学振面接の思い出

日本学術振興会特別研究員,通称学振に応募するのは三度目のラストチャンスでした.二年前のちょうど今頃に二度目の応募に対する結果発表がありました.それは不採用の知らせで,しかもちょうど失恋の直後だったので,私には愛情もお金も受け取る資格がないんだろうか...とかなり落ち込みました.時は流れて(傷は残りつつも塞がり)三度目の応募の審査結果が昨年は例年より二週間ほど早く発表され,9月30日に結果が発表されました.その予想外の出来事に,内心たちまち緊張が高まりつつ,電子申請システムを開き結果を確認すると,「面接候補」とのことだったので,また競争しなくちゃいけないのか......とプレッシャーで泣きそうな気持になりました.

これから私はしばらくの間,準備不足で面接を受けてうまく話せず落とされるような夢を見ることを何度か繰り返しました.面接者のうちの合格率を,例年の採用人数から計算すると,そこから半数程度が通ると思われました.これを多いと思うか少ないと思うかですが,当事者からしてみれば少ないと感じるものです.

けれど私はそれなりに前向きな心構えをもった人なので,「面接に選ばれるとはむしろ選ばれし人材かも」とか「自分の研究をわかりやすく発表するよい機会だなあ」とか言いながらスライドの準備をし始めるのでした.(注:面接に回されるのは採用か不採用かのボーダーにかかってしまった数パーセントの人です.)

スライドを作ったらもちろん,発表練習をして,さらにスライドを手直しして...を繰り返します.私は複数人の先生と,同級生に見てもらいました.前日には家族にも見てもらいました.何度も練習し,先生は,「これで二人に一人の倍率なら通るんじゃない?」と言い,普段あまり褒められることもなかったので嬉しかった.ただ,人の評価で一喜一憂するのは研究者として間違っていると思いましたし,本番はまだなのであえて気を引き締めました.

面接の日は12月2日.東京は雨が降っていました.かなり早めに会場に着いた私は,プロジェクターへの接続確認を済ませてから,控室の後ろの方に座り,自分の作ったスライドを眺めて過ごしていました.前方に座っている人たちもみんな同じようにスライドをチェックしています.色んな人のスライドがちらちらと見えましたが,私の作ったスライドが一番だな,と思いました.

いよいよ面接の番が近づいてきました.面接試験場に出入りするときは,荷物を係の方が持ってくれるので,親切で嬉しかった.中に入るとたしか9人くらいの審査員の方々がコの字型に並んで座っていました.私は久しぶりにスーツを着てしゃっきりとした気持とほどよい緊張感を持ちながら,自分の名前と研究課題名を言い,発表を始めました.

発表時間は4分,非常に短く感じます.時間ぴったりで発表できるように何度も練習しましたが,本番では一度だけ噛んでしまったせいで,3秒ほど時間をオーバーしました.ぴったり終えたらかっこいいと思っていたので,悔しかったのですが,これくらいならおそらく点数に影響はないだろうと思います.(学振から送られてくる面接の注意事項によると「面接開始後4分が経過した時点でアラームが鳴ります.アラームが鳴ったら出来るだけ速やかに説明を終えてください」ということだったので,数秒くらいオーバーしてもたぶん大丈夫.)

質疑応答は6分で,面接を受ける前は長いなあと思いましたが,実際始まってみると恐ろしくあっという間です.これだけの質問で本当にみんな納得したのかな,と心許ない気持になりました.何を聞かれるかはあまり読めませんでした.審査員はあまり表情がなく私の答えに納得してくれたのかはいまいちよくわかりませんでした.多少は頷いてくれていたような気もしますが...

面接の直後は,まあまあうまくいったしこれは採用かなと楽観視していたのですが,あとになって考えると,もっとこう答えればよかった,というのがたくさん思いついてしまい,不安でした.質問用の補足スライドはいろいろ用意していたにもかかわらず使わなかったので,もっと過去の実験データなんかを補足スライドで見せればよかったかなとも思いました.

その日,コンビニでお金をおろしたのですが,キャッシュカードをおそらくそのときに忘れてしまったようです.それだけその日は心ここにあらずの状態だったのでしょう.

面接を終えたすぐ後,東京の美大に通う友達と会って飲みに行きました.私の面接受験に対して純粋な声援を送ってくれ,本当にありがたかった.「自分も転科試験で面接を最近受けたから気持ちがわかる」と言ってくれ,このときの飲み会は私にとってはなかなか思い出深いものです.

それから約3週間後の12月26日,研究室の大掃除を午前中に終え,居室にはさっぱりとしたすがすがしい空気が通り抜けていました.そんなとき,学振から一通のメールが届きました.またしても心臓が飛び出しそうになりながら,すぐに電子申請システムにアクセスして結果を確認すると,採用,の二文字が目に入ったのでホッとし,クルクルと踊りたい気持でした.お世話になった先生方や応援してくれた友人にすぐに報告しました.このときの面接の通過者の割合は4割ほど(ただし,工学系)でした.落ちたときの心の準備もしていましたが,通って本当によかった.私を応援してくれる人がいることもわかり心強く思いました.

面接の準備について

自分語りはこれくらいにするとして,一般的に役立つかもしれないことを書こうと思います.4分+6分というような短い時間の発表のために,どのようにスライドを作り,何を伝えればよいのか,ということです.(たぶん少し考えれば当たり前のことではあるのですが.)

◇ 面接の意義

学振書類を書くときの心構えと同様に,相手が何を求めているのかを考えることは重要です.なので,まずは面接は何のためにするのかを考えます.考えてみると,研究内容の審査は書類選考である程度済んでいて,面接は人を見る場だとも考えられます.自分ならではの研究ということが伝わるようにしたいですね.そこで,スライドを作り始める前にまず,自分のバックグラウンドがどこにあって,それがどう研究に生きているかを改めて見つめなおすのもよかったと思います.

◇ スライド構成の極意

面接の意義を考えよといいましたが,結局のところ研究内容を軸に伝えなければならないし,4分という短い時間でいろいろ盛り込むことはできません.基本的には,指示された項目に沿うように,申請書に書いたのと同じ流れでスライドを作っていくことになるかと思います.審査員は点数をつけたいのだ,ということを意識して,指示された項目がどのスライドに対応するかがわかりやすいようにします.独創性を伝えたいところでは,スライドタイトルを「研究の独創的な点」などとあからさまにつけてもいいくらいです.

しかし,面接では個性を見たいのだと考えると,とりわけ面接で肝となりそうな項目があります.それは,「受入研究室の研究と,申請者自身が取り組む研究との関係について明らかにすること」ではないかと個人的には思います.

私は,最初のスライドで,この分野における自分の研究の位置づけをイラストで説明し,中盤で自分はどの方向に行こうとしているかを同じ図を使って説明しました.そのスライドで,研究室の流れとは自分は違う方向を独自に目指していることをアピールしたつもりです.

業績は主要なものだけを,発表の流れでアピールしましょう.

◇ スライドの見た目

控室でほかの人のスライドを見て感じたのは,「みんな字が多い!」ということでした.審査員は大量の審査をしているわけで,文字なんて見たくないと思います.絵をベースにしたスライドを作っていた私はそれだけで優位に立っていたのではないかと感じます.

文字は普段よりも一回りくらい大きい文字を使うといいと思います.大きい文字を使ったほうが自信を感じるし,文字をたくさん使えなくする効果もあります.

1スライドあたり1分という説はよく聞きますが,それでは4枚しかスライドが作れないので,あまりあてにならない説です.普通に言いたいことの境目でスライドを切り替えればよくて,むしろ1スライドあたり1イイタイコトだと思います.私はタイトルを除いて10枚のスライドになりました.確かにこれは少し多すぎるかもしれませんが,これ以上はどうしても削れず...

◇ 練習

スライドを作ったら,ひたすら練習です.初めは1分から2分くらいオーバーしたとしても,表現を簡潔に原稿を洗練させていき,すらすら喋れるようになれば,意外と4分に収まります.

違う人に見てもらうたび,どんどん原稿が洗練されていくので,いろんな人に見てもらうのがよかったと思います.特に,自分の研究内容に全然詳しくない人のほうが,気付かなかったようなよいコメントをくれたりしました.

緊張すると早口になる人は多いみたいですが,逆に私はもともと喋りがゆっくり過ぎたので,普段よりも少し早口になるようにして最終的には微調整しました.録音して聞いてみると,自分にとって早口かなと思っても普通のスピードだったので少し笑えました.こういうところからも私の頭の回転の遅さを感じますが,嘆いても仕方ありません.この辺の調整は人によると思うので,録音して聞いて自分のタイプを客観的に知っておくとよいと思います.

一人でも100回は練習しようと,そう思っていたのですが,練習ってあまり面白いものでもなかったので,結局そんなにはしませんでした.

◇ 質疑応答の対策

私は頭の回転が遅いタイプということで,質問に対して臨機応変に的確な答えを返せる自信はあまりなかったのですが,何とかなりました.自分の研究は自分が一番考えているという,その自信があれば大丈夫です.

私のケースでは,「思想はわかるけど本当にうまくいくのか,想像上の世界じゃないか」というのを全体的に気にされていたような質問が多かった感じがします.

どんな質問が来るかをあらかじめもっとよく考えていれば,当日に来た質問も予想できたかなと思いましたが,それは競馬で結果を見た後はこの馬を買っておけばよかったと思うのと同様の心理だろうと思います.質疑応答は対話なので,あまり原稿で固めてしまっても柔軟性が失われそうですし,ほどほどでちょうどいいかもしれないと思ったりします.質問に答えられるかどうかは,結局普段からどれだけよく考えているかにかかっていると思います.

おわりに

面接を通して,私の新しい研究アイデアも,こうして発表して人を納得させることができるのだなと,研究者として大切な自信がついたような気がします.何か新しいことを考えることは,批判されるんじゃないかと思って怯んでしまいそうになります.自分には新しいことを考えるなんてまだ早いんじゃないかとか情けなくも思うことがありましたが,一応自分にもそれだけの資質は研究を通して備わってきているのかなと思いました.研究についてじっくりと考えることで新しいことに気付くことができると思うので,それには一応私の頭の回転の遅さも一躍買っているかもしれないとも思います.

面接に選ばれたときはプレッシャーを感じて逃げ出したいくらいでしたが,これを境目に研究者としてひとつ成長したと思ったので,申請者のうちの数パーセントしか経験しないこのレアな経験ができてよかったなと思います.(今年は情勢的に面接も中止だそうで,私は運がよかったなと思います...)

クオリティの高いノートをたくさん書けるように頑張ります!