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読書の記録 7月 村田沙耶香2作品を読んで

読書
2023年は月に二冊ずつ読もう。それで何かしら感想を書き残そう。

7月

①おろか 村田沙耶香

新潮2023/4月号に掲載された本作。正月、実家に帰省した際に受け取ったある年賀状を発端に女子高生だった頃の苦い思い出が蘇る。こんなありがちなあらすじで始まるのに、これから先は何を書いてもネタバレになってしまいそうなほど、濃密で新鮮な作品。あの衝撃は読んで体験して欲しいので是非図書館ででも雑誌を手に取って読んでみて欲しい。
村田沙耶香という作家の描く小説は、まるでUSJに近付く時のような心地を味わうことができる。「Welcome! Universal Studios Japan!」という英語の放送と、自然に声量を上げなければならないほど大きな音楽を聴きながら、チケットのバーコードをスキャンさせてカメラを覗き込み、顔認証されるや否や「ガチャガチャ、ガチャガチャ」と回転するバーを押して入国する。あの時、入国していく僕たちは「自然と声量を上げた」ことや「放送や音楽から異国感覚を味わっていること」、それから「顔認証がクリアされたこと」に何の注意も払わず興奮のままゲートをくぐる。彼女の小説は、テーマパークのような非現実的な世界に入国を許された僕たちが、こうして見過ごしがちな鉤括弧付きの行動を絶対に見逃せないように、繊細かつパワフルな筆致で書き上げられている。それは「こわい」という感情を連れ立ってくる。では、その時、僕たちは一体何が「こわい」のだろうか。この問いに答えがなかなか出ない時、僕たちはもう一度「こわい」と感じる。「こわい」に向き合い、「こわい」から逃げ、それでも逃げ切れない「こわさ」を彼女の作品を通して味わってほしい。

② 生命式 村田沙耶香

作品中の人が人肉を食うことが冒頭で分かり、ショッキングな設定に後の展開が気になって読み進めてしまう。集った者たちが死んだ人を食べながら受精相手を探し、相手が見つかれば退場して受精を行う「生命式」が行われるようになった社会の急速な変化を受け入れられない主人公は、村田作品に欠かせない「読み手と近い感覚を持っている人」である。村田の作品は、「読み手と近い価値観を持っている人」が社会の価値観に適合できずに悩みながらも次第に「作品中の価値観を受け入れていく」過程を描いたものが多い。他者と関わらずにはいられない哀しいほどの人間性と、生殖で歴史を繋いできた動物としての人間性が激しくぶつかっている作品である。読後読み手に示された道は、受け入れられない世界に対しても言葉を使って考える他ない人間性である。
しかし奇しくも、終盤に描かれる情景からはどこか人類にとって懐かしい画を想起させる。数万年前、まだ文明がなかった頃、我々の先祖が見上げた夜空に広がる星はどれほど綺麗だったのだろうか。その時彼らはどんな方法で仲間にその感動を伝えたのだろうか。彼らだけが使う言葉で伝えたのかもしれない。あるいはまだ言葉のない子どもや公園でじゃれ合う犬のように殴ったり噛み合ったり、体を接触させて伝えたのかもしれない。ただ、なぜかそこに共感したい、伝えたいという意志が見えた時、我々人間は心を温めずにはいられないのだ。

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