小説「自殺相談所レスト」4

自殺相談所レスト 4


登場人物
久遠……嶺井の意識に住み着いている女性。見た目は二十歳くらい。
嶺井リュウ……保険会社勤務。この時は25歳。
穂村アカネ……若年性のがん。余命わずか。


 気づいたとき、久遠は病室にいた。辺りを見渡すと、窓の近くのベッドに老いた男性が寝ている。その向かいのベッドには、ニット帽を被った若い女性がいた。窓の外の木は赤く色づいていた。

 おや、何故私はここに?

 突然、嶺井が現れた。部屋に入ってきたのではない、映像を切り替えたかのように、老人のベッドのそばに現れたのだ。嶺井は老人と話をしている。

「リュウ、私は長くない。」
「家も土地も好きにしてくれ。」
「お前が立派に育ってくれて嬉しい。」

 大量の言葉が洪水のように頭に流れ込んできて、久遠は戸惑った。しかし、奇妙なことに言葉はすんなりと頭に入ってきて、全ての内容が理解できた。どうやら、この老人は嶺井の父親らしい。会話の内容から察するに、嶺井の母はとっくに他界しており、この父親が、嶺井に残された最後の肉親らしい。

 また、場面が切り替わった。老人は姿を消し、ベッドは空いていた。嶺井は今度は、向かいのベッドの女性と話をしていた。

「生前の父がお世話になったようで。」
「いえ、こちらこそ。」
「よければ、これ、食べてください。」
「あ、これ気になってたプリン!」

 先ほどと同じように、会話が頭に流れ込んできた。この女性の名は穂村アカネ。入院中の嶺井の父とはよく話したのだとか。

 おや、あの木……

 窓の外の木はすっかり葉を失い、曇った空には雪がちらついていた。

 まさか……ここは、夢?

 場面が切り替わった。嶺井がアカネと楽しそうに会話している。

 ふむ……私は嶺井さんの夢の中に迷い込んでしまったようですね……そしてこれはおそらく、彼の思い出……

「ボイスレコーダー?どうしてそれが欲しいの?」
「お見舞いに来てくれるの週に一回とかでしょ?暇なとき、リュウの声を録ったのを聴くの。」
「なんだか恥ずかしいなあ。」

 嶺井さんは穂村アカネと懇意にしていた、いや、それ以上の関係だったようですね。

 場面が変わり、嶺井とアカネがじゃれている。

「アカネ、その録音を消してよ!」
「だーめ、これ冥途の土産にするんだから。」
「不謹慎ネタ笑いづらいからやめて。」
「えー私のお兄ちゃんは笑ってくれるよ?」
「それ絶対気を遣わせてるだけだって。」

 穂村アカネは、若年性のガンにより自分の余命がわずかであることを知っていたのですね。それでもなお、嶺井さんは彼女に会いに行った……結末は見えているというのに……

 場面は早送りの映像のように次々と変わり、嶺井とアカネの思い出を見せていった。久遠は二人の思い出を眺め続けた。

 ふと、時の流れが緩やかになった。窓の外の木は、今や青々とした葉を茂らせている。アカネが寝ていて動かない。傍に嶺井がいる。

「変な夢を見たんだ。僕がアカネを……殺しちゃう夢。」

「それ……私も見た。」

「え?」

「リュウが、不思議な力を使えるようになるんだよね。」

 ほう……不思議な力……

「うん、僕はその力で、」

「私を安楽死させる。そしてあなたは泣くの。子供みたいに、ずーっとずーっと泣いてるの。」

「うん、その通りだ……全く同じだなんて、縁起の悪い偶然だな。」

「そう?私は、深いところでリュウと繋がってるってわかって、ちょっと嬉しいよ。」
「アカネ……」

 嶺井は言葉を失い、悲しげにアカネを見つめた。

「ちょっと、しんみりするのは私のお通夜まで我慢してよー。」

 これが、嶺井さんの力の起源なのでしょうか……?

 場面が変わった。窓からは斜陽が差し込んでいる。ベッドのアカネはやつれており、起き上がることもできないようだ。彼女の手を、嶺井が握っている。さらにこの光景は、これまでと違い、地面が、というより、空間が揺れていた。嶺井もアカネも揺れには気づいていないようで、まるでこの映像全体が乱れているかのようだ。

 夢が不安定になっている……嶺井さんが目覚めようとしているのでは?

「ねえ、リュウ、気づいてる?」

「嫌だ、その先は聞きたくない。」

 アカネの声は弱弱しく、嶺井の声は震えていた。

「この光景、あの夢と同じだよ。私が死にかけてて、リュウが傍にいて私の手を握ってる……」

「あれはただの夢だよ。」

 空間の揺れがひどくなってきた。

「夢じゃないよ……きっと、今ならリュウは不思議な力が使える……お願い、死ぬなら今だと思うの……今しかないの……」

「君は死にはしない。」

 嶺井は躍起になって否定している。

「聞いて……私の最後のわがまま……リュウの隣で、リュウに見てもらいながら、リュウに手を握ってもらいながら、死にたいの。」

 嶺井は、苦悶の表情を浮かべていたが、大きく息を吸うと、優しく微笑んだ。

「わかった。」

「ありがとう、リュウ。」

 嶺井が、アカネの手を握りしめた。その手を顔に近づけ、目を閉じた。その仕草は、祈りをささげているようにも見えた。

 空間が崩れだした。天井や窓が消え、視界が闇に飲まれていく。

 夢が、終わる……いいものを見させてもらいましたよ、嶺井さん。

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