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ふた文字

「それだったらさ、この時間内にそれぞれ自分のやるとこ終わらなかったらさ」

締め切りまでもうすぐの、グループ発表の資料を作る時間で長谷川くんが言った。うちの班はかなり遅れてる方らしい。

「自分の担当のところが終わらなかった人は、後の2人に好きな人教えること!どう?」

私は絵里と顔を見合わせたけどすぐに頷いた。

「うんいいよ面白そう」と私は絵里と声を合わせる。

チャンス?チャンス、なのかこれは。いやチャンスといえば、
長谷川くんと同じグループに偶然なれたところからチャンスなのだが。

「李奈どうしたの」そのあと長谷川くんがトイレ、と言って教室を出て行ってすぐに絵里が近づいてきて、そっと耳打ちしてくる。

「好きな人言っちゃっていいの」

ちょっとだけ絵里が心配そうな顔。「うんいいんだ、もう決めたの」

長谷川くんはすぐに戻ってきた。
長谷川くんはいつも陽気で、ずっと喋っている。

「好きな人教えるって言うかさー、最初のひと文字言うのはどう?」

すぐ絵里が答える「それね、それいいと思う」

うん、ここだ、私はちょっとだけ勇気を出す「いいけどさ、私の好きな人近くにいるよ」

意外そうな顔をする長谷川くん。

「川栄さんさ、じゃあさ」と長谷川くんがこっちを見る。

「川栄さんの好きな人って、相葉くん?」

長谷川くんはクラスで一番モテる子の名前を言った「違うよ」

「じゃあ川栄さんの好きな人って、二宮くん?」長谷川くんは次に、クラスで二番目にモテる子の名前を言った「違うよ」

あーもうさ。わかってんの何なのこの男。って感じ。

結局、そんなグループ発表と全く関係ない無駄なおしゃべりばかりで(だからうちの班遅れてるんだわ)作業が終わるはずもなく、
長谷川くんの言う「出来なかった人は好きな人言おうぜ」の対象は3人全員になってしまった。

やだこわい。でも一年ときから長谷川くんの好きな人は有名でさ。どうせ隣のクラスの上白石さんなんでしょって皆知ってる。あーこれってもしかして最初から私たちが不利だったんじゃないの。

「で、全員だけどどうすんの」絵里が長谷川くんに言う。長谷川くんはいつもの屈託のない笑顔で答えた。

「じゃあ全員言おっか。みんな言うし、ひと文字じゃなくて、最初のふた文字言うとかどう?」

そうきたか。順番はジャンケンで決まった。いちばんは絵里、次に私、最後に長谷川くん。やーもうなるようになるわっ。

絵里の好きな人は知ってる。去年のクラスで一番モテる大野くんだ。

トップバッターの絵里は「お、お」と答えた。長谷川くんはニヤッとわかったふうな顔をした。

「ほら次李奈よ」わかってるわよ。でもさ、よく考えたらさ、
ふた文字ってさ、長谷川くんの「はせ」なんてよく考えたら他にいないんじゃないの。でも。

長谷川くんと絵里の見守る中で私は答えた。「は、せ」

長谷川くんはちょっと意外そうな顔をして

それでも自分の番なので、すぐに答える。「ぼくはね」ああもうわかってるわよ。上白石さんでしょ

「か、み」と長谷川くんが答えたところで、次の移動教室の時間を知らせるチャイムがなる。

 教室を出て体育館まで来たところで長谷川くんが隣に来る。「ねえ川栄さん、川栄さんの好きな人って隣のクラス?」

 私はちょっと勇気を出して答える「一緒のクラス」

「え」と長谷川くんが立ち止まる。

「うん」と私は答える。

 絵里が向こうからこっちに気づいて手を振っていた。

                      終わり

                                                                               2022.6.6  23:41pm


小1の時に小説家になりたいと夢みて早35年。創作から暫く遠ざかって居ましたが、或るきっかけで少しずつ夢に近づく為に頑張って居ます。等身大の判り易い文章を心がけて居ます。