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オランダ国歌のふしぎ

突然ですがクイズです。
下はオランダ国歌の歌詞を日本語にしたものなのですが、一箇所 不自然な詞があります。
それはどこでしょう?
(翻訳が下手な点は除きます)

我はナッサウエ家のヴィルヘルムス、
由緒あるオランダ家系の末裔である。
我はこの地に
不滅の信念を捧げる。
オラニエ公たる我は、
何者をも恐れず自由なり。
我はスペイン国王に
生涯の忠誠を誓ってきた。
(参照元: オランダ王室公式HP 内の英訳)


お気づきになりましたか?
そう、由緒正しきオランダの家系と称しておきながら、スペイン国王に忠誠を誓ってきたと書かれていますね。

今回はこの歌詞の謎を紐解いていきます。

歌詞の背景

主人公・ヴィルヘルムス

ヴィルヘルムス
Antonio Moro 画/ Public domain
Wikimedia Commons

まず最初に出てくる「ナッサウエ家のヴィルヘルムス」から解説します。
ヴィルヘルムスは英語のウィリアム、つまり男性の名前です。

「ヴィルヘルムス・ファン・ナッサウエ」は古い言葉の為、本記事では字数節約のため参考文献に合わせて 以降「ウィレム・ファン・ナッソー」表記で話を進めます。

彼は16世紀後半、オランダ(ネーデルラント)における指導者的立場でした。



そんなウィレムが22歳の時、フェリペ2世がスペイン国王に即位。
当時オランダは、現在のような独立した王国ではなくスペインの支配下にあった為、このフェリペ2世がオランダも統治することになりました。

フェリペ2世。
「太陽の沈まぬ国」と言われた
スペインの黄金時代に国王を務めた。
Antonis Mor画/ Public domain
Wikimedia Commons



ここでオランダとスペインが繋がりましたね。

ワンマン王・フェリペ2世

さてこのフェリペ2世、オランダ側から見たらなかなかのトンデモ野郎で…
オランダ語が喋れなかったり、極端な宗教弾圧を行なったりして民衆を苦しめました。


ウィレムは先代のスペイン王に非常に可愛がられていた事もあり、初めは息子のフェリペ2世とも協調路線で行こうとします。

しかし結局息子のあまりの圧政ぶりに我慢ならんとなり、スペインに反旗を翻したのです(八十年戦争・1568〜1648年)。

元の地図: Image by Vectonauta on Freepik



この時の情勢を背景に、ウィレムの気持ちをモノローグ式で歌詞にしたものが、現在のオランダ国歌。
先にご紹介した1番の最後の歌詞、

我はスペイン国王に
生涯の忠誠を誓ってきた


とは、元々スペインと良好な関係を築いていたことに由来するわけですね。

まだ残る疑問

とは言え、この「スペイン国王に忠誠を誓ってきた」という締めはやはりオランダ国歌に似つかわしくないですよね。


実はこの歌 15番まであって、続きの詞を読むと ちゃんとオランダ独立への思いが表れた内容になっているんです。

しかしオランダ王室公式HPによると、公の場で歌われるのは殆どが1番のみ(たまに6番が歌われるそうです)。
何故こんな半端な所で切ってしまったのでしょう?

オランダ国歌の楽譜と1番の歌詞。
Public domain / Wikimedia Commons


歌詞に隠された仕掛け

元々この国歌は詞が先にありました。
作者は当時の神学者ともウィレムの親友とも言われており定かではありませんが、ともかく作り手はウィレムを称えるため、詞に'ある仕掛け'を仕込んだのです。

それが、アクロスティックとよばれる技法。
1〜15番までの詞の頭文字をつなげると、’WILLEM VAN NASSOVウィレム ファン ナッソー’(ナッソー家のウィレム)になるんです。

日本文学だと『伊勢物語』の中で使われている

ら衣
つつなれにし
ましあれば
るばる来ぬる
びをしぞ思ふ

の句の頭を取ると「かきつばた」になる─という手法(折句)と同じ。

このアクロスティックを成立させる為、ちょっと変な所で切らざるを得なかった訳ですね。



全部載せるのは大変なので、最初の歌詞だけ1〜15番までご紹介します。
(韻を踏んでいるのもご覧頂けます)

Wilhelmus van Nassouwe

In Godes vrees te leven

Lijdt U, mijn Ondersaten,

Lijf ende goed al te samen

Edel en Hooch gheboren

Mijn schilt ende betrouwen


Val al die my beswaren,

Als David moeste vluchten

Na tsuer sal ick ontfanghen


Niets doet my meer erbarmen

Als een Prins opgheseten

Soo het den wil des Heeren

Seer christlick was ghedreven

Oorlof mijn arme schapen,

Voor Godt wil ick belijden

まとめると、オランダ国歌が「スペイン国王に忠誠を誓ってきた」という歌詞で締められる理由は

  1. 元々オランダがスペインの支配下にあったから

  2. アクロスティックを成立させる為、そこで詞を区切らざるを得なかった

というわけです。

おわりに

ちょっと不思議なオランダ国歌の秘密をお話ししました。

最後に、2010年W杯決勝戦、オランダvsスペイン戦の国歌斉唱動画を貼って結びといたします。
(ちなみに、2010年優勝したのはスペイン)




ご覧下さり、ありがとうございました。



関連記事

1番と6番の歌詞をオランダ語で載せて下さっています。


参考

トップ画像: unsplash

・oneindig Noord-Holland
《 Ben ik van Duitsen bloed?

・Wikipedia
《 ヴィルヘルムス・ファン・ナッソウエ 》

・DUTCHREVIEW
《 The history of the Dutch national anthem: the Wilhelmus 》
By Chuka Nwanazia -  April 22, 2022

・CLASSICAL MUSIC
《 Dutch national anthem: what are the lyrics to 'Wilhelmus' and is it the oldest national anthem in the world? 》

・図説 オランダの歴史 改訂新版 (ふくろうの本) / 佐藤弘幸 著/ 河出書房新社 / 2019.5.9


・物語 オランダの歴史 - 大航海時代から「寛容」国家の現代まで/ 桜田美津夫 著/ 中公新書2017.5.18

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