三題噺 幽霊館の首飾り
三題噺のお題は、「失われた宝物を探す旅」、「幽霊が出るという古い館」、「隠された扉」
こんなところに来るんじゃなかった。
こんな大変な目に遭うなんて。
堅く閉めたクローゼットの内側から、かすかに入ってくる光を眺め、思う。
あの化け物はどこまで人間を追ってくるのか?
いずれはクローゼットを抜けだし、見つけ出さなくてはいけない。
しかし、見つけた後に逃げ切れる保証はどこにある?
どうしようも無い現状に、
思考は現実逃避を始める。
このクソッタレな命令を下した王様を恨む。
「どうか、失われた首飾りを見つけ出して欲しい」
王国に遣える一般兵でしかない俺に命令が下った。
理由はどうやら、首飾りとやらがあるとされるのは俺の出身地のようだ。
ただ、向かう場所に問題があった。
地元じゃ誰も入ろうとしない、館。
外壁は剥がれ落ち蔓が縦横無尽に走る、生い茂った雑草の中に見えるゲートにより、かろうじて入る場所が認知できる。
長年、人の手が加えられていないのは明確だった。
加えて、地元じゃ有名な話がある。
出るというのだ、化け物が。
ただ見た者は一人もいない。
館に入った者は全員帰ってこなかった。
「・・・」
あいつが動くとき、音はしない。
ただ、いることがわかる。
気がつけば、クローゼットの前までやつは来ていた。
目をつむれと本能が叫ぶが、隙間から見てしまう。
あいつには、足が無い。
元は純白であっただろう赤黒いドレスを地面に引きずらず、浮くようにして移動する。
あいつには、凶器はいらない。
触れるだけで血肉を引き裂く。爪がある。
あいつには、目的はない。
動く物体が、攻撃対象。
俺をさがしているようだが、いないと判断したらしい。
ふっと消えた。
どういう原理で消えたのか全く説明がつかないが、とりあえずの危機を逃れたことで人心地つける。
クローゼットを開き、探索を再開する。
ここは館の婦人が使用していた部屋のようだ。立派な化粧台、貴金属類を納める箱、俺が隠れられるくらいのクローゼット。
首飾りがあるとすれば、ここから探すべきだ。
探す。棚という棚を全て開ける。
探す。家具の裏に落ちてはいまいかと動かす。
探す。探す。探す。
見つからない。ではほかの場所だろうか。
いや、あいつに見つからない保証はどこにもない。
ここになければどこにあるというのか。
部屋を見回している内に、あの怖気が走る。
俺は急いでクローゼットへと戻る。
あいつがまたしても部屋へ入ってくる。
部屋の異変に気付いたようだ。さっきよりも念入りに部屋を確認している。
「・・・!」
化粧台の鏡をあいつはたたき割った。ガラス片が月光を乱反射させながら、ちりぢりに落ちていく。
血が流れていないことから、やはり生きていないのだと考えても詮無きことを思う。
なぜ、あいつはたたき割った?
部屋が荒らされたことが不快だった?
分からない。
もしかすると。
あいつも、首飾りを探しているのか?
誰よりも首飾りを見つけたいのに、どこかからか入り込んだ鼠に奪われるのが許せないということか。
ふっとまたしても消える。
100数えてから、ふたたびクローゼットから体を出す。
あいつと首飾りに関係があるのか?
どこに首飾りはあるのか。
思考を巡らせながら、ガラスの割られた化粧台の前に立つ。
そこに、捜し物はあった。
ガラスの向こう側に隠されていたようだ。
心臓が大きく脈打つ。
それを手にして、急いでこの場を去ろうとする。
見つけ出した興奮で、気が回っていなかった。
あいつは、動いているものを感知する。
部屋を出て走り出した途端、怖気。
振り返るとあいつがいた。
10メートルほどあるだろうか。
走れば逃げ切れると咄嗟に判断した。
あいつがどれだけ早く動けるかも考えずに。
地面を駆った足は10回目の着地をまたずに空を蹴った。
あいつに後ろから切りつけられた。
走ったままの勢いで転がる。出血は大したことは無いが、、走ることはできないだろう。
今できることは、静かに近寄ってくるあいつを正面から見ることだけだった。
あいつが目の前までくる。
無意識に、体を守るように手を出す。その手には、首飾りがあった。
「・・・」
あいつは俺の前まで来て、首飾りを俺の手から器用に長い爪でつまみ上げた。
レースに隠され見えない顔の前まで持ってきて、それを首につけた。
ふっと、目の前からあいつは消えた。
そこには首飾りが残されていた。
何が起こったか分からないが、急いで首飾りを手にして、館を後にした。
王国に戻り、首飾りを王様へ見せると、冠が落ちたことも気にかけず走り寄ってきた。
首飾りを慎重に、しかし愛おしそうに手元で眺めた。
「ありがとう」
膝をつき、安堵した表情には涙が浮かんでいた。
なぜ、王国にとって重要なものが外部に持ち出されたのか?
なぜ、あいつは首飾りに執着していたのか?
なぜ、あいつは首飾りの効果をしらずに着けたのか?
あるいは、効果を知った上で着けたのか。
聞きたいことは山ほどあった。
だが、聞ける立場に俺はいない。
「警備に戻ります」
「ああ、頼むよ」
王に一礼し、その場を去った。