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療育病院での実際の指導

息子が療育の病院に通い始めました。

そこには、重度の脳性麻痺などのお子さんもたくさんいました。


それまで、自分の中で思っていたイメージはすっかり変わり、

いつの間にかそこに行く事が楽しみとなりました。


OT(作業療法)、ST(言語療法)、SST(ソーシャルスキル)を

作業療法士、言語療法士、心理士のそれぞれの専門家が

40分間、マンツーマンで教えてくれます。


OTでは、おもちゃや、ゲームなどで細かい物を指先で使ったり、

クライミングやブランコ、ボールプールなどで身体を使ったり、

パソコンで文字を入力したりパソコンで大きな文字をなぞったり。

楽器、本を見て表現したり、

毎回、毎回レパートリーがすごいです。

保護者も一緒に見学して、楽しみながら見守ります。

先生は最後にその日の感想や私からも質問にアドバイスなどをしてくれます。

高学年になると、同じ年代の友達と合同でカレーやお好み焼きなどを作ったり、ドッチボールや簡単な野球をしたり、
楽器の演奏をしたり、ある時はイベントに参加してそこで楽器の発表したり、自分の興味のある事について調べたことをまとめ、発表する場を設けてくれました。

合同でやる事は、リーダーを決めて、ひとつの物を作ったり、作業したり、ルールを決めたりと話し合いで、意見を言う発言力、リーダーシップ、
協調性、自主性、行動力、考察力、

1人でマンツーマンで教えてもらう事とはまた違う、
社会性を学ぶ絶好の機会でした。


STでは、言葉の使い方、表現、言いづらいカ行などを道具を使って練習したり、

水を使って舌の動きをできるようにしたり、ルールを覚えたり、

おもちゃも使って遊びます。

言葉の表現を促すために、お話したり、

そんなやりとりをずっと親は横で見ています。

今思うと家でもできる遊びを

じっくりとやっていたのだと思います。


SSTは社会的なルールを学ぶんですが、

おもちゃの使い方、遊びをするのにルールを教えてやってもらったり、

グループ分け、すごろく、

年齢で段々、変化していきました。

やる前には、最近の様子や困ったことなどを自分で表現できるか

落ち着いて遊びやゲームができるかを

先生が見ていました。

高学年になると呼ばれて一人で先生と授業を受けていました。


始めの頃は幼稚園でも落ち着きがなかったので、

うまくできなかったりもありましたが、

小学生になり、6年生で先生から

「学校でも落ち着いているし、通級にも通っているので

そろそろ、終わりにしようか」と言われた時は

嬉しかったです。


その頃は、先生と将棋をしたり、落ち着いていました。

小さい頃と比べると、本当に成長したと思います。


ある知り合いのお母さんは、

「あんな事やってただ遊んでるだけで、行く必要があるの?」と

言っていました。


でも、私にはそのただ遊ぶことができなかったり、

適切な時期にできなかったのではないかと思っています。

子供は、遊びで発達するものです。


特に昔やっていた外遊び、

おはじき、お手玉、手遊び、あやとり

そういう遊びの大切さが身に沁みました。

先生達は本当に専門性に富んでいて、

その子その子の細かい成長や気づきを見落とさずに伝えてくれます。

よく見ている。その一言でした。


親にとって今まで閉ざされて不安で過ごしていた時期より、

少しでも成長があればと願い、

褒めてもらう事で次第に気持ちが変わりました。

親の療育の場でもあるのかもしれません。


年齢が進むに連れて、行ける時間も限られ、

まだカ行が曖昧で、たまに友達に言われていましたが

STは1年生くらいで、卒業する事が出来ました。


私も、療育のおかげで素晴らしい方々に出会う事が出来ました。

療育を怖れていたのがなんだったのかと今では思います。


8年間くらいですが、療育施設に通い、先生達や看護師さん、事務の方

同じようなお子さんやご両親、祖父母の方々

温かい人たちに恵まれました。


帰り道に食べた、たい焼き、そんな事も楽しい思い出です。

親にとっても貴重な経験と知識となり、成長の場でもありました。

療育施設にはハトの像がありました。

息子はそれを見て「ハトの病院」と言っていましたが、

「なぜ行っているんだろう?」とは一度も聞きませんでした。


その8年という時間は、息子がくれたプレゼントです。




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