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19話 これぞ、ブキヨウクオリティ

その日は、午前中に3つの予定をこなさなければならなかった。細かくタイムスケジュールを前日に立て、準備するもの、手続きの仕方、疑問点など、かなり綿密に調べておいた。

まず、ハローワークに行って、移転費・広域活動費の申請。
これは、就職にともない引っ越しをする失業保険の受給資格者が受けられる給付金になっているが、さらっと集団の説明会で説明されただけで、その後、面接の手続きをしているときにも、再就職手当の手続きのときも、何も説明を受けず、そのまま流されそうになっていた。
自分でもう一度、受給資格者のしおりを熟読してみると、やはり給付を受けられる可能性があるように思われ、しおりだけではわからないことだらけだったので、ネットでも調べてから、受給資格の条件を満たしていることを確認して、申請手続きを受けにいった。

申請できるかどうか相談窓口に行って、事情を説明すると、
「ハローワークから紹介された事業所か?」「基本手当の受給資格者かどうか?」と聞かれた。
おそらく、就職にともなって引っ越しするケース自体が稀なのだろう。対応に不慣れな様子が垣間見えた。
すべて「はい」と返事すると、引っ越し先を聞かれ、すぐに返答すると、その地域に位置するハローワークを調べておられた。
その後、「往復の距離が200キロに満たしていないため、受給できないですね」と言われたが、それは事前に確認したことが生かされた。
「鉄道費・船賃」など、公共交通機関を利用した距離が200キロ以上必要なのであって、「水路および陸路は4分の1キロメートルをもって、それぞれ鉄道1キロメートルとみなす」という一文を記憶していたため、「陸路で行きました」と答えた。「その地域は駅がないので、車で行きました」と。

これは嘘でもなんでもなく、実際にその通りだった。どういう経路かも、3度も行っているため、すらすらと説明したが、担当者さんはその後、裏へ回り、他の方と長い間、相談されていた。

結果、移転費も広域活動費も受給できる可能性があると判断され、そのまま手続きが進んだ。まだ書類を書いたり、なんやかんや、ややこしい手順を踏まなければならないようだが。

時間は少しおしてしまったが、そのまま、次は区役所へ向かった。
区役所では転出届や、転出に伴う国民健康保険や印鑑登録の解除などの手続き。不明な点が何箇所があったので、いくつか質問した。
マイナンバーカードは必ず、転居先の市役所で提出して書き換えること。国民健康保険は前月の分の支払いをしているので、12月まで支払わなければいけないし、仕事は12月から始まるにしろ、11月末までの1週間弱であっても転居先の市役所で手続きを行わなければならないとのこと。

わたしはこの時点で、もう頭がフラフラだった。敗因は朝ごはんを食べておらず、コンビニのグリーンスムージーだけで済ましたことによる。あと、今日のスケジュールに無理があった。

連日パズルのように、スケジュールを当てはめ、あらゆる場合に備えていたが、もう頭がパンク寸前だった。日程が合わなかった場合を想定したスケジュールも立てていたので、日時が頭の中でごちゃごちゃだった。

市役所の手続きは無事に済ませ、その後、不動産屋さんへの電話連絡をする予定になっていた。

「契約する日はいつ行けばいいのか?15日頃がいいのですが…」

すでに入居日は22日に決まっていて、書類を書く日が13日前後になるという話が出ていたのだが、不動産屋さんに行く日に合わせて、転居先の市役所に行って転入届をもらって住民票の移動をしたかった。今の居住地から、転居先は簡単に行ける距離ではなかったので、なるべく一度に手続きをすませたかった。

「契約日は22日ですよ」

不動産屋さんにそう言われて、一瞬意味がわからなくなった。書類を書くのは、22日にまとめてできるということなのか?
よくよく話を聞くと、「契約日(入居日)」と「重要書類を書く日」を混同していて、わたしが聞きたかったのは、

「契約のための書類を書く日はいつなのか?」ということだった。

不動産屋さんからすると、22日に契約日が決まっているのに、また日程を変えるという意味不明なことを言い始めたように思われただろうが、こっちは頭がいっぱいいっぱいだったのだ。

今回のことだけでなく、契約を一時解除したり、無理なことをお願いしている。
いつもの自分だったら、こういうことで落ち込むことはないのだが、迷惑かけてしまったのではないかという申し訳なさに襲われた。

それでも、次は銀行への振り込みが待っていた。
とぼとぼと自転車を止め、振り込みの手続きをしようと歩みを進めると、案内の女性の方が声をかけてくれた。
わたしは銀行通帳を持ち、「お金を引き出したいのですが」と言ったが、なぜかゆっくりと「通帳はお持ちでしょうか?」と言われる。

手元を見ると赤いものが見える。通帳のように思えたそれは、パスポートだった。
もう恥ずかしいという気持ちもないほどにフラフラで、「あぁ、通帳でしたね」とかばんの中を探す。昨日、3つの場所に分けてクリアファイルに準備物を入れていた。ないわけがない。

通帳をかばんから出し、必要事項を書き、印鑑を押し、窓口に向かうと、女性の方は申し訳なさそうに「この印鑑ではないようなのですが…」とおっしゃった。
話を聞くと、届け印で押印しなければならなかったようだ。

入金の手続き、それだけは調べてなかった…。

よくあることだ、わたしにとっては。そういつもなら思えるのだが、今日はプツンと何かが切れた。
連日の初めてだらけの出来事、迷惑かけっぱなしの自分、栄養摂れてなくてフラフラな頭。
全部が相まって、銀行を出た瞬間、涙が止まらなかった。

こうやって今、冷静に書き記していると、本当に周りにのまれてしまっているなと思わされる。
ちょっと自分がずれただけで、出来事が大きく変わってくる。
朝ごはんをしっかり食べていたら。
やるべきことにのまれず、一瞬だけでも深呼吸できれば。
迷惑をかけることを自責にするんじゃなく、感謝に変えられたら。

今日泣きながら食べた、きつねうどん(ちくわ天入り)と、流れていたバンプの「話がしたいよ」は一生忘れないだろう。

今日の苦い涙は、いつか誰かの道筋に差す光になってたらな。いや、そんなかっこよすぎなくてもいいか。誰かをくすりと笑わせるネタにでも。

以上、ブキヨウクオリティでした。

追記。
無事にすべての予定は済みました。
手軽に栄養補給できるよう、毎日、飴とチョコレートを持参することにしました。
きつきつの「しなきゃ」ペースから、ゆるい感じのマイペースに戻ります。予定も大事だけど、自分の気持ちを置いていかないように、ね。

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