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ショート 悪夢「絞首刑」

 コツン、コツンと階段を上っている。下っているのでなく、上っている。階段の材はなんだろうか。石でも木材でもなく、コンクリートでもない。ただ足音は堅く冷たい。階段の幅は1メートルはあるが、その端に手すりなど無く、その両脇の向こうはひたすらに真っ暗だ。底は見えず、落ちれば助からないことだけが分かる。
 私の首には首吊りで使われるような縄の輪がかかっている。そして、この階段はどこかのタイミングで足場が消えるように抜け落ち、絞首台のように首にかけられた縄が落下の自重で私の首の骨を折って私を殺すのだ。それが分かっていてもなお、私はいつ落ちるかも分からない自由落下に怯えながら、階段を上ることをやめられないでいる。
 なぜこんな目に遭っているかは私には分からない。無自覚の罪の意識だろうか。私以外に人もおらず、誰に命令されたわけでもないのに、私はこの落下の運命を受け入れている。チクチクとした縄の質感が首から伝わってくる。もちろん縄を首にかけたことなどない。この感触はどこからきたのか。小学校の体育館にあった登り綱の手触りに近い。
 一段、また一段と上るとともに、次は落ちるんじゃないかという恐怖が迫ってくる。もしかするとこの恐怖こそが私への罰なのだろうか。私が気付いていないだけで、私の言動や態度で故意にまたは無自覚に誰かを傷つけたかもしれない。これはそれを省みる時間なのか。ごめんなさい、ごめんなさいと分からぬ誰かに謝りながらまた一段、階段に足をかける。落下に怯えながらも足を下ろすことをやめられず、一段上るたびにゆっくりと首の縄が締まっている気がして息が苦しい。
 そして、避けたかった瞬間がやってくる。ここまでどれほどの時間がかかったかは分からない。振り返ればあっという間だったかもしれない。私が次の段に足を踏み下ろすと同時に、それはやってきた。そこにあったはずの足場が消え、私は落ちた。耳の内側からゴキッと私の首を折る音が聞こえてきたのと同時に、私は意識を失った。

 夢から覚めると、私の身体はベッドに叩きつけられたかのように痙攣する。そして、この時の私はいつだってうつ伏せで寝ている。あの息苦しさは枕で塞がった気道のせいだった。閉ざされた気道が私を酸欠へと追い込み、あの落下が私の限界点なのだと教えてくれる。私はひどい冷や汗をかいていた。ひどい夢をみたものだと、私は仰向けに向き直して深く呼吸をする。

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