『シカゴ7裁判』
◆シカゴ7は何と闘っているのか
この物語の登場人物たちは、伝統にすがる権威主義(父)と自由に手を伸ばす革新派(子)のどちらかに分類することができる。前者は、ホフマン判事・ ミッチェル長官など司法や警察などの機関に属する公人だ。後者は、トムやアビー達のような反体制の活動家、また、ボビーも含めれば社会的弱者である。政治裁判とアビーが揶揄するように、法廷において被告側の発言は潰され、彼らに不利なように事が進んでいく。現司法長官のミッチェルが「古きよき慣習を取り戻す」と言うように、権威主義の彼らは、安心して"椅子に座っていたい"のであり、それを脅かすものは反乱分子として排除せずにはいられないのである(キング牧師・ケネディの暗殺、ボールドウィン愛読者の陪審員の解任)。
それに対して、言うことも聞き入れてもらえず、行先も阻まれ追い込まれていく社会的弱者。そして、出兵し戦争の駒として使われるのもまた、社会的弱者である彼らだろう(参考作品:Da 5 Bloods)。だからこそ、シカゴ7は反戦を訴え、権威主義に抗い、自由に手を伸ばし続ける。悪ガキと言われようと、罪の濡れ衣を被せられようとも、闘い続けなければならないのだ。
◆抑圧される"種類"の人々
作中ではシカゴ7が法廷で弾圧され続けるが、デモの暴動とは無関係の黒人ボビーが召喚されている。殺人の容疑をかけられている彼をこの裁判に混ぜる事で、手っ取り早く有罪判決へ持ち込もうとした司法側の策略だろう。判事の指示に従わなかったボビーは殴られ、猿轡をされ、もはや公正な裁判などそこにはなかった。ブラックパンサー党の幹部フレッドが暗殺されたことも含め、人種差別がアメリカの歴史に根差しているのは見るに明らかだ。
また、デモ行進の際に、アメリカ国旗を掲げた少女が、フラタニティの男子学生たちに引き摺り下ろされ、服を剥がされるシーンがある。フラタニティの彼らの「女は料理してろ」というセリフからも、性差における優劣、すなわち男女差別の歴史が垣間見える。公園で女性がブラジャーを燃やしていたのもその一端である(ウーマンリブ)。
司法とシカゴ7の間以外においても、優劣や上下関係を規定し、それに基づく横暴が、アメリカには確かに存在する。
◆アビーが道化を演じる理由
どこかふざけていて、一見するとお調子者のようなアビーだが、その態度には理由がある。トムと口論するシーンで、反戦の意思を否定され感情的になるアビーが印象的だ。戦争の終結を強く願っているが、そのために正統なルートを通って実現させるのが、アビーにとっては難しい。なぜなら「金がない(=力がない)」からだ。資本主義というシステムでは貧富の差が生まれ、その下層に属する者(前述の社会的弱者)は自由を得られない。アビーが人目を引こうとするのは、そのやり方でしか進めないからである。同じ反戦意思を持ちながらも、選挙に勝つことを最優先の目的とするトムに対し、アビーは彼を有能であると認めながら同時にもどかしさも感じていた。それはトムの"アメリカの教育"に毒されている部分に起因する。
◆"優等生的"活動家トムの行方
裁判の前に散髪したり、決め事を忘れて起立してしまったりと、親世代から"アメリカの教育"を受けて育ったであろうトム。アビーとは反対に、正統な道筋、すなわち選挙に勝って発言権を得ようとするが、逮捕されたことでアメリカの権威に押し潰されてしまいそうになる。そういった状況をするりとかわして飄々としている風なアビーが不真面目に見え、トムは許せないのだった。だが実際には、アビーは見た目よりもずっと賢く、慧眼を持った人物だ。トムの声明文すべてに目を通し、彼の"文脈"をいち早く理解した。だからこそトムはアビーを証言台に立たせたのだ。目的意識ばかりにとらわれて、誰のための闘いかを忘れてしまえば、権威主義(「この国のシステム」)に屈するのと変わらない。最高にイカすアメリカ愛国者であるトムは、最後の陳述で立ち上がり、戦死者の名前を読み上げるのだった。
◆なぜシュルツ検事は立ち上がったのか
司法長官が勧めるウイスキーを断る等、作中を通して見られる反応からもシュルツは精神的に社会的弱者の立場に寄っているように思える。だが、彼は検事として生計を立てる以上、上の存在に逆らうことはできない。権威に反意を示せばすぐに職を失い、家族を養えなくなる。本来、公正でなければならない彼の姿勢は、アメリカの伝統的マナーによって足元から崩されていた。それでもシュルツは、社会的弱者の正当性を強く理解している。彼が成し得なかったことを、シカゴ7が貫徹したからこそ、敬意を込めて最後に立ち上がるのだ。
権威主義の親世代に虐げられ、60年代から50年代(権威主義の前時代)へ突き返されそうになるシカゴ7だったが、彼らは70年代、さらにその先の未来へと歩み進んでいく人物だ。星条旗の服を着ていたアビーも、議員に当選したトムも亡き現代こそ、その姿を世界は見なければならない。
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