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闇の底で踊れ 所感

選書理由
文学賞受賞作のため。

あらすじ(文庫裏より引用)

 35歳無職、パチンコ依存症。ある日、大勝ちした金でソープランドに行った伊達は、そこで出会った詩織に恋をしてしまう。やがて資金が尽き、闇金に走った彼を取り立て屋から救ったのは、かつての兄貴分、関川組の山本で――。組長引退を機に内紛が勃発、一度は足を洗った金と暴力の世界に舞い戻った伊達を待ち受ける運命とは!?弱冠19歳で鮮烈デビューを飾った第31回小説すばる新人賞受賞作。

 パチンコを打つシーンから始まる本作は、35歳無職への圧倒的解像度の高さを見せつけてくれる。
 異様なほど細かく描写されたパチンコ演出は、「作者が実地調査したのでは?」と思わせるほどのディティール。
 
作品全体としてはノワールの様相を呈しているが、大阪弁と主人公の軽口によって軽快なテンポで進んでいく。
主人公伊達はどうしようもない人間だと描写しつつも、過去の確執、時折見せる知識の深さで、読者に興味をもたせる。

「いったい、こいつはどんな人間なんだ?」

 あらすじにもある通り、金と暴力の世界に戻る一面と、詩織との恋愛模様、そして過去の確執と主人公が抱える秘密とは何なのか。

物語は本質に迫っていく。

 ラストにかかると作品にしかけられたトリックが明かされ、ボルテージは最高点まで到達する。

だが、シーンの派手さに対してとてつもなく淡々と進む。
 
ある種冷徹さすら帯びた最終シーンの描き方には作者なりの哲学を感じた。
 
最終的な感想としては、主人公伊達とその兄貴分である山本がとても魅力的なキャラクターであり、その掛け合いが一番おもしろかった。

 作品の本体である過去の確執、そしてラストシーンでの興奮はあったが、熱量としては他作品の方が合ったように思う。
 
 だが箸にも棒にもかからないしょうもないエンタメ作品が多い中、しっかりと楽しめる本作は良作だと言えよう


 以下、気に入った本文の引用とちょっとしたコメント。
 一応ネタバレ注意。

5p
 目の前では銀色の玉たちがジャラジャラという断末魔の叫びを残し、暗然たる闇の中へと飲み込まれていく。

10~11p
「あほんだら」
 もう一度呟いた。ちぎれて浮かぶ飛行機雲が、視界の隅に見えた。

65p
「ええ女は、男性の三歩後ろを歩くもんですから」
 
 サヤカの言葉に、山本は小さく舌打ちした。

「それを女が言うんかい。気に食わんのう。つまらん男に迎合して気楽に生きてきたせいで、しょうもない価値観が脳味噌にこべり付いてもうとる」

 よく分からないが胸がスカッとする台詞。男性らしい男性像は、本人達が求めるものであり周囲から求められるのは違う、といった思想からだろうか。

84p
「蟻をな、叩き潰してるんや」

中略

「人間も一緒や。人間はな、死ぬその瞬間まで、自分がホンマに死ぬとはこれっぽっちも信じられへんもんなんや」

107p
「じゃかましい、ドアホ!」

「アホ?アホちゅうたか。アホちゅうたんか。俺にアホ言うたんか。俺にアホって言ったんか」
 
 一切の感情を押し殺し、テクノのように無機質なリズムと声で言ってみた。

「おいおい、なんやねん急に……。こいつやっぱ、ホンマにヤバいんちゃうんか」

「ヤバいってなんや。ヤバいっちゅう言葉は俺、正味な話、気に食わへんで。何でもかんでもヤバいヤバい、言い腐ってあほんだら。何がヤバいんや!ヤバいっちゅう言葉の方がよっぽどヤバいんちゃうんか、あほんだら!はい、ナマステェッ!」

「何言うてんねん、こいつ」

 借金取りに家前までこられた主人公が狂人のふりをするシーン。小気味の良いテンポが癖になる。

149p
――煌びやかに光り輝く夢の正体は、どす黒い呪縛や。
 ふと、山本さんが昔言っていた言葉が、生々しい響きを伴って胸に迫ってきた。

中略

「夢は諦めるよりも追っていた方がよっぽど楽やろ。
夢を追ってたら、たとえ結果が伴わんでも、自分は夢を追って充実してるんや、っちゅう夢を見てられる。
でも夢を諦めたら、否が応でも現実を見なあかん。『夢を叶えられなかった』っちゅう後悔が一生付きまとう現実をな。
せやから人は、現実から逃げて夢に縋る。
『平凡でしょうもない現実』と戦えへんから、夢を美化して、甘美な夢に逃げ込む。
夢は美しい、夢を追いかけることは尊い、夢を追っているからこそ自分には存在意義があるんや……、いうてな。
こんなもん、強迫観念と変わらへん。言うたら、呪いや」

 夢追い人は良いものだとされる風潮を真っ向からぶった切る台詞。
胸に突き刺して生きていきたい。

155p
「子供は自分で主張するほど大人ちゃうけど、大人が見縊ってるほど子供でもない」

189p
 詩織ちゃんは朗らかに笑うと、俺の右腕にするりと両腕を絡ませてきた。
「ほな、行こっか」
 その瞬間、目に映るモノ全ての輪郭がくっきりと浮かび上がり、鮮やかに光り輝いた。

 参考にしたい表現。

198p
「何がやねん。病気の治療を頑張ってる奴に『死んだらええ』は暴言やけど、クソみたいな理由付けて選挙に行かん奴は、ゆっくり自殺しとるのと同じや。
自殺進行中の奴に『死んだらええ』言うのは、ポストが赤いですねえ、って言うてんのと同じや」
 
 クソみたいな理由を付けて脱税、所得隠しをしている極道が、どの口で選挙に行かない人間を糾弾しているのか。
厚顔無恥とはこのことだ。
マントルよりも分厚い面の皮だ。

201p
 山本さんが目許を綻ばせて笑った。
 合成着色料と人工甘味料がたっぷり入ったジュースを一気飲みしたときのような笑みだった。

 分かるようで分からない、けどなんとなく伝わるような表現。
あやふやさ、不安定さも作品の1つの魅力となるのか?

205p
「馬鹿にしてるんや。ちょっとは自分磨きせえ」

「爪って、磨き過ぎたらどんどん薄なってしもて、指が痛なってくるんですよ。
自分磨きもそれと一緒です。
ほどほどにしとかな、心が痛なってまいますわ」

「そういう気障な台詞は、自分磨きしたことある奴が言うもんやで」

315p
「愛してるのは自分だけ。世界はあたしの周りにしかない。――なんか、文句ある?」
 詩織が言った。傲岸でも横柄でもない、誠実な声色だった。
「文句はない。でも、許せへん」

342p
 いつぞや、俺が説教を喰らわせたホームレスのおっさんだった。
おっさんは今、必死で雑誌を売っている。
 窓ガラスに映る自分の顔が不意に滲み、瞼を閉じた。
何故かは分からないが、思わず顔が綻び、次いで、涙が溢れてきた。
 カーラジオのニュースは、ナイト・ドリーマーのボーカルの執行猶予付判決を告げていた。

 すべての事が終わった後の一幕。
作品のボルテージが一気に上がった後も、あっけない日常は当たり前のように訪れる。
そんな無常観のようなものが感じられ、とても好きな表現。

 

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