宅配業者に頼むので、本人が不在でも本だけは届いたのでしょう」
私「神の最後の投稿というのはどんな内容だったんですか?」
森「本当にいつも通りで、「今から向かいます!初参加楽しみ!」という言葉だけでした」
私「では会場に着く前に急に来れなくなる何かが起きたという事ですね」
森「そうなります」
私「その後神は消息が途絶え、神が住んでいた家で同世代の人間が殺されたという事までが確定している事実ですね。
それは…神=殺された女子大生で、コミケに参加予定の日に何かが起きたと考えるのが普通ですよね」
森「はい…」

私「もしよければ神のSNSのURLを送って貰えますか?何かヒントがあるかもしれないので」
森「わかりました。事務所のメールアドレスに送ります」

電話の向こうでPCを操作するような音が聞こえ、事務所のアドレス宛にURLが添付されたメールが届いた
しかし、それを開いても【アドレスが無効です】というエラーページが表示されるだけだった。

私「すいません森さん。アドレスが無効ですと表示されます…URLの間違いでしょうか?」
森「あれ…私の方でも表示出来ません…メンテナンスとかでしょうか?」
私「では、どちらにしても今日調べられる事はここまでですね。内容は探偵の方に伝えておきます」
森「依頼という形になるのでしょうか?」
私「いえ、何かを探し欲しいとかではないので、無料相談の範疇で大丈夫ですよ。進展があって何かの捜査が必要になったり警察への同行を頼みたいとかがあればまたご連絡下さい。私も個人的に気になるので、少し調べてみますね。進展があればご連絡します」
森「はい、よろしくお願いします」

そうして森さんとの最初の連絡は終わった。


未解決事件の記事



■二章
一年以上未解決だった事件に早々進展もないだろうと思っていたら、森さんからの連絡は翌日すぐに来ました。

森「昨日お電話した森です」
私「はい、こんにちは、どうされましか?」
森「昨日の神の件で進展があったので、ご連絡させてもらいました」
私「私の方も気になっていたのでご連絡いただけて良かったです…それで?」
森「昨日ご連絡してから、もう少し情報が必要だなと思って検索してたら、偶然、匿名掲示板にあの日の未解決事件特番のスレッドを見付けたんです」
私「本当ですか!」
森「どうやら例の特番を見ていた人達の何人かがアレが神の事なんじゃないかと気付いたみたいで、検証され始めたんです」
私「それは私達だけで考えるより心強いですね」
森「私もそう思っていたんですが、掲示板の人達が過去の投稿と見比べて検証を始めた途端、神のSNSの投稿が全て消されたんです」
私「え?」
森「昨日私がURLを送った時にはもう削除されていたみたいなんです」
私「じゃあもう見る事は出来ないですね…」
森「実は、そちらに相談するのに必要そうな箇所はスクリーンショットを撮っておいたんです」
私「え!本当ですか!」
森「はい。なので情報提供を求める為に、掲示板に載せようと思います」



私「それにしても、何故SNSは消されたんでしょう?」
森「可能性としてあり得るのは、ご遺族が検証に気付いて快く思っていなくて削除したとか…」
私「でも遺族なら事件解決を妨げるような事するでしょうか?」
森「そうなんですよね。それが不自然で」
私「なら、やっぱり神は被害者ではなくて、間違いだから削除したとか…」
森「それなら一言事件とは無関係です。とか私は生きてますとか言いませんかね?余計な憶測を招くだけだと思います」
私「確かに自分が神の立場ならもし無関係で言及したくないにしても、事件には触れず元気な様子をツイートするのが最善と考える気がします。
それなら考えられるのは…」

森「犯人が消した」

最悪の、しかし最も考えられる結論に2人とも言葉を失ってしまった。

私「もしそうだとしても、やはり掲示板にスクリーンショットを載せた方がいい気がしますね。犯人が消したのなら妨害になりますし他の人にも見てもらった方が犯人の手掛かりを見付けられる確率も上がります」
森「そうですね。犯人がわざわざ消したのなら、そこに犯人の証拠が残っているのかもしれませんし」
私「はい」
森「じゃあ今から載せますね」
私「同じものをこちらにも送って貰えますか?」
森「分かりました。昨日のアドレスに送ります」
私「じゃあ少し様子を見ましょうか」
森「そうですね」

その間に私は届いたスクリーンショットをよく観察した。

■3章
今回は私から森さんに連絡しました。

私「掲示板の方は何か進展はありましたか?」
森「何人かの人達はスクリーンショットから検証を進めてくれてるんですけど、大きな進展はないですね」
私「そうですか…。あ、少し気になった事があったんですが合同誌に関するやり取りが何件かあったんですけど、これは全部で何人で製作していたんでしょう?」
森「神も含めて3人だと思います」
私「えっと、1人はやり取りが表示されているんですが、もう1人は表示されていませんよね?
@YORU_NO_OWARI000というアカウントの人」
森「創作している人には珍しいんですけど、鍵アカウントなんですよ。多分小説を書いてる人ですね。作品を投稿するサイトには公開アカウントがあります。URL送りますね」
私「ありがとうございます」

趣味のイラストや小説を投稿するサイトが送られて来た。
ヨルという名前で小説が30件ほど投稿されているようだ。

森「もう1人はナナオさんという人で、今も違うジャンルで活動しています」
私「ジャンル?」
森「あ、はい。別の作品のファンになっているという事です」
私「では連絡先は分かるって事ですね」
森「はい」
私「やり取りから想像すると、メインは神の漫画で、もう一つのメインがヨルさんの小説、ゲストがナナオさんだったみたいですね。
確かにその立場なら、本が届いて居たとしても勝手に売るのは憚られますね」
森「正直、同人仲間と言っても年齢も違うし趣味以外は共通点がない事が多いので、一般的な友人のような付き合いではない場合も多いですからね。 
勝手な判断をして後々揉め事になるのも珍しくないので、慎重な人がほとんどだと思います」
私「じゃあこの2人が事情を知っている可能性は低いですかね」
森「正直そう思います。でも折角ナナオさんの連絡先は分かってる訳だし、連絡だけはしてみようと思います。
一応コミケ会場で一度会ってるので、事情を話せば話くらいは聞いて貰えると思うので」
私「そうですね。よろしくお願いします」



数時間後、森さんから連絡が来た

森「ナナオさんとDMのやり取りをしました」
私「どうでした?」
森「うーん。結論から言うと、ナナオさんが知ってる情報も私達と大差ないですね」

森「ナナオさんも出来上がった本は一度も見ていないそうなんです」
私「一度も?」
森「勿論自分が寄稿した漫画はデータも残って居るけど、他の2人の原稿は一度も見ていないそうです」
私「妙な話ですね」

森「ナナオさんの視点で事の顛末をまとめるとですね。
まず、神がナナオさんのSNSをフォローした事から付き合いが始まったそうです。
相互フォローになって、お互いの絵にコメントするようになり、段々日常の投稿にもコメントするようになって仲良くなっていったそうです。
ある日神から『同人誌を発行してみたいんだけど、作り方が分からないから教えてくれないか?』と相談を受けたそうです。そこでナナオさんは、自分の方法を教えた上で『いきなりは難しいだろうから良かったら最初は合同誌にしないか?』と持ちかけたそうです」
私「じゃあ合同誌という形になったのはナナオさんの発案だったんですね」
森「そうみたいです。そして自分の原稿を見本に書き方や印刷所への依頼の仕方などを教えたそうです」
私「なんていうか、ナナオさんは親切な方ですね」
森「そうですね。この方今のジャンルでも有名人で、正直絵が凄く上手いとかでは無いんですけど、人当たりが良くて日常の投稿が面白いから人気なんですよね」



私「ナナオさんから聞けた情報はそれだけですか?」
森「いえもう1人の合同誌の仲間のYORUというアカウントの人物についても聞いて来ました」
私「あ、その人については私も気になって居たんです」
森「ナナオさんが神に『他に合同誌に誘いたい人居る?』と聞くと、友達を誘って良いかと言われ、ヨルさんを紹介されたそうです」
私「ヨルさんは神の知り合いだったんですね。他には何か聞いてないでしょうか?」
森「昔からの知り合いとしか聞いてないそうで、多分同級生じゃないかと言ってました」
私「結局、詳しくは分からないままですね」

森「コミケ当日も、結局神は姿を現さなかったので、ナナオさんも神とは会った事がないままだそうです」
私「会ったこともないなら…まぁ知ってる事はその程度ですよね」
森「そうですね。発行した本も、私以外にも何人か買いに来た人は居たらしいんですが、その誰にも売っていないそうです。
在庫も、コミケの終わり間際ヨルさんが引き取りに来たそうです」
私「じゃあナナオさんはヨルさんには会ってるんですね」
森「はい。でも見た目とかは普通だったとしか…身長も160センチ前後、細身の物静かそうな人だったらしいです」
私「神が来なかった事や、在庫の引き取りに関してなんて説明されたんですか?」
森「事故に遭った、と」
私「事故、ですか」
森「落ち着いたら後で詳しい事を連絡すると言われたきり、連絡は取れていないそうです」
私「そう言われたらしつこく連絡しずらいですよね」
森「ナナオさんから一度『大丈夫ですか?』と連絡したみたいですが、それにも返信がなく、ナナオさんは自分が何か嫌われるような事をして、会いたくない口実に嘘を吐かれたのだと、私が連絡するまで思っていたそうです」
私「未解決事件の話はしたんですよね?」
森「はい。『もし殺されていたのなら合点が行きますけど、そうは思いたくない』という反応でした」
私「まぁ普通の反応ですよね」

森「ただ一つ気になったのが、ナナオさんは、2人は一緒に住んでいたんじゃないかと言うんです」
私「一緒に…ルームシェアって事ですかね?」
森「はい。ナナオさんが言うには、本の表紙など3人ともに関わる内容の打ち合わせをしていると、神に聞いても直ぐに『YORUさんもOKだって』と代弁する事が多いし、そのタイムラグがほとんどなかったらしくて、まるで近くに居る人に直接聞いているようだったらしいんです」
私「メールとかなら多少のタイムラグは出ますもんね。毎回タイミング良く電話やチャットしているとも考えにくいし、仮にそうなら一緒に住んでるより
仲良しですしね。相当深い関係なのは確実ですね」

森「でも、そうなると不可解な事があって」
私「何ですか?」
森「例の事件のニュース記事です。あの記事には『この家に一人で暮らしていた』と書かれているんですよ」
私「じゃあ頻繁に泊まりに来ていたとか…」
森「そうですね。そう考えるのが自然ですよね」
私「オタク友達である以前に、仲の良い同級生だった感じですね」
森「はい…そう…ですね」
私「森さん?」
森「いえ…何でもありません」

その後、森さんはどこか歯切れが悪くなり、そのままその日のやり取りは終わった。


■4章
それから森さんからの連絡は無かった。
最後に連絡を取った時、何か考え込むような雰囲気だった森さんが気がかりだったし、恐らく神の同級生だったヨルさんが
何かを知っている可能性が高いのは確実だが、依頼人である森さんの意向を無視して勝手に連絡する訳にもいかず、モヤモヤとした時間を過ごしていたが、2週間後、唐突に連絡が来た。

森「嫉妬のような感情なので、聞き流して下さい」
そう前置きをしては話始めた。

森「私は神からコメントへの返信もろくに貰えて無かったって言ったじゃないですか。でも人気者のナナオさんは神の方からフォローされて、コメントも
し合って、合同誌を出す程仲良くれた話を聞いて、正直複雑な気持ちでした。
まだナナオさんはコミュ力とかユーモアセンスも才能なんで分かるんですけど、ヨルさんの方はフォロワーも私と変わらないのに昔からの知り合いとい  
うだけで神と合同誌を出せるんだなと思ったら、やるせない気持ちになりました。
でも、フォロワー数だけ見て嫉妬するのは良くないと思って、ヨルさんの作品を読んでみたんです。
そしたらちゃんと面白くて。しっかりと才能があるから、神も合同誌にも誘ったんだなと考え直しました。
事実、合同誌のヨルさんの小説も面白かったです。
それで、またこの件についてちゃんと考える気になれたんです」
私「………え?」
森「…すいません。ずっと言い出し難かったんですが、実は私あの合同誌、一冊持ってるんです」
私「え?発売されなかったんですよね?」
森「そうです」
私「コミケの会場でも段ボールを開けられる事もなく、ナナオさんすら中身を見ていないって」
森「はい。だから段ボールに詰められる前の話なんです」
私「どういう事ですか?」
森「あの、私、印刷会社の勤めてるって言いましたよね?実は、同人誌の印刷なんかも請け負っている会社なんです」
私「じゃあ…」
森「そうです。ある日、神の絵柄とHNと同じ同人誌の印刷の依頼が来ました。
本当はそんな事は絶対に許されないんですが。印刷ミスがあったフリをして一冊多く刷り、自分用にしたんです」
私「そうだったんですね…」
森「ずっと話を聞いてくれていたのに隠していてすいません。どうしても言い難くて…
でも今回連絡したのはその話だけではないんです。不可解な事が起きたんです」
私「不可解?」
森「昨日ヨルさんの創作用のアカウントを見ていたら、二次創作じゃないオリジナルの小説が投稿されたんです。
その内容が、神が合同誌で描いていた漫画と酷似していたんです」
私「…盗作、ですか?」
森「恐らくそうだと思います。名前とか細かな設定は変えてありますが、セリフとかはそのままなので」
私「偶然一致するような内容ではないんですよね?」
森「簡単に内容を説明すると『桜の木の下で約束をした恋人同士が、生まれ変わった後も同じ桜の下で巡り合う』という内容なんですが、設定だけじゃなくお互いを確認し合うのに、その桜が咲いてる神社のお守りが出てくるんですけど、その展開も同じなんです」
私「それは偶然では片付かない一致ですね。神が殺され、発行されなかった同人誌の内容を盗作した小説が投稿されるってどう考えても…」
森「犯人としか思えないですよね」

確信を口に出すと、何だか恐ろしくなって2人の間に沈黙が流れた。

森「私、ヨルさんに連絡してみようかと思うんです」
私「危険じゃないですか?」
森「勿論、私が合同誌を所持している事は伏せて。あくまでも、テレビの未解決事件特番で興味を持った風に装ってです」
私「返信してくれるでしょうか?」
森「掲示板にスクショを投稿している事は話そうと思います。
もし本当に犯人ならあの投稿はどうしても消して欲しいと思うんです」
私「確かにそれなら相手にとってもメリットがありますよね」
森「では創作用のサイトの方にDM送ってみようと思います」
私「返信があったらすぐ連絡下さい」

そう言って電話は一度切られた。

■5章
一時間程で連絡があった。

森「ヨルさんと話しました」
私「どうでしたか?」
森「あの、結論をお話しするのもお恥ずかしいのですが、全部私の勘違いだったそうです」
私「え?」
森「結論から話させて貰うと、神は生きていました」
私「えぇ⁉︎」
森「『ヨル』は神の別名義だったんです」

そして森さんは神の身に起きたことを話し始めました。

森「まず私が未解決事件の特番を見て神の家に似ていると気付いた事、神のSNSが削除された事、そのスクリーンショットを掲示板に載せた事を話ました。すると説明の返信が返って来ました」

森「神は元々はヨルのアカウントで小説を書いて活動していたんですが、思うように閲覧数は伸びず、お姉さんの勧めで別のアカウントを作って漫画も描いてみたそうです。それがそっちの方が高く評価されてしまって、本当は小説を書きたい神としてはずっと不本意だったそうです。
ですが、仲良くなったナナオさんの勧めで合同誌を作ることになり、これは自分の漫画を読んでくれてる人に小説の方も読んで貰えるチャンスなのではと考えたそうです。そこで、まるで2人の人物が書いたかのように見せ掛けて一冊の合同誌を作ったそうです」
私「だからヨルさんの返答が神経由なのに早かったんですね」
森「はい。そして本が出来上がり参加しようとしたコミケの日、神は本当に事故に遭って居たんです」
私「え⁉︎でもあの日、在庫を取りに来たんですよね?」
森「あの時、ヨルを名乗り在庫を引き取りに行ったのはお姉さんだそうです」
私「じゃあナナオさんが会った人は、お姉さんだったんですね。でも何故ヨルと名乗ったんですねか?」
森「神はナナオさんにも今まで2人の人物かのように振る舞っていたので、そこの事情を全て話さないとヨルさんの許可もなく在庫を引き渡す事はしないでしょうし、何より急いでいたので1番説明が短くて済む嘘を吐いたんです」
私「確かにそうですね…同一人物である証明とか求められ兼ねませんし」

森「命に別状は無かったのですが、神の怪我は大きなものでした。
その後遺症で絵を描く事は出来なくなってしまいました。その事がショックではありましたが、神は元々小説家志望なので良いチャンスと思い、事故以降はイラストを載せていたアカウントは更新せず、小説の執筆に専念していたそうなんです」
私「じゃあ神のSNSが削除されたのは?」
森「納得がいく小説が仕上がったので、イラストのアカウントは完全に削除しようと思っただけみたいです。タイミングが偶然にも検証し始められた時に
一致してしまったんです」
私「それも偶然だったんですね」
森「そして出来上がったのが『桜の咲く頃に』という合同誌に漫画として描いた内容を掘り下げた小説だったんです」
私「だから内容が酷似していたと」
森「あの漫画は本来、未発表で誰の目にも触れていないはずの作品なので、内容が同じでも何の問題もないですからね」
私「森さんが強引な手段で入手していなければ誰も知るはずのない事ですからね」
森「ははっそうですね」
私「じゃあそのプロトタイプの漫画を知っているのは神のファンは森さんだけなんですね。本当に神の1番のファンですね」
森「実はさっきのやり取りがきっかけで、神がSNSを相互フォローしてくれたんです」
私「それは良かったですね」
森「変なきっかけでしたが神と知り合いになれて、良かったです。
私の勘違いでお騒がせしてすいませんでした」
私「いえ、なんか不思議な出来事でしたね。でもハッピーエンドで安心しました」
森「あの未解決事件の被害者は存在しているので、ハッピーエンドなんて呼んで良いのか分かりませんけど…」
私「そうでした、結局あの件は全く無関係だったんですね」
森「たまたま間取りが似ているだけだったみたいです。そんな偶然もあるんですね」

そうして私達は、この数日間を思い返し笑い合った。

私「あの、ウチの事務所のサイトに笑える依頼のエピソードなどを掲載しているんですけど、良かったらこの件載せても良いですか?」
森「無償で長々と相談に乗って貰ったので勿論良いですよ。あ、一応名前とか伏せてもらえれば…」
私「勿論個人情報が分かりそうなところは伏せさせて貰います」

森「実は神に私が印刷会社に勤務している時に伝えたら、同人誌を作るのに協力して欲しいと言われて今度家に遊びに来る事になったんです」
私「凄いですね。『ファン』から『先生』に大出世じゃないですか」
森「いえいえ、そんなんじゃないんですけど、でも凄く楽しみです」

こうして、結局森さんと神が仲良くなっただけの、勘違いの事件は幕を閉じた。


■最終章
森さんとの最後のやり取りから数ヶ月後、私はあの笑い話に終わった依頼の顛末をまとめた。
探偵事務所のサイトに載せる許可を得るために事務所の所長兼探偵の小室さんに原稿を送り、一応森さんにも記事を送った。
すると小室さんから呼び出された。

私 「どうしました?」
小室「この記事は載せない方がいい」
私 「え?何でですか?面白い記事なにの」
小室「これ見ろ」

そう言って小室さんはスマホのニュース記事を見せてきた。
数ヶ月前にの事件の記事だ

森さんのものとみられるニュース記事


小室「森真子、林真理子。名乗っても恥ずかしくない偽名を考える時、思い付きそうだとは思わないか?」
私 「この被害者が、森さん…」
小室「依頼していた件の記事これだろ?」

そう言って私達が神と勘違いしていた事件の記事をスマホ画面を見せて来た。

私 「はい。でもこの事件は神とは無関係で…」
小室「この2件の犯人はどちらも「部屋を荒らし」「電子機器を水に浸け破壊する」という手口が同じだ。
電子機器を壊す理由は一つ、被害者との繋がりがネット上だけだからだろう。
しかも現代は実名のSNSと匿名のSNSを使い分ける事も多い。それは、双方が介入して欲しくない別領域だからだろ?
一方の繋がりを、もう一方は全く知らせない事も珍しくない。だから電子機器を壊すだけで簡単に足がつかなくなる。
現段階で確実に言い切れるのは、どちらの犯人も、被害者とは匿名の繋がり側の人間であるという事だ」
私 「匿名の繋がり…」

小室「そうなると森さん、いや林真理子さんの匿名での活動が疑わしいと考えるのが普通だろう」
私 「同人誌の活動ですか」
小室「職場の人や親しくない友人には話し難い趣味だろうしな。リアルの繋がりの人達は誰も知らなかった可能性も十分にある。
そうなればネット上の交友関係の調査や、壊された電子機器修理なんて真面目に行われる事もない」
私 「そんな…」
小室「林真理子さんが「神」の事件を調査していた事、ヨルという人物と交友を持った事、会う予定まであった事そして真犯人が誰なのかを知っているのは君しか居ない事になる」
私 「それは、犯人にバレているんでしょうか?」
小室「幸い君と林さんはやり取りは全て電話で行われていたから、詳しいやり取りまでは知らないはずだ。
林さんから数枚のスクリーンショットを事務所のアドレス宛に送られているだけなので、こちらも嘘のストーリーをでっち上げる事にしよう」

そうして私は先ほどの「面白い依頼コーナー」の投稿を止め
注意喚起として一文を載せた

嘘の注意喚起

探偵さんのアドバイスで、探偵事務所に一方的に資料を送る人が多く、事務所はそれに困っている
そしてその送付された資料を見る時間などないとう事を装った文章を作成した。
これで林さんのスクリーンショットの送信が、ただの迷惑行為として処理されたと思ってくれるはずだ。

正直私は今も森さん=林さんだとは思いたくない気持ちが強い
だが、あれから一度も森さんからの連絡はない。



結局あの事件の真相は
神とヨルは何らかの知り合いで、ルームシェアもしくは、ほぼ同居状態だった。
ナナオさんとの合同誌の原稿を巡り何かトラブルが起き、神はヨルに殺害された。
しかし神の身内やリアルの付き合いのある人達は、神のネット上の活動や交友関係を知らなかったので、怪しいはずのヨルは捜査線上に浮かぶ事すらなかった。
そしてヨルは神の原稿を誰の目にも触れる前に奪い取り、作成した同人誌の在庫も全て奪う事で漫画のシナリオを自分の物にする事に成功した。
だがその一年後、ヨルにとっては厄介な事が起きる。

神の事件が未解決特番で特集されてしまったのだ。

神のSNSの画像から特定や検証を始める人も出て来て、ヨルは焦った。
そこで今まで消した方が不自然になるかと放置していた神のSNSを慌てて削除した。

ヨルは神と同一人物を装い森さんから情報を聞き出した。
そしてヨルは気付いたはずだ、彼女の勤め先が、一年前に自分達の同人誌の印刷を依頼した会社だと。
ヨルは疑い、そしてその疑いは的中した
林さんは「同人誌」を持っていた。

そしてヨルは林さんを殺害し、自分の盗作がバレる可能性をこの世から消し去ったのだ。


私は嘘の注意喚起を載せた後、ヨルの創作用のアカウントを見に行ったが、削除されていた。

もうヨルの消息を知る術はない。