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【小説】不登校支援:国際家族と不登校

少年は怒り狂っているように見えた。
とある高級マンションのロビー。

ある少年がソファーで不貞腐れて、アイパッドでゲームをしている。
たしか13歳。黒人の少年。
イライラが10メートル先まで伝わってくる。

近藤は思った。
「今回のクライアントはこの少年か。電話では聞いていたが。」
「大人の言うことは聞かないぞという顔つきだな。」
少年はこちらには気づかずにアイパッドを凝視している。

近藤豊。34歳。
何の因果か不登校支援業をしている。
今日は横浜市の新規のクライアント宅に訪問。

高級マンションのエレベータに乗り5階に行く。
511号室。

インターフォンを押す。
「はーい。」

若々しい、きれいな女性が出てくる。
40代か50代のはずだが。

同時にアメリカ人で黒人の大男が出迎えてくれた。
「Nice to meet you!!」
今回は英語か。

さっそく、話をうかがう。
「はじめまして。近藤です。」

妻は挨拶の後に言った。
「息子が言うことを全く聞かないのです。」

妻の名は高橋美紀。
名門私立女子高から一橋大学商学部を経て会計士試験に合格。

その後、外資系のコンサルティング会社のアクセリオールに就職。
アクセリオールは就職人気ランキングでも上位の企業だ。

が、その当時は今よりは珍しかったはず。
そして5人に1人が休職するということで有名な過酷な職場であった。



チャレンジ精神がある性格のようだ。
近藤のような男を呼ぶことからもわかる。

その後、今の夫とアメリカ出張で出会い結婚。
グローバルな社内結婚だ。

夫の名はマイケル・デービット。
アクセリオールを退職した後に起業。

が、3年前に倒産。
リーマンショックで大きな痛手を負ったのだという。

今はコンサルの仕事をフリーでこなしつつ、再起を目指しているそう。
男はいちど社長になるとなかなか会社員には戻れないと聞いたことがある。

その夫はおそらくこのようなニュアンスのことを言った。
「我が息子はどうしようもない奴だ。」

夫は続けて言う。
「妻は勉強が好きなほうだが、それを息子に強制するのが問題だ。」

たしかに妻はこの経歴からも、勉強や努力は苦にならないタイプではあろう。
名門お嬢様学校を出ていて学校に行かないなどは信じられないのだと言う。

妻は言う。
「あなたがいい加減なのよ。」
英語だとあまりひどい言葉には聞こえないのが不思議だ。

そしてこれほどの大男を罵倒できる度胸。
女は強い。

また思う。
夫婦間の価値観が合わないのはよくあることだが、日本人とアメリカ人ではさらに合わないであろう。

時代の流れか国際カップルの相談は増えるばかり。
この前などはイタリア人の夫が「日本人は頭おかしい」と言って帰国してしまったという相談があったのを思い出す。

その時、1階のロビーにいた少年が戻ってきた。
やはりこの少年か。

「ちわーっす。」
近藤に対する敵意は感じない。
敵意むき出しの子も珍しくはないのだが。

そして、意外にも少年は親の言うことを聞くようだ。
「多少は」であるが。

少年の名前は高橋空(そら)。
夫の希望でつけた名前だそうだ。

私立横浜開成中学の2年。
東大に数名合格する共学の進学校だ。

ネットでは自称進学校という在校生の書き込みも見かける。
宿題はそれなりに多い。

空はアメリカ人らしくすらりしている。
バレーでもやればいいのにと思うが、運動は嫌いでゲームが好きなのだそうだ。

ひとまず家庭教師ということにして支援契約を結ぶ。
こうした契約には2つの暗黙の意味があるものである。

親からすると「この子をなんとかしてほしい。」
子どもからすると「うちの親をなんとかしてほしい。」

空は学校に行くと言って家を出て、マクドナルドなどにいることが多いらしい。
ゲームをしているのだそう。

一度、平日の午前に近所のドトールにいるところをマイケルに見つかり大げんか。
めでたく出禁になったとのことだ。

支援者と言いつつ、カウンセラーというよりは中間管理職。
この3人を見る限りでは今回は意外に容易なものに思えた。

そんなことをぼんやりと考えていたら妹が塾から帰宅。
空は妹をかわいがっていた。

近藤はその様子を眺めながら高級マンションを後にした。

翌週、家庭教師初日。
なんと英語を教わりたいと言う。

空はアメリカ国籍を持ち、英語はペラペラである。
が、テストの答案を見るとひどい。

近藤は日本の英語教育に絶望しつつ、少年は日本の学校の卒業を望んでいると言う。
アメリカの学校をすすめると、日本が快適だとのたまう。

事実は小説よりも奇なり。
なんと英語ペラペラのアメリカ人に「学校」英語を教えることとなった。

「must=have toで、どちらも〇〇しなければならないという意味ね。」
説明しながらも空くんが真面目に授業を受けない気持ちがわからなくもない。
人生は理不尽なことや納得のいかないことの連続ではある。

夫のデービッドは言う。
「おー、ジャパニーズ・イングリッシュ。意味ないよ。」

「そりゃ、そうだ。」と近藤も自信を失いかけるが思い直す。
「俺は先生ではなく中間管理職。」

理不尽なことや納得できないことで大人に反発している少年、少女達。
その子らに再び「現実という戦場」に戻ってもらうのが私の仕事。

そして「郷に入れば郷に従う」と言いたかったが、その英語版が思いつかない。
「俺のような大人にはなってもらいたくないものだ。」
と内心で苦笑した。

少年は文句を言いつつも1時間ほど大人しく勉強した。
空は言動はバカげているが実際にはバカではない。
繊細なゆえに物心ついてからの現実に戸惑っているだけだ。

授業を何回か続けるうちに空といろいろと話した。
「うちのママはパパの料理をまずいと怒る。」
「部屋にちりが落ちていると怒鳴る。」

夫婦の家事分担は夫がメインになっているようだ。
「それで、どうなるの?」

「ママがパパに突っかかって、パパがママを吹き飛ばす。」
少年は笑いながら話す。

近藤も笑う。
「さすがスーパーキャリアウーマンだ。俺にはできないわ。」

「僕もですよ。」
「反抗期なんだからお前も頑張れよ。」

「無理ですよ。」と空は苦笑い。
空と近藤で暗黙の合意がなされた気がした。

空は学校に行くようにはなった。
これ以上の反抗は得策ではないと判断したのだろう。
が、問題行動は相変わらずだった。

テストは白紙で出す。
宿題は提出しない。

友達とは喧嘩をする。
先生にはため口。

甘えているなーと近藤は思う。
そして空はのたまう。
「僕は反抗期。」

アメリカ人ながら日本の私立で居場所はあるようだ。
ご苦労なことだとは思う。

が、お嬢様学校で優等生だった妻の美紀には息子の言動が信じ難い。
性別が違うのだから当然なのだが、今回はより極端なケースではある。

空が問題をおこすたびに、美紀は近藤を頼った。
そんな日々がすぎて3年。
めでたく高校生になっていた。

高校でも変わらず空は問題を起こし、美紀は近藤を頼った。
近藤は疑問に思うようになった。
これは共依存ではないのか?

共依存とはアメリカで有名になった現象。
有名なのがアルコール依存症の事例。

アル中の夫を妻が献身的にサポートしてもいっこうに改善しない。
妻が頑張れば頑張るほど、夫は無責任になる。
そんな現象に名付けられた名前だ。

面白いことに生徒というものは先生を心配してくれたりする。
「先生、ぼくがいないと仕事が大変でしょ」と。

そこまでは言わないがそんな表情をする。
神は細部に宿る。
ふとした表情や仕草からにじみ出るものではある。

つくづく子どもは賢いものだなーと思う。

実際、近藤の本音としては新規のクライアントはしんどい。
気心が知れている慣れているクライアントのほうが楽ではある。

軌道に乗るまでが難しいのだ。
特に最初が難しい。

空が問題を起こすたびに近藤がサポートする。
茶番なようにも思えた。
子どもは大人のために問題を起こす側面がある。

「自分が成長しないと、少年はこれ以上は成長しないのではないか」とも思う。

近藤は思う。
人を支援したり、お世話したりするような仕事では、他に収入源があったほうが良いのではないか。

生きがいというか、関心ごとというかがあったほうが良いのではないか?
ここ何年かの近藤の関心ごとは大体がクライアントのことである。

近藤は常時20家庭ほどを支援している。
気が気ではない。
とはいえ、1つのことに「依存」はデメリットが大きいのではないか。

そうは言っても多忙であり、近藤ももう40。
自分に何ができるというのか?

日々の疲れがたまっている。重たい。
また世間の風は冷たい。

人を支援していれば「先生」と呼ばれる。
楽なものである。
しかし、新しいことを始めれば新入りであり、失敗も多い。

近藤はペンネームで本を書くようになった。
本名だと不登校支援者としてのアイデンティティになってしまう。

書いているジャンルは受験の参考書や心理学の本。ファンタジーやSF小説などだ。
小さい頃の近藤の夢は作家になることでもあったのだ。

何か月かした頃。
空は塾に行くと言い出した。
前から言ってはいたのだが「ようやく」である。

その後、問題行動はあまり聞かれなくなった。
近藤は思った。
「なんだ、やればできるではないか‼」

思えば、遺伝子的な素質は近藤よりもはるかに上。
それが当然なのである。


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