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【創作童話】気づきのスープ 〜ぼくのミッション〜

「う~ん・・・。」
ぼくは、杏奈ちゃんのことを考えていた。

杏奈ちゃんは、ぼくのクラスメイトで、教室ではとなりの席。
元気で明るくて、人気者の杏奈ちゃんのまわりには、いつも、だれかがいる。
杏奈ちゃんは、みんなの話を「うんうん。」と楽しそうに聞きながら、いつも笑っている。

ぼくらのまちの真ん中には、かさね山という大きな山がひとつある。
教室からも、かさね山はよく見える。
晴れても、雨がふっても、どんな天気でも、
だれかが、笑ったり、悲しんだり、怒ったりしても、
かさね山は、なんにも変わらない。
そんなかさね山を見ていると、ぼくは、みょうに心が落ち着く。
教室から、かさね山を見ていると、
「かさね山を見ているの?」
と、ときどき杏奈ちゃんが話しかけてくれる。
「なんか、いいよね。かさね山。」
杏奈ちゃんは、とてもさわやかにいう。
「なんか」ってなんだろうと思いながらも、
「なんか、いいよねぇ。」
と、ぼくもせいいっぱいのさわやかさで返す。
そうすると、杏奈ちゃんは、「ふふふ」と小さなえがおを返してくれる。

そんな杏奈ちゃんが、今日は少しだけ元気がなかった。
みんなは気づいていないようだけど、となりの席のぼくには、わかる。
「はぁ~」と小さくため息をつきながら、なんだかぼんやりしていた。
ぼくは、「元気ないね。」と杏奈ちゃんに話しかけようとしたけど、どんな風に声をかけてよいのかわからず、迷ってしまった。
明るくいった方がいいのか、ちょっとまじめな感じがいいのか、迷ってしまう。
そうこうしていると、いつものように杏奈ちゃんのまわりにクラスのみんなが集まってきた。
みんな、好きなアニメとか、おもしろかったYouTubeとか、ゲームのこととか、宿題のこととか、好きかってに話している。
やさしい杏奈ちゃんは、いつものように、「うんうん。」とうなづきながら笑っている。
だけど、その笑顔はぎこちない。
「おいおい。みんな。杏奈ちゃんの話も聞いてあげようよ。」
ぼくは、心の中でさけびながらも、やっぱり声をかけれずにいた。
「杏奈ちゃん、イヤなことがあったんでしょ。ぼくらに話してもいいんだよ。」
何もしてあげられないぼくは、そう思うだけだった。

かさね山の入り口には、きいろのベンチがひとつある。
このベンチは、ぼくのお気に入りの場所だ。
ぼくは、今、ここであれこれ考えていた。
「う~ん・・・。」
杏奈ちゃんは、クラスの人気者だ。
このまま、いつもの元気が戻って来なかったら、クラスのみんなも元気をなくしてしまうのではないのか。
それはまずい。今のうち、なんとかしなくては。
といっても、杏奈ちゃんが元気がないことに気づいているのは、ぼくだけだ。
ぼくは、ぼくにだけ“ミッション”が与えられたように思えた。
杏奈ちゃんを元気にするという”ミッション”だ。
そう思うと、ふんと鼻息があらくなり、メラメラとやる気が出てきた。
「よし!」
まずは、この“ミッション”を達成するための作戦を立てよう。

かさね山のベンチに座ったまま、作戦を考えてみた。
だけど、いくら考えても、なかなかいい作戦が思いうかばない。
「う~ん・・・。」
かさね山から、なにか作戦のヒントがおりてこないかな。
ふと、そう思い、山に向かっていってみた。
「ねぇ、かさね山。作戦のヒントを教えて。」
「・・・」
山からはなんの返事も返ってこない。
「そりゃそうだような。」
ぼそっと思って、ふぅーっとひと息はいた。
その時だった。
かさね山の木々が、いっせいに、ざわざわとざわめくようにゆれ出した。
風がびゅうっと強くふいて、地面に落ちている葉っぱが高く舞い上がっていく。
ぼくも、飛ばされてしまうのではないかと思い、座っているベンチにしがみつき、体を小さくかがめてふんばった。
びゅう、びゅう、びゅう、強い風がぼくに向かってふいているようだった。
しばらくすると、風がぴたっと止まった。
顔をあげると、まわりの木々も、地面も、落ち葉も、何ごともなかったかのようにしていた。
「今のは、なんだったんだ。」
ぼくだけが、わけがわからずに、ぼーっとしたままだった。
すると、今度は、ガサガサ、ガサガサと後ろから音がした。
びくっとして、ぼくは、立ち上がった。
音がした方をそぉ~っと見てみると、そこには、ふわふわとした黄土色の何かがいた。
「きつねだ。」
それは、きつねだった。
きつねは、ふわっとしたしっぽをゆらゆらとゆらして、じっとぼくを見つめていた。
そして、きつねは、ゆっくりまばたきをすると、
「ヒントが、ほしいのか?」
と、しゃべりだした。
ぼくの頭の中は、あたふたし始めた。
おい、きつねがしゃべったぞ!
そうか、これは夢だ。
きつねがしゃべるなんて、夢にきまっている。
ぼくは、目をぱちぱちさせたり、足踏みをとんとんとして、本当に夢なのかどうか確認した。
しかし、どうやら起きてるようだ。
これは、夢じゃない。
きつねは、ぼくがあわてていることなんか、おかまいなしに、またしゃべった。
「杏奈ちゃんを元気にする作戦のヒントがほしいんじゃろ。」
ぼくは、はっとした。
杏奈ちゃん・・
そうだ、そうだ。
ぼくは、大事な作戦をねっているところだった。
ぼくの頭の中が、ようやく落ちついてきた。
きつねが、なんでしゃべっているのか、なんでぼくの”ミッション”を知っているのか、そんな疑問はあと回しだ。
今は、”ミッション”に集中しよう。
「そうだ。なにもいい作戦が思いうかばないんだ。」
ぼくは、どうすればいいのか、きつねにたずねてみた。
すると、きつねは、その細くて長い目をにんまりとさせて、変なことをいった。
「作戦のヒントは、商店街のスープ屋にあるぞ。」
・・・。
うん?聞きまちがいかな。
「スープ屋?」
「そうじゃ。スープ屋じゃ。」
きつねは、はっきりという。
聞きまちがいではないようだ。
「どういうこと?」
どう考えても、杏奈ちゃんとスープ屋がむすびつかない。
「スープ屋に行って、スープを飲んでみろ。気づいたもの全てが、おまえが求めているヒントだ。」
やっぱりぴんとこなかった。
ぼくは、杏奈ちゃんだけでなく、もしかするとクラスのみんなを救うことになるかもしれない、大きな作戦をねっているのだ。 
それなのに、スープをのむだけでいいだなんて。
「どうだかなぁ。」
きつねがいっていることは、あやしすぎる。
「なんじゃ、わしのいうことをあやしんでいるようじゃのぉ。」
きつねには、ぼくの思っていることがお見通しのようだ。
「そりゃ、そうだよ。いきなりスープをのめといわれても、そんなの信じられるわけないよ。」
「だが、お前が、ヒントを求めたんじゃろ?」
うっ、たしかにそうだ。
ぼくがヒントを教えてほしいといったんだ。
ぼくがなにも言い返せずにいると、きつねは、ほっほっほと、えらくたかい声で笑った。
「まぁ、どうするかはお前しだいだからな。好きにせい。」
そうだなぁ。
このまま考えても、いい作戦は思いうかばないだろうし、
ここは、どんな作戦なのか想像つかないけど、きつねのいうとおりにやってみるか。
「わかったよ。そのスープ屋に行ってみる。」
「ほぅ、やる気が出てきたか。そのちょうしじゃ。」
ほっほっほと、きつねの笑い声が山中にひびきわたった。
すると、また、あたりの木々がいっせいにゆれ出して、強い風がふき始めた。
「まただ。」
ぼくは、顔をふせて両足にぐっと力を入れ、地面にふんばった。
びゅう、びゅう、びゅう、さっきみたいに強い風がふいた。
そして、しばらくすると、ぴたっと風がやんだ。
「さっきから、なにが起きているっていうんだ。」
顔をあげると、あたりは元のとおりだ。
だけど、きつねはいなくなっていた。
風が強かったから、どこかに逃げちゃったのかな。
と、ぼくは思った。

ぼくは、さっそく、商店街に行った。
この商店街は、ぼくが暮らしているまちの人なら、だれでも知っている。
たくさんの人が集まり、いつもわいわいとしている。
きつねがいっていたスープ屋は、商店街の真ん中にある。
ちょっと古くて小さいお店。
レンガがつみ重ねられた壁に、入り口のきいろのとびらが、なんかかわいい。
ぼくは、ちょっと緊張しながら、そのきいろのとびらを開いた。

チリンチリン。
鈴の音といっしょに、スープ屋に入ったら、
「いらっしゃい。」
と、元気のいいおばさんが出迎えてくれた。
入り口のとびらと同じ、きいろのエプロンをしたおばさん。
このスープ屋の店員さんのようだ。
おばさんは、にんまりとした笑顔で、
「好きな席にどうぞ。のみたいスープが決まったら声をかけてね。」
といった。
スープ屋には、ぼくのほかにお客さんはいなかった。
ぼくは、外の光が明るくてらす、まど側の席に座り、クラムチャウダーを注文した。
野菜と貝るいと牛乳がたっぷり入ったクラムチャウダーがはこばれてきた。
ひとくち口の中に入れると、やさしい味がふわっと溶けるように広がった。
「ふぅ~。」
ぼくは、そのあたたかさになんかほっこりした。

ぼくがスープをのみ終えたころ。
チリンチリン。
ひとりの男の人が、スープ屋にやって来た。
ぼくのお父さんと同じくらいのとしで、優しそうなおじさん。
なんだか困っているようすで、おばさんに何かたずねていた。
おばさんも、困ったような顔をして、首を横にふっていた。
おじさんは、「はぁ~」と小さくため息をついた。
ぼくは、ドキッとした。
そのため息は、杏奈ちゃんのため息と、とても似ていた。
ぼくは、勇気を出して、そのおじさんに声をかけた。
「どうかしたの?」
おじさんは、とつぜん声をかけてきたぼくに、びっくりしてたけど、じじょうを話してくれた。
「それがねぇ。”お守り”をなくしてしまってね・・」
「お守り?」
「そうなんだ。むすめが、わたしのために手作りしてくれたものなんだ。」
「そんな大事なものをなくしてしまうとは。なんだか大変そうだね。」
「よく来るこの商店街で落としていないかと思って、探しているんだが・・。」
はぁ~と、おじさんは、またため息をついた。
ぼくは、そのため息が、どうしても今日の杏奈ちゃんと重なってしまう。
「ぼくも、探すのを手伝うよ。」
杏奈ちゃんと同じため息をしている、このおじさんをほっとけない。
おじさんは、ぼくの言葉を聞いて、さっきまでかちかちだった表情が、少しだけやわらかくなった。
こうして、ぼくはおじさんのお守り探しを手伝うことになった。

しばらく、ぼくとおじさんは、商店街のとおりを探してみた。
「この商店街のどこかに、お守りがかくれているはずだ。」
そう思うと、よく知っているこの商店街も、なぞめいた場所に思えてきた。
ぼくは、すっかり探偵きぶんだった。
商店街じゅうを注意深く見てまわる。
だけど、お守りはどこにも落ちていなかった。
「どこかに、お守りを”もくげき”した人がいるはずだ。もっと”じょうほう”を集めよう。」
探偵のぼくは、かんたんにあきらめない。
ぼくらは、お守りの”もくげきじょうほう”を集めることにした。
だけど、お店の人や通りがかりの人から、有力なじょうほうは聞けなかった。
「困ったなぁ。」
ぼくらのお守り探しは、いきづまった。

ふたりで立ち止まっていると、すっとさわやかないい香りがした。
くんくん、くんくん。
香りがした方に顔を向けると、花屋があった。
入り口には、いくつかの植物が、きれいに整とんされてならんでいる。
その中に、小さな白い花がついている木が鉢に植えられてあった。
「レモンの木だね。」
とおじさんがいった。
レモンは、実がなる前に、こんなにかわいい花を咲かせるのか。
レモンの花から、ふわっと、さわやかであまい香りが広がっていた。
さっきかいだ香りだった。
「よし、この花屋で“ききこみ”をしよう。」
その香りに案内されたかのように、ぼくらは花屋に入った。

花屋には、ひとりのおねえさんがいた。
おねえさんは、この花屋の店員さんのようで、ミモザの花でなにかを作っていた。
ミモザは、春に咲くきいろの丸っこい小さな花。
杏奈ちゃんが前に好きだといっていた花だ。
おねえさんは、ミモザの花や枝をリングの形に組み合わせていた。
つい、じっとそのようすに見入ってしまったぼくらに、おねえさんが気づいた。
「いらっしゃい。なにかお花をお探しですか。」
ぼくは、おねえさんが作っているものを指をさし、たずねた。
「それはなに?」
「これ?これはフラワーリースよ。これを贈るとみんな喜んでくれるの。」
おねえさんが、うれしそうにほほえんだ。
「きれいな贈りものだね。」
これを杏奈ちゃんにあげると、元気になってくれるかな。
そんなことを思いながら、おじさんを見ると、おじさんは、やさしいえがおをしていた。
さっきまで元気がなかったおじさんが笑っているのを見て、ぼくはなんだかうれしくなった。
よし。なんとしても、おじさんのお守りをみつけよう。
ぼくは、探偵モードに切りかえて、おねえさんへの、“ききこみ”を開始した。
「おじさんのお守りを知りませんか。」
「お守り?」
おねえさんが聞き返したので、おじさんがじじょうを説明した。
「う~ん。あ、もしかして・・。」
おねえさんが、なにかいいかけるのと同時に、
みゃ~ん。
と、ねこのなき声がした。
まっ白のねこが、花屋に入ってきた。
「あら、帰ってきたのね。」
おねえさんは、そのねこを抱きあげた。
どうやら、この花屋のねこのようだ。
ねこは、きいろの長いリボンをくわえていた。
「このこは、よくものを拾ってくるの。これも、どこかで拾ってきたのね。」
おねえさんは、ねこがくわえているリボンにふれながらいった。
ねこは、ひょいっとおねえさんの腕の中からはなれると、ひょいひょいひょいと、棚の上の箱にリボンをしまった。
あの箱の中に、拾ってきたものを集めているようだ。
「もしかすると、あの中にお守りもあるかもしれないわ。」
とおねえさんがいった。
ぼくらは、箱の中を見せてもらった。
箱の中には、すず、ビー玉、パズルのピースなど、いろんなものが入っていた。
そして、そのいろんなものにまじって、みどり色のフェルトでできた、手作りのお守りがあった。
おじさんのお守りだ。
「あった!」
おじさんは、宝物を発見したかのように目を輝かせ、大事そうにお守りを手にとった。
「やっぱり、うちのこが、拾ってきてたのね。ごめんなさい。」
おねえさんは、申しわけなさそうにした。
おねえさんの腕の中に戻ってきたねこも、申しわけなさそうにしていた。
「よかったね。」
ぼくは、おじさんにいった。
おじさんは、うれしそうだった。
「ありがとう。君がいっしょに探してくれたおかげだよ。」
そういわれて、ぼくも、うれしかった。
『ありがとう』っていい言葉だ。
ぼくの心の中に、『ありがとう』がじんわりとあたたかくひびいた。
スープ屋で、おじさんに声をかけてよかった。
声をかけることで、だれかの力になれることがあるんだな。
作戦のヒントは、“声をかける”ってことだったんだ。
と、ぼくは気づいた。
「明日、杏奈ちゃんに声をかけてみよう。」

次の日。
学校に行くと、杏奈ちゃんは、いつもの明るい杏奈ちゃんに戻っていた。
にこにこしながら、クラスメイトと楽しそうに笑っている。
ぼくは、杏奈ちゃんに声をかけた。
「杏奈ちゃん、昨日は元気なかったよね?」
杏奈ちゃんは、くるっとした目でぼくを見た。
「気づいていたの?」
「うん。なんとなくね。」
「お父さんがちょっとおちこんでいて、それで、わたしもなんだか元気がなかったの。」
「そうだったんだ。」
「お父さんは、わたしがプレゼントしたお守りをなくしておちこんでいたの。」
え?それって?
ぼくは、おどろきで言葉につまった。
だけど、杏奈ちゃんは、うれしそうにさらりと話を続けた。
「でも、大丈夫。もうお守りはみつかって、いつもの元気なお父さんに戻ったから。」
知っているよ。
だって、ぼくもいっしょにお守り探すの、手伝ったから。
「それに、お父さんが、ミモザのリースをプレゼントしてくれたの。」
それも、知っているよ。
ぼくも、あの花屋にいっしょに行ったから。
あのおじさんは、杏奈ちゃんのお父さんだったのか。
ぼくは、昨日のできごとを杏奈ちゃんに話そうとした。
でも、杏奈ちゃんが、心のそこからうれしそうに笑っているのを見て、
「杏奈ちゃんが元気に戻ったなら、それでいいや。」
と思って、昨日のことはいわないことにした。
「杏奈ちゃん、元気になってよかったね。」
「うん。それにしても、わたしが元気がないこと気づいてくれていたんだね。ありがとう。」
ぼくは、うれしかった。
『ありがとう』って、やっぱりいい言葉だ。
そして、ぼくと杏奈ちゃんは、いっしょに笑った。

ぐうぜんだったけど、杏奈ちゃんのお父さんに会って、ぶじにお守りを探し出すことができた。
それで、杏奈ちゃんも元気になって、ぼくの”ミッション”は達成した。
ぼくは、自分のことがちょっとだけほこらしく思えた。

しかし、
ひとつだけ、疑問が残った。
ぼくが、杏奈ちゃんのお父さんに出会ったのは、ぐうぜんだったのかな。
あのきつねは、杏奈ちゃんのお父さんとぼくを出会わせるために、あのスープをのむようにいったのかな。
教室からかさね山を見た。
考えれば、考えれるほどなぞは深まるばかり。
「う~ん・・・。」
いったい、あのきつねは何者なんだ。
ぼくは、かさね山を見ながら、新たな”ミッション”の足音が聞こえた。

(おわり)

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