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カンボジアへの好奇心。

大学生のカンボジア支援ボランティアについて思う事がある。

私は、大学1年生の時からカンボジア教育支援のボランティアに参加している。そして、これまで3度カンボジアへの渡航歴がある。

私は常に考えている事、それは、大学生ができるカンボジアへの支援って何だろう?

この団体に所属するにあたって、教授に言われた事で今も心にずっと残っている事がある。

大学生が支援できる事は知識、金銭面で限られている。もし、本当に支援したいと思うのなら、現地に行って、日本語を教えたり、教科書を寄付したりするんじゃなくて、その現地に行くお金、教科書を買うお金を寄付しなさい。それが彼らが豊かになる1番の方法だから。私たちが、活動する意味は、現在のカンボジアの本当の姿を知る事、そして、この支援を通して自分たちが学び、これから生きていくための経験と知識を得る為だと。

確かにそうだと思いませんか?

多くの大学生ボランティア団体は、子供達に日本語を教えたり、本や文房具を寄付しているようだが、それって一時的なものに過ぎませんよね。

実際、私たちは学ばせてもらっている立場であり、支援をしているんだと間違っても上から目線で驕ってはいけない。私はそう思う。

カンボジアに初めて行った時、日本人大学生の多さに驚いた。シェムリアップのナイトマーケット、クラブ、バー、日本人大学生がうじゃうじゃといるのだ。本気で支援をしに来ている人もいるだろうが、そうではないように見える人も多く、それはショックだった。

それと同時に先生が言っている意味が少し分かった気がする。仮に100人がカンボジアへ行かず、航空券代を寄付するとしよう。航空券代を往復10万とすれば、1千万寄付できるのだ。そっちの方がカンボジアの発展の為なら望ましいだろう。

ただ、私はボランティアに対して反対派ではない。

最近は、このようなボランティアのおかげで、日本語をもっと勉強したい!日本の大学院に進学したい!と目標を持って、叶えている人もいる。

そして、以前よりもカンボジアの情報が手に入れやすくなり、家族旅行でカンボジアを選ぶ人も多くなってきた。カンボジアは観光業で儲けている国なので、どんどん観光客に来てほしい。またカンボジアのイメージと現実は大きく離れている。それについても皆んなに知ってほしい。

また、私自身、カンボジアに行く事で、自分が大学で好きな事について学べる幸せ、大学に行かせてくれ、こうやってカンボジアに行く事を応援してくれる両親の存在について再確認する事ができた。

カンボジアでは、勉強したくてもできない人たちはいっぱいいる。支援しても家庭の事情、考え方が変わらないと一向に改善はされない。まだまだ、カンボジアには課題がたくさんある。一歩一歩、少しづつ、前進していってほしい。いや、もつ大きくスピーディーに変わっていってるね。

カンボジア万歳。

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