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日本野球科学研究会に行ってきた

 日本野球科学研究会に初めて参加してきました。第6回目の開催となった今回は筑波大学にて行われました。今回はざっくりその内容紹介と、僕なりに感じたことを書きたいと思います。(一応)各開講テーマごとに感想を書いているので、「なげえ」という方は興味のある所だけでも読んで頂ければ。

シンポジウム①(第1日)

 第1日目のテーマは「野球人口減少への取り組み」現場の指導者・研究者をされている3人の先生方が、高校野球・少年野球、そして大学OBの立場から、競技人口増加のために行っている取り組みを紹介しました。内容の詳細は大会にも参加されていた広尾晃さんの記事で紹介されているのでここでは割愛。

 お三方とも大変興味深い内容の取り組みで勉強になったのですが、特に筑波大学講師の岡本嘉一先生の、自身が運営する少年野球チーム「春日学園少年野球クラブ」の取り組みには興味を惹かれました。

 厳密な球数制限や行き過ぎた勝利至上主義、感情的・トップダウン的な指導の否定と並んで強調されていたのが「選手の生活を縛らない」という点。春日学園クラブでは、「週末1/4ルール」と題して、週末のチーム練習の時間を土日のどちらか1日、午前午後いずれか片方のみに限定して行っているそうです。狙いとしては子供たちが他の競技や勉強に打ち込む、あるいは中・高と進むにつれて縮小されていく家族との時間を大切に使わせることに加えて、自発的な練習の促進があります。

 全体練習は半日で終わっても、その後各自が望んで練習を行うことについては一切禁止をせず「全体練習は自主練習の発表の場」という意識付けを行うことで、選手の「もっとやりたい」という気持ちを引き出すことができるとのこと。さらに、その「もっとやりたい」の受け皿には、筑波大学の大学院生による科学的な根拠に基づいた指導体制を用意(岡本先生は練習メニューの設計から試合のオーダー編成に至るまで、采配の全権を大学院生に委任しているそうです。しかもその指導に父兄から反発を受けたことは一度もないとのこと)。

 結果チームは県内の大きな大会で好成績を収めた他、他競技との掛け持ちをしながら試合に出場したり、地元の進学校への合格を目指す選手が在籍する、実力と多様性を兼ね備えたクラブとなったそうです。母親の「マネージャー化」を防ぐ目的で導入されている父母会設立の禁止を含め、こうした取り組みは少年野球への「古い」というイメージを払拭、野球をやらせることへの抵抗を取り払うことで野球人口の回復につながるということです。非常に先進的・画期的な取り組みで大変参考になりました。

 弘前聖愛高校監督の原田一範先生、東農大学准教授の勝亦陽一先生が紹介されていた取り組みにも共通していた考え方が「視点の多角化」です。「野球第一主義」からの脱却を図る春日学園クラブや「野球遊びのレクチャーは行うが、その後は何をして遊んでくれてもOK」という形でグラウンドを提供する勝亦先生らの取り組みは、子供の数そのものが減少傾向にある日本にあって、野球をやること、野球で遊ぶことの機会費用を最小限に抑え「野球のための日常」を「日常の中の野球」に変える、重要なアプローチだと思います。

 また、弘前聖愛高校の高校生による未就学児向けの野球遊び教室には、遊びの普及だけではなく、指導する側である生徒自身への影響も大きく、指導者の道を志す選手の数が大きく増えたそうです。特定のカテゴリーに対するアプローチを行うだけでなく、将来の指導者となる世代にその機会を与えることが、野球界に大きなプラスとなることはいうまでもありません。

 今後は、それぞれの地域・環境ならではの特性を生かしたこれらの取り組みをいかにして一般化し、全国に普及させるかについても議論・検討が必要になると感じました。

ポスターセッション

 高校生から企業に至るまで、様々な研究分野・バックグラウンドを持つ人々が「野球」という軸を共有し、様々な視点から行っている研究を発表していました。

 各研究タイトルは同じく広尾さんが書かれたこちらをご参照下さい。
 個人的に特に興味を惹かれたのは、バッテリーの配球戦術に関する研究(引用した記事の4ページ目、P-62)。実際に投球されるコースが狙ったコースに依存して確率的に決定する、すなわち「狙ったところに必ず投げられるわけではない」という仮定をモデルに組み込んだ上で、平均的な能力を持つ仮想の投手の確率分布を設定。実際のNPB打者のコース別打率・長打率を元に最適な投球コース(狙うコース)を求めるというものでした。打者が特定のコースを狙うといった戦術選択を行うことをモデルに組み込めばゲーム理論的な分析も可能になりますし、例えば「コース別打率を計上する際、コースはどれくらい細分化すべきか(2×2、3×3、…)」といった問題にも答えられるような気もします。経済学を勉強している人間としては非常に興味深い研究でした。

 2日目の終了後には優秀な研究に対する表彰も行われ、受賞者賞品も贈呈されていました。興味のある方は来年挑戦してみては。

2019年8月22日追記
今大会で大会新人特別賞を受賞した米子東高校の皆さんが2019年の春夏の甲子園に出場されました。おめでとうございます!

情報交換会

 1日目の最後には立食形式で参加者同士が親睦を深めました(たぶん)。個人的には北海道大学で学生コーチを務めていた栗山彰恭さんとお話ができたことが最大の収穫でした。野球界はまだまだ発展の余地がある、だからこそ我々のような学生にも革新を牽引していくチャンスがある、ということを再確認できた気がします。

シンポジウム②(第2日)

 ここから2日目。シンポジウムのテーマは「女子野球の躍進とこれから」。女子野球・女子スポーツに携わるお三方の講演が行われました。

 急速な発展に伴い、「女子を教えられる」指導者の不足に悩まされる女子野球。この大会も参加者は9割以上が男性で、ソフトボールを含めても女性はほとんどいらっしゃいませんでした。W杯6連覇を果たした女子日本代表を初の女性監督として率いた橘田恵監督が参加した講演にあって、「女子野球人気上昇に貢献した」と紹介された女子プロ野球関係者がほとんど参加していなかったことには少し違和感がありました。橘田監督が強調した「女性が女子選手を教える」ことのアドバンテージを享受するためにも、まずは男性の女子野球への理解の促進、そしてこの大会のような技術・情報共有の場への女性の参加を促す土壌・仕組みづくりが求められるでしょう。

 このシンポジウムのコーディネーターを務めた女子野球チーム「新波」代表の石田京子さんは現在、筑波大学の学生として野球の研究をなさっているそうです。彼女のように現場と研究の場を直接つなぐことのできる女性の存在は、今後ますます重要になっていくと思います。

 一方で、女子野球の取り組みは、人口減少に悩む男子の野球界の問題とも非常に密接に関わっているように感じられました。前段落でも挙げた通り、女子野球の急速な普及にはプロ野球・高校硬式野球部の広がり、あるいはNPB主催の女子学童大会「NPBガールズトーナメント」といった「目指す先」の具体化が大きな役割を果たしています。翻って男子の野球はどうか。前回のnoteでも議論した世界トップレベルへの挑戦を妨げる移籍規制や、シンポジウム①で問題視されたレベルの低い指導者の存在は、「目指す先」としての野球・プロ野球の姿を霞ませてはいないでしょうか。

 NPBという巨大な市場を持つ男子のプロ野球コンテンツは女子野球が他の女子スポーツと比較した際に大きなアドバンテージになる存在です。女子野球、ひいては日本野球全体がこれをある意味踏み台にして更なる発展を遂げることを願ってやみません。終わりみたいになってしまいましたが、まだちょっとだけ続きます。

オンコートレクチャー

 オンコートレクチャーは2つのトピックから1つを選んで参加するスタイル。ぼくはエンゼルスの田澤純一投手などのトレーナーを担当されている井脇毅さん、ロッテの投手コーチに就かれた吉井理人さんによるレクチャー「メジャーリーガー・プロ野球選手のコンディショニング」に参加しました(吉井さんは毎年この大会に出席されているそうです)。もう一つは「野球あそび」と呼ばれる、未就学児童を対象とした簡易ゲームのレクチャーでした。

 ぼくの印象ではこのレクチャーが一番盛り上がっていたように思います。トレーナーなど、選手の身体のケアの専門家も多く参加されていたので非常に活発に質問が飛び交っていました。

 吉井さんには投手コーチとして選手のコンディションをどう維持・管理していくかについても質問がありました。「レギュラークラスの選手には技術指導を行わない」「それ以前のレベルの投手に対しては選手自身に課題の明確化を促す」といったポイントと並んで強調されていたのが「選手は行けるかと聞かれたら行くと答える。ボールが悪ければまずその選手の身体に異変が起こっている可能性を考える」という点。吉井さんのブルペン運用哲学が垣間見える、示唆に富んだレクチャーでした。

ワークショップ

 ワークショップも2つの開講科目から好きな方を選んで受講する方式。ぼくが参加したのは「力検出型センサーバットによる打撃動作の分析」で、バットに取り付けたセンサーでスイング動作の過程に働く力の向き、強さを分解し、打球を遠くに飛ばすために最も重要な・効率よくエネルギーに変換できる力はどこで獲得されるかを分析されていました。

 物理は中学の時にニュートンの矢印が書けずに挫折した弱者なので「ほえ~」と思いながら聞いていたのですが、面白かったのは、ヘッドスピードの加速を得る上で最も大きな貢献をするのが、関節トルク項(関節の回転によって生まれる力)ではなく、遠心力・コリオリ力・ジャイロ力によって構成される運動依存項であるということ。特に野球のバットスイングは、やり投げやテニスのサーブ動作といった他の動作と比べても、この運動依存項の貢献する割合が大きいそうです。体が小さな選手もメカニクスが改善されれば強い打球を打てるというのはこのあたりから来ているんでしょうね。

 講師を務めた筑波大学・小池先生の説明も非常に分かりやすく、拝聴していてとても参考になりました。来年の大会にはもう少し物理学の知識を身に付けて参加したいものです。

日本野球科学研究会からの提言

 日本野球科学研究会として取り組んでいるプロジェクトについての説明・ディスカッションが行われました。テーマは「スポーツ社会学の視点からのスポーツ・アスリートを育成するための提言」「二段モーションについて、科学的視点からの提言」「ジュニアからユースまでの育成・予防・安全管理」の3つ。

 特に注目を集めたのが、二段モーションに関する提言。先の規則改正に関連して、二段モーションの技術的なメリット・デメリットを科学的に検討してほしい、という依頼を受けての調査だそうです。二段モーションとオーソドックスなフォームのそれぞれで投げる投手の比較実験により、フォームの違いが投手本人、そして対峙する打者のパフォーマンス・故障リスクに対してどのような影響を与えるのかを検討。それぞれのフォームに顕著な違いは観察されないというのが現段階での結論として得られました。

 ぼく自身は、二段モーションを問題視する意義は二段で投げたり投げなかったりする投手をどう扱うかにあるという立場を取っていて、比較対象にこのタイプが盛り込まれなかったことはちょっと不思議でした(その旨の質問もフロアから上がっていました)。また、走者が1塁にいない場面でクイックモーションを使ったり使わなかったりする戦略とはルールとして区別する意義があるのか、「二段で投げる」ということの効果と「普段と異なるフォームで投げる」ことの効果をどう識別するのかといったポイントについても伺いたかったのですが、残念ながら時間が足りず。今後も議論が必要なテーマだと考えられます。

 報告者を務めた大阪大学 松尾知之先生が最後に付け加えた「二段モーションは本当に『不自然な』フォームなのか、まだはっきりした答えが出ていない」という言葉が、問題の複雑さを表しているのかなと感じました。

雑感:分野横断的・体系的な研究で更なる発展を!

 ここからは(ここからも?)大会を通して感じた私見。
 まず強く感じたのは、「野球」というテーマの持つ研究可能性の膨大さです。打球を遠くに飛ばす、あるいは投手の疲労を最小限に抑えるためのバイオメカニクス・スポーツ医学の観点はもちろん、チームの得点をさらに増やすために最適とされる作戦は何か、という戦術選択の観点、道具としてのグラブの歴史やヨーロッパ野球についての文化的観点に至るまで、本当に様々な分野からの研究が紹介されました。参加者も技術指導・ケアの現場に携わる指導者・トレーナーの方、大学教員・大学院生などの研究者から選手・フロントとしてプロ球団に携わる方と幅広く、それぞれのテーマが文理・分野を超えた多様な視点から扱われていました。これは野球以外でもそうですが、「どの分野から」ではなく「何を」に軸足を置く研究会の強みだと思います。

 ただ一方で、あるいはだからこそと言った方が適切かも知れませんが、こうした多様性に対する学会自身の理解・準備に関して、不充分な点が多々あるように感じました。自身の研究分野と異なる分野の発表を聞くためには聴く側に相応の準備が必要ですし、逆に自分の分野についてよく知らない人に説明するためには、自分の研究の位置づけや、前後の研究の確認とその関係の明確化が求められるはずです。

 ポスター発表の項で挙げた研究以外にも興味を惹かれた研究は数多くあり、「自分の分野のこういう方法をこの分野に持ち込めばもっといい研究にできるのでは」と感じたものも少なくありませんでした。分野間のシナジー効果を最大限に引き出すためにも、ポスター形式でより多くの研究を発表するだけでなく、「なぜその研究なのか」「ここまでに何が明らかになっていて、何を知りたいのか」を明確化させるための準備が必要になると感じました。

 もちろん、野球をテーマにした全ての研究がこの場で発表されているわけではありませんし、その必要もありません。が、フラットな視点から野球を語れる学会という場での発表・情報共有の場がもたらす効果・メリットは決して小さくありません。野球科学研究会の発展は、そのまま日本、ひいては世界の野球界発展に直結するものだと思っています。もちろん、規模の拡大がもたらす発展の余地も充分に残されていることでしょう。Twitterで分析・研究を紹介されている皆さん、そこまでは行かないけれど野球が好き、という皆さんも次回は是非参加を検討してみてはいかがでしょうか?というお誘いで今回は締めとさせて頂きます。

日本野球科学研究会、および第6回大会のウェブサイトは以下のリンクをご参照下さい。

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貨幣の雨に打たれたい