休養や療養の大切さ。
前の会社に勤めていた時、役職がついていたのですが、
小さな会社でしたので、少人数体制で、1人の役割に対する比重が大きく、また、即戦力だったり、日々の結果に影響される仕事だったので、
なかなか、休みたい、とは言えない空気でした。
ここ数年で、実質的にはまだまだなのかな、とは思うけれど、
少しづつ社会も変化してると思います。
当時、休みたいけど休めず、
シングルマザーで、仕事と家庭の両立のバランスもままならない状態で、
どうしても朝起きる事が出来ず、休みました。
その頃から、自分は何の為に生きているのだろう、
わたしは仕事の為に生きてる訳ではない、と感じ始めた頃だったのですが、
休み明けに上司に言われたのが、
『這ってでも来れない位具合悪かったのか。』というひと言でした。
わたしの中では、結構な衝撃で、
這ってまで仕事に行かなくてはいけないのだろうか、
這う位具合が悪くないと、体調が悪いと認めて貰えないのだろうか、
と感じ、会社に不信感を抱きました。
地元では老舗店と言われる小売店ですが、
そこまでせざる終えない雇用主と雇用者の関係にも問題がありますが、
実際、自分か倒れたら、会社やお客様が自分や家族を守ってくれる訳ではない事や、
前だけを向いて生きてきて、ふと立ち止まってみた時に、
周りには色々な景色がある事、
そして、
本当に倒れた時に、周りにいたのは家族だった事、
今、その家族に守られて生きている事、
頑張るとは、動くだけではなく、
静かに休む事も大事である事、
それまで、会社という小さな世界や人間関係が当たり前の様な錯覚に感じていたけど、
そんな訳ない事。
そう思ったら、
人の目なんて、どうでも良くなってしまった。
例えば、
わたしは双極性障害2型だけど、特別だとは思わない。
けれど、出来る事も出来ない事もどちらももちろんあるから、
出来ない事を出来るとは、
もう誰かに気を遣って言う事はない。
だから、わたしに出来る事はなあに?と聞くだろう。
休養や療養しながら、心の回復、精神の健康あっての、生きるに繋がるのだと感じる。
精神が死んだ様になった時、
回復するまで、すごい時間を要した事、
人間関係をまたいちから築いてみようと思えるまでも、随分と立ち直れなかった。
社会の中で生きていくには、不条理な事もたくさんあるし、どうにもならなくて投げてしまいたくなる事も山ほどある。
けれど、その先に行く前に、
必ず、自分で自分を守って欲しい。
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