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FAに「宣言」は必要か

 今回はFA権についてです。FAを扱うのは2回目ですが、今回はその最初のステップである、権利の取得と行使に焦点を当てたいと思います。

FAは「移籍する権利」ではない

 そもそも、FA権を行使することにはどんな意味があるのでしょうか。

 NPBにおいて、「FA権を行使する」とは、所定の手続きを経て球団が持つ保留権を選手の側から破棄することを指します。これにより、選手は所属球団のみとの契約が許される状態から、自由に所属球団を選択できる状況になります。選手を自分自身の野球選手としての価値と引き換えに球団から対価を得る「売り手」と考えると、前者の状況は「買い手独占」的な市場と捉えることができます。

 買い手独占的な市場では、通常選手の賃金(選手は個人事業主なのでこの表現は正確ではありませんが)は、自由競争市場(各球団が自由に契約交渉をできる状態)において合意される額に比べて低くなると考えられています。条件の良くない契約をオファーしても、選手としては他に契約できる球団が存在しないわけですから、球団に保留権のあるうちは比較的安めの年俸で契約する、ということで、これは直感的にも分かりやすいと思います。

 選手の価値は入団してすぐに明らかになるわけではありませんし、場合によってはその選手の価値を高めるための投資をすることもある(2軍戦の費用負担・練習場の提供・整備)ので、一定期間について移籍を禁じるルールを設けることは無理のある考え方ではないでしょう(*1)。「自由がないのも困るけど、完全にフリーにするには不確定な要素(結果が出るか出ないか)が多すぎるよね」ってことです。
 

 ここに「一定期間一軍で活躍した選手は、この制約を受けなくてもいいよ」というのが、FA権を取得・行使することの最大の意義です。各球団がその選手に見合うと考える価値を申告して、選手の側が最も好条件だと考える契約を結ぶことができる、ということで「自由競争市場への移行」が起こる、と解釈することができるわけです(*2)。

 重要なのが、この文脈の中で「移籍」という単語が一度も登場していないことです。FA権を行使する選手からすれば「一番いい条件を提示した球団と契約したい」以上の考えは必要なく、元の球団が一番の好条件を提示するならば、当然残留することも選択肢にあるわけです。しかし、現行ルールにおける日本のFA制度は、この「残留」という選択肢を必要以上に強く区別してしまっているように思います。

*1 この考え方は、「どの球団に入ったとしても、設備環境や契約条件がある程度平等に提供される」という前提の下に保証されます。今回はその前提が成り立っているかについては言及しません。

*2 この文脈を許容するならば、FA宣言を行った選手の契約は宣言前よりも改善するはずです。しかし、現行のルールでは、FA選手を獲得する場合、翌年度の年俸は特に断りのない限り現状維持とすることが定められています。NPBはこの規定の意図について「獲得競争の極端化を防ぐため」と説明していますが、本項で記述したように、選手の最大の目的は移籍することそのものにはないと考えられるので、この点についても再考の余地があると思います。

「権利行使」の手続きが持つ意味

 その原因となっているのが、今回のタイトルにもなっている「FA宣言」というシステムです。FA資格の要件を満たせば自動的に自由な交渉が可能になるMLBとは異なり、日本の場合はFAになること自体を、権利を持つ選手が表明する必要があります。ぼくは、一見大差ないようにもみえるこの制度的な違いが、実はFA移籍のための大きな障害となっていると考えています。

 日本のFA市場では、しばしばその選手の現在の所属球団がいわゆる「宣言残留」を認めるかどうかが話題に上ります。中にはFA宣言をした時点で原則引き留めはせず、宣言残留を容認しないことを球団方針としているチームも存在します。

 現行制度では、FA宣言を行うまで他球団と交渉することは一切許されていないので、選手は在籍球団のFA宣言に対する姿勢、あるいはそれ以前に提示された契約内容のみに基づいて、まずFA権を行使するかどうかを決めなくてはいけません。言い換えると、FA権を取得した選手は、他球団と自由に交渉できる権利を持っているにも関わらず、それを行使するかどうかを在籍球団に(ある程度)コントロールされている、ということです。

 昨シーズンオフのFA宣言選手と、その資格を有していた選手の一覧です。国内・国外併せて30人近い新規取得者に対し、権利を行使したのは4人(他にBs平野佳寿、H鶴岡慎也、M涌井秀章が宣言)。MLB移籍を目指して宣言、叶わず残留した涌井を除けば全員が他球団に移籍しています。権利を取得した選手全員が自動的にFAになるシステムであれば他球団とも交渉していた可能性のあった選手が「権利行使」という手続きの存在によってそれを阻まれていた可能性もある、ということです。

 前項で示した通り、FAになることの最大の意義は「どの球団とも自由に交渉できること」にあるわけですから、現行システムにおいては、権利取得までの期間以前に、そもそもFA権を獲得することによるメリットが充分に発揮されにくい構造が与えられていると考えることができます。


 また、ここまでFA宣言を「全球団がフラットに競争できる状態」として話を進めてきましたが、実際には権利行使の障壁以外にも、元の在籍球団が有利になるようなシステム設計が組み込まれています。これはMLBでも共通ですが、FA移籍には元の在籍球団に対する補償制度が設けられているため、他球団が選手を獲得しようとする際には、その選手に対する契約に加えて補償を支払うためのコストが発生するからです。

 「過剰な獲得競争を抑止するため」という理由でこうした補償制度を設けて他球団の獲得障壁を高くしているにも関わらず、さらに権利を行使するかどうかの段階で選手の決断を歪めるような制度が存在している現状は、選手に与えられた権利を(あるいは意図せずに)制限してしまっている可能性があると言えるでしょう。

FA制度の課題

 NPBのFA制度については、選手会からも継続して改善要求がなされており、内容についても詳しく公開されているので、興味のある方は是非チェックしてみて下さい。

 特に選手の契約交渉・移籍の自由を規定するルールは、今回取り上げたような手続き上の制度設計が選手生命にまで直結する可能性もあるため、慎重に議論すべきだと思います。

 そのためにも不可欠なのが、前回のnoteでも取り上げた、NPB全体の構造改革です。各球団が親会社から経営面での自立を果たし、機構の権限を強化して12球団の格差を是正する動きが広がれば「選手はNPB全体で保有し、それを各球団が分配する」という考え方に近いアプローチを取り入れることも可能になるため、FA制度の今後にも大きな影響を与えることと思います。
 

 FA制度については、今回取り上げたテーマ以外にも書きたいことがあるので、今後も定期的に取り上げることができればと思っています。

 最後にややステルスマーケティング気味ですが(笑)、この記事に関連する過去のnoteのリンクも貼っておきます。併せて目を通して頂ければ幸いです。

 今回は以上です。最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

#野球 #経済学 #Ballgameconomics #NPB #FA

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