読書感想文:百人一首解剖図巻(著者:谷知子)
「百人一首とかよくわからん」「高校の時、覚えさせられるのがキツかった」という思い出しかない私が、たまたまフォロワーの方がイラストを描いた書籍を紹介されていたので紀伊国屋で手に取ってみた。
結論から言えば非常に面白かった。このお正月に、ゴロゴロしながら読むのに最適な内容だった。読み物として大変楽しめたし、暫く読んでも読み飽きない内容だった。少なくとも、値段分の価値はあったと感じられた。気になった方はAmazonのページを是非見て欲しい。一部のページが出版社から開示され、内容を確認できるのでまずはチェックだ。
そんなわけで、ノートにまとめてみたい。
圧倒的にわかりやすい
和歌とかよくわからん兄貴姉貴も多いだろう。古文嫌いブラザーズ&シスターズも多いだろう。「平安時代は派手なバトルがあんまり無いのでつまんない」と思われている諸兄も多いだろう(実際は承平天慶の乱とか色々あるが)。
実のところ、私もまったくわからないし、それほど興味があったわけでもない。さらに、古文特有のむつかしさに加えて和歌について理解を深めるというのは非常に難度が高い。
しかし安心して欲しい。この書籍の全ての歌に現代語訳がある。引用として出てきた和歌にも全て現代語訳が付いている。さらに歌が詠まれた時のシチュエーションに関する解説も、中学生でも理解できるようほど平易で、しかしエキサイティングな文章が、綺麗なイラスト付きで書かれている。
このメリットは2点ある。
一つは「わかりやすいは正義」だ。どんなに素晴らしい文章でもわからない文章には(読者にとって)何の意味もない。その点、この書籍の解説はイラストも多く、現代の日本人なら簡単に読んで理解できる。とっつきにくいテーマをわかりやすく書いてくれることほどありがたいものはない。
もう一つは「その歌のバックグラウンドが簡単に理解できる」ところだ。これが理解できるのと理解できないのでは、歌に対する理解が大きく異なってくる。古文の授業で習わない事も多いが、非常に重要な背景も多い。例えば一例を出すと59番、10世紀後半のトップ女流歌人のうち性のモンスターじゃない方こと赤染衛門の歌だ。
やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな
直訳すれば恋に関する歌だ。恋の和歌に良くある、ちょっと恨みがましい感じの、恋人に対する当てつけかとそういうモノを感じてしまうだろう(というか最初そう思ってた)。しかしながら本書ではこれに対してこのような解説を加えている。
姉妹に代わって赤染衛門が詠んだ歌。代作のせいか、あまり切羽詰まった感じはなく軽妙な調子である。(本書117ページより引用)
180度イメージが変わってしまうのだ。軽妙な解説を読んで背景を知ると「あーそーゆーことね完全に理解した」という顔が出来ることだろう。この背景理解のためのコラムが1人の歌人につき2~3個ほどついており、平易だが読みごたえは非常に大きい。
さらにこの本、どのページにもほぼ多数のイラストつきで記載されており、イメージがしやすい。文字だけだと脳が疲れてしまうのだ。イラストレーターのYANAMi氏が和装の絵大好きな方なので大変ノリノリで、シチュエーション説明の一助になるような絵を描かれており、楽しめるのだ。この和歌にも「チッ。げにめんどくせーな」という感じの顔をしたアンニュイな可愛らしい赤染衛門が残業しているイラストが描かれていたりする。
和歌のヤベー奴、藤原定家
では本書が伝えたい事は何か。俗に「文系は作者の気持ちでも考えていろ」とよく言われる。著者の谷知子氏も文学部の教授であり、当然文系なので作者の気持ちを考えた結果、作者の気持ちを考える事を仕事にまでしている方である。
では誰の気持ちを考えさせるためにこの本は描かれたのか。もちろん百人一首の撰者である藤原定家の気持ちである。
成立には百人秀歌が関係しているなど諸説あるが(もちろん本書でも解説されている)、平安時代末期~鎌倉時代初期を生きた藤原定家が晩年、隠居御家人の歌人・宇都宮頼綱に依頼されて編纂したものである。公的な勅撰和歌集などではなく、プライベートでの知人から請け負った仕事であり、クライアントに対して比較的自由に表現した芸術と言える。
定家は何を表現したのか。それは百人一首の多くの歌の舞台となった平安時代という時代であろう。それは勿論、定家の知識及び定家の思想が多く含まれている。「平安時代とはこんな時代だったんだよ」という事を、頼綱に見せたかったのではないだろうか。
「こんな時代」の見方は色々な見方が出来るだろう。素晴らしき王朝文化を築いた黄金時代ともとれるし、衰退していく平安京を憂いた全て遠き理想郷とも取れる。最終的に、筆者は「定家の気持ちを考慮しつつ、平安時代はどんな時代だったか自分なりに考えてみよう」という事を読者に提示したかったのではないだろうか。
そうそう。定家といえば、イラストを描かれたYANAMi氏もこう述べている。
実際に見たところ「あー、出世してえなあ。俺も天下の藤原北家なんだし、めっちゃ出世してえなあ。とりあえず和歌でも詠むかという顔」をしている若き日の藤原定家、そして和歌&賄賂&おべっか&神頼み&喧嘩した帝の配流などによって権中納言まで位人臣を極めたであろう藤原定家の二種類が出てくる。
他にも華麗なイラストの数々が掲載してある。個人的には「老いた姿と若き日の姿が対照的な和泉式部」「教養バーサーカーの癖に目をキラキラさせている清少納言」「配流されてる途中だけど絶対に反省してない顔してる小野篁」「菅原道真オルタ」「滅茶苦茶可愛らしい壬生忠見リリィ」「なんかもうダメそうな藤原道雅(意外と長生き)」「なんかやたら『もしも自分が女の子になったら!』という仮定で歌を詠む歌人達(定家含む)」「暗黒メンヘラモンスター相模」「アホ毛の生えてる周防内侍」などが特に記憶に強く残った。
あ、あとそれと!
「すばらしい政治を行った」「聖帝伝説」からのアサシン天智天皇による始末剣。著者・イラストレーター・編集者の三位一体の連携技が光る。
そして再び平安時代へ
今、何気に平安時代がアツい。多くの創作で語られているように、平安時代は現代をもってしても大変魅力的な時代だ。それは多くの激動の時代と比べても、色あせるものではない。
定家の生きた時代は、公家社会から武家社会へ変わりつつある時代、古代から中世へと移り変わる激動の時代であった。冷戦が終わり、そして再び歯車が回り始めた私たちの生きる現代も(後世から見れば)大きな転換点を迎えるかもしれない。その時に、定家の残したこの遺産、そして本著は私達の生き方を考える時に、役に立つのではないだろうか。人は歴史から多くを学ぶ生物なのだから。