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青い森の不良少年(2/3)

空襲で焼け出された修司と母は、青森県三沢市古間木へ移り住む。

父の兄、寺山義人という人が駅前で飲食店を経営していて、その二階に身を寄せた。

駅から少し離れた山の方に、カマボコ型の兵舎があり、兵隊はみな国に帰ってしまったが、ワシ伍長と宗馬鹿という二人が、他に行くあてもなく、住みついていた。

米軍が進駐すると、三沢の人々は騒然となった。
三沢村が基地になることに決まったのだ。

皆が集まり家族会議のようなものをした。
とにかく米軍が来るから女を隠せとなった。
老婆だろうと小学生だろうと強姦されるというのである。

女性たちは皆髪を切り、スカートをやめモンペを履いた。
修司の母は炭を頬に塗りたくり、髪をボサボサにした。

駅の構内にある公衆便所には、壁いっぱいの巨大なペニスと「アメ公がやってくる」という文句が落書きされた。アメリカ兵の進駐は、この小さな町にとっては、政治の侵入というよりはむしろ性の侵入だったのだ。※
※寺山修司 『誰か故郷を想はざる』(角川文庫)

町の長老小比類巻じいさんと、青年部の大久保が、カマボコ兵舎のワシ伍長のもとへ行って、町の有志全員からのお願いです、鬼畜米英から、古間木の女たちを守ってもらいたい。と、頼みに行った。
大久保も小比類巻じいさんも守ってもらいたいというよりは、運命を預けた国民を裏切った帝国陸軍の残党に責任を取ってもらいたい色が強かった。
ワシ伍長は、米軍から女性たちを守ると約束し、その明くる日消えていた。


米軍がいざやってくると、古間木は蘇ったように活気付いた。

軍用のナップザックを肩からおろし、大きく伸びをし、あくびする石油タンクのような兵隊、ひどく用心深くガムを噛み続ける金縁眼鏡のクリスチャン兵隊、タカのような目の鋭い引退ボクサーの黒人兵、サンタクロースのように好人物然とした眼鏡の二世兵。様々の兵隊たちは、駅前広場に屯し、自分の荷物に腰掛けると、町に向かって叫びはじめた。
ヘイ!マイフレンド! ※

そして父の遺骨が届く。
母は一時的に錯乱し修司と無理心中を図った。裁ち鋏で、自分の手首を切り、息子の名前を呼んで探しながら鋏を振り上げていた。
寺山食堂の客たちが階段を駆け上がり止めに入り、母は医者の手当てをうけた。

修司は一部始終を遠巻きに見ていた。
そのドタバタの最中、父の遺骨は踏みつぶされ、文字通り灰になった。

中学生になると、母は基地で働き始め古間木に残り、修司は青森市の映画館をしている祖父母(実際には母の両親ではなく母を捨てたどら息子の弟夫婦)に引き取られていった。
仕送りを約束した母が、青森駅の改札口で見送った。

今では真っ赤な口紅をぬって、真綿の襟巻きにドテラ姿の母は、廃墟のように見えた。
それが修司との生き別れになった。

(つづく)

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