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5月2日(火) 晴れ

 昼過ぎに、枕元の携帯電話が鳴っていることに気づいて目が覚めた。寝ぼけ眼で電話に出てみると、友人からどこかに行かないかという誘いだった。一時間後に車で迎えに来てくれるというので、了承して二度寝する。


 予定の時間よりもすこし早めに友人が来た。急いで家を出ると、家の前に見慣れたダイハツ・ミラジーノが止まっていた。2001年製なので、私たちとは同い年である。助手席に乗り込むと、友人が運転席を倒して横になっていた。彼はサングラスをかけ直しながら、昼下がりの日差しが強くて暑かった、とぼやいている。


 市役所に提出する大事な書類を忘れたので、すぐに車を出て家に取りに戻った。ついでに、グローブを持ってきてくれ、どこかでキャッチボールをしよう、と友人に言われたので、グローブを二つ担いで戻ってきた。


 車を走らせる。友人は「暑い」と言って、長袖を脱いでタンクトップになった。彼は運転が上手い。私は、書類が揃っているかを確認してリクライニングをすこし倒した。窓を開けさせてもらう。走っていると風が心地良かったが、信号待ちで止まっていると汗ばんでくるような暑さだった。


 市役所に着いた。友人は、近くの図書館で時間を潰す、と去っていった。役所の窓口に書類を提出すると、この紙を書いてください、と言われてよく分からない紙を渡された。後方の書類を書くスペースは六人用で、既に五人が使っていたので空いているところに入って書いた。


 ゴールデンウィーク前最後の平日ということもあり、市役所には次から次に人が入ってきた。書いた書類を、さっきと違う窓口の人に持っていくと、なんとかかんとかがなんとかで、保険と年金がどうたらで、と言われて、よく分からずに頷いていたら、あちらの椅子で少々お待ちくださいと、40番の札を渡された。 


 窓口を去ろうとしたら、書類を入れていたファイルを床に落としてしまったらしく、隣の列に並んでいた人が拾ってくれた。お礼を言う。そのタイミングで窓口の人が私に再び何か言ってきたので、はい、と返す。締まりが悪かったので、また隣の人にお礼を言った。会釈を返してもらった。


 後方の椅子に座っていたら、すこし窓口の方が賑やかになっていた。40番の人は…、いや違うでしょう、あれ、これって…、という話し声が聞こえてくる。40番の方、と番号を呼ばれて窓口に向かうと、何やら手続きが間違っていたらしく、こちらを書いてください、と、再びよく分からない紙を渡された。


 二枚目の紙を書いて提出する。すぐに手続きが終わって、望んでいた保険証を得ることができた。やることが終わって市役所を出ると、友人も図書館を出てきたのでコンビニに向かう。ハイチュウを買う、友人はポテチと水を買っていた。私はお茶を持ってきていたので飲み物は買わなかった。


 車を再度走らせる。近くの中学校が下校の時間だったらしく、中学生の大群の間を縫うように走る。自分たちが中学生だったのが十年前という事実に気づいて、友人と二人で慄く。


 テキトーにドライブをする。天気がいいので車内がすぐに暑くなってきた。千葉市の動物園に行こうと話していたが、既に入園できる時間を過ぎていたので稲毛の海岸まで向かうことにした。


 稲毛の海岸に行くのは三年ぶりで、その時もこの友人と二人で行っていた。あの時はいわゆるコロナ禍真っ只中で、気が狂いそうなほど暑い夏の日だった。あの日は電車で向かったが、今日の駐車場はとても空いていた。キャッチボールができたらいいね、と言ってグローブを持って海岸まで歩いた。


 海岸に来ている人は、決して多くはなかった。白い砂浜を歩いて、最も人の少ない場所でキャッチボールをした。思っていたよりも自分が良い球を投げられてビックリする。これはナックルだ、次カーブね、フォークはそんなに指を開くの?などと会話して、友人と球を投げ合う。


 凧を飛ばしている子供が遠くに見えた。ティックトックらしきものを撮っているカップルがいる。外国人らしき人たちが沢山いて、砂浜にシートを広げたり、波打ち際を歩いたりしていた。稲毛はこんなにグローバルなのかと思った。ビーチバレーをしている、若い男性の集団がいて、ビーチボーイズ、と思ったりしていた。


 ボールを投げ合っていたら汗をかいたので、休憩をした。砂浜の近くに屋台が出ていたので、私はケバブを食べて、友人は辛いハンバーガーを買っていた。暑さに負けて、セヴンティーンアイスも買ってしまった。セヴンティーンアイスを食べるのは、本当に17歳の頃以来かもしれないと思った。


 海岸に戻ると、平たい石を拾って海に投げ続けた。今日の水切りの最高記録は、友人の投げた八回だった。日が暮れてきて海岸に人が増えてきた、みんながみんな、水平線に沈みゆく太陽を眺めていた。世界が橙色に包まれていった。


 そんなことを気にしないで、女子高生の集団が、5、月、2、日、という四つのキラキラな風船を持って、飛んだり跳ねたり写真を撮っていた。その光景が、あまりにも力強くてうつくしかった。


 夕食はしゃぶしゃぶを食べた。店員さんに、二つまで出汁が選べる、と言われたので、昆布だしと、すき焼きだしの二種類にした。すき焼きのたまごが、ご時世的に不足しているらしく有料だった。一人一つだけ頼んだ。


 夕食後にすこし散歩して、また車に乗り込んだ。どこに車を停めたか二人とも思い出せなくて、幾ばくか夜の海沿いの街を彷徨った。車内でお互いの好きな曲を掛け合って、家路に着いた。


 私が家の玄関の扉を開けると、唸っていたエンジン音が遠ざかっていった。既に友人はいなくて、遠くで一台のミラジーノが夜の帳に溶けてゆくのが見えた。





小林優希

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