2022年2~3月に読んだもの

分野別修習も第2クール後半とだいぶ慣れてきたため,近頃は積読を消化できるようになりました。とはいえ,いずれもこれまでのような読了報告ができるほどには読み込めていないので簡単な紹介となります。

塩野誠=宮下和昌「逆引きビジネス法務ハンドブック M&A契約書式編」

 M&Aの手法はその目的に応じて多岐にわたりますが,この本はM&Aの中でも実務上多く用いられる資本業務提携のストラクチャーにかかわる,株式譲渡契約・株式引受契約・合弁契約(株主間契約)の3類型を題材として,各条項の趣旨・論点の解説を行っています。

「逆引きハンドブック」というタイトルが示すとおり,各契約の解説の前には契約に関する交渉・ドラフト・レビューのポイントと詳細な説明が載っている頁数が併記されています。また,同種の解説書と比較しても参考文献の記載がかなり丁寧な印象です。

 弁護士がM&A業務に用いる前提で作られた本ではありますが,企業法務志望の学生等,契約書のサンプルやスキームの解説を見てM&Aについて具体的なイメージを持ちたい方,法務担当として自分が関わるM&Aの全体像やレビュー等のポイントを把握したい方に対してもお勧めしたい本です。


川村正幸ほか「金融商品取引法の基礎」

 金商法の解説書であり,規制対象となる『金融商品』=有価証券等の取引の内容整理にはじまり,企業内容等の開示規制・不適切な勧誘防止等を目的とする,金融商品取引業者等に対する行為規制・インサイダー取引や(今話題の)相場操縦を含む,不公正な取引の規制といった金商法の中核部分について,内容の要点や各規定の趣旨が簡潔ながら丁寧に説明されています。

 一方で,出だしの一文が「金商法の規制の対象となる『金融商品』の取引が行われるのは,東京証券取引所のような組織された市場と,取引者が市場外で相対により取引する店頭市場においてである。」といった調子であり,金商法の意義や総論部分の説明が金融の初学者に対するものになっていないように思います。「学部やローの授業で金商法は一通り学んだが,就職までに復習しておきたい」「働き始めて金商法に触れるようになったため,体系的な知識を獲得したい」等,ある程度金商法の意義や全体像を把握している人向けの本のように感じました。

 以前近藤先生ら4人の共著「基礎から学べる金融商品取引法」を少し読んだことがあります(上のリンクは第5版ですが,私が読んだのは第4版です)が,金商法の入門書としては「基礎から…」の方が適しているでしょうこちらの書評も参考になります)。


米田憲市編「会社法務部〔第12次〕実態調査の分析報告」

 5年に一度実施される法務部門実態調査の分析報告書です。法務部門がどのような体制でや社内でどのような役割を担っているか,法務人材がどのように管理され,どんな業務経験を経ることになるのか等,多岐にわたるアンケートに対する1233社もの回答を,会社の規模や業種ごとに比較して詳細な分析がなされています。

 また,近年増加している企業内弁護士(いわゆる「インハウス」)に関しても,採用経緯や企業内弁護士の処遇,企業が企業内弁護士に求める役割や能力等について,アンケート結果を踏まえた分析を行っています。インハウスに興味はあっても具体的な職務内容や業種によるインハウスの需要がよく分からないという方は,「第Ⅳ章 弁護士」の部分だけでも一読することをお勧めします。

法律時報増刊「新型コロナウイルスと法学」

 法律時報が2020年~2021年にかけて度々実施してきた,新型コロナウイルス感染症をテーマとする特集・特別企画等に収録された諸論文をまとめたものです。各論文は,感染症法・特措法の仕組みの解説から「緊急事態宣言」や「まん延防止等重点措置」といった,もはや私たちにとって聞き慣れた制度の法的性質やその運用の在り方を問い直すもの,更には政府・行政組織の新型コロナウイルスという危機への全般的な対応の是非を論ずるもの等,コロナ禍をめぐって生じた問題について非常に多岐にわたる観点から分析検討がなされています。

 私はコロナ禍における労働者保護や家賃問題,企業法務とコロナの関係(バーチャル株主総会の導入等)に興味を持っていたのでこの本を購入しましたが,元々興味のあった上記事項以外にも数多くの問題があり,法律家として議論していく必要があることを実感し,社会の動向についてもっと広く目を向ける重要性を感じました。未だ収束していないコロナ禍について,法学の観点からこれまでどのような問題が生じており,また今後どのような課題があるのかを検討していくために,是非読むべき一冊だと思います。

(後,なんというか即物的な話ですが,コロナ禍のような状況下における大規模な行動制限措置の合憲性は今後司法試験・予備試験で扱われ得るテーマだと思われるので,同書収録の江藤祥平教授の論文『匿名の権力 ―感染症と憲法』(同論文は法律時報2020年8月号〔92巻9号〕の小特集にも収録されています)等は,受験的に一度目を通しておいた方がいいと思います。)


ダニエル・カーネマンほか「NOISE 上: 組織はなぜ判断を誤るのか?」

行動経済学」(経済学に心理学の要素を足した学問であり,人間の行動にみられる不合理性や心理的側面を重視する点に特徴があります)の第一人者である同氏が,一般に均一的な判断がなされると思われている組織・集団の判断には,その実,判断者毎あるいは機会毎によってばらつき(=「ノイズ」)がみられ,更に「ノイズ」は一般に予想されるよりもはるかに大きいものであることを示した書籍です。
「ノイズ」を示す象徴的な場面を以下引用します。

未成年の被告人を扱った事案数千件を分析した調査では,週末に地元のフットボールのチームが負けた場合,月曜日の判決は厳しくなることがわかった(程度は小さくなるものの,火曜日以降も厳しめである)。また黒人の被告人は,ひいきのチームが負けて不機嫌な裁判官のとばっちりを受けやすい。三十年間に下された判決百五十万件を分析した別の調査でも,地元のチームが負けたあとは,買ったあとより量刑が厳しくなることが判明している。 【第1部第1章・28頁より引用】

 これは,1970年代に米国の刑事裁判において量刑の甚だしいばらつきがみられたことを示したものであり,これらの実証研究を経て1984年には量刑改革法が制定され,その翌年には量刑の幅を制限する量刑ガイドラインが策定されています(もっとも,ガイドラインについては批判が絶えず,2005年にはガイドラインの法的拘束力が否定され勧告に格下げされたそうです)。

 現在,私を含め司法修習生は裁判所や検察庁といった組織の中に入り,裁判官・検察官が何を考えて事件処理をしていくのかを間近で見る機会を頂いています。そこでは,裁判官や検察官が当初自分が思っていた以上に個性的であり,かつその個性が(上記で引用した例と比べればはるかに些細ではあるものの)事件処理に影響しているのではないかと感じる場面が度々ありました。こうした影響―カーネマン氏からすればノイズによるばらつき―が行き過ぎれば,「裁判所・検察庁はあまりに不公平である」と評価され,司法権の独立の根拠たる国民の信頼を失うことになるでしょう。 

 他方で,裁判官や検察官の個性がもたらす影響/ノイズを除去することが必ずしも適切であるのか疑わしい面もあります。即ち裁判官は「良心に従い独立してその職務を行い,憲法及び法律にのみ拘束されること」が憲法76条3項により定められており検察官も「独任制官庁」として,個々人が検察権を担うとされので,裁判所・検察庁としての一律で定式的な判断を強調することはこれらの原則に反する事態を招きかねません。

 以上のように,現在自分が接している裁判所や検察庁といった組織がノイズについてどのように向き合うのが適切なのかは私自身考えがまとまらないところがありますが,少なくとも意思決定におけるバイアスやノイズの存在を自覚することは重要だと思います。このように様々な示唆をもたらす書籍なので,是非皆さんに読んでいただきたいです。

今後読む予定のもの

西山茂「『専門家』以外の人のための決算書&ファイナンスの教科書」
田中慎一=保田隆明「コーポレートファイナンス 戦略と実践」
MHMキャピタル・マーケッツPG「エクイティ・ファイナンスの理論と実務」
上で紹介した「NOISE」の下巻

については,既に購入済なので順次読み進めていきたいです(3月中に読めたらこちらの記事に感想を追記します)。
ただ,要件事実やTOEIC,簿記の勉強にそろそろ着手しなければならないので,それらが一段落してからにしようと思います…



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